7日目
「ど、どう?」
「私ほんとに、右側だけ笑くぼできるんだぁ」
スケッチブックには、優しく微笑む少女が描かれていた。
まじまじと少女は絵を見つめる。
見つめている少女も絵と同じように、右頬に笑窪をつくり笑っている。
「も、もうおわり」
恥ずかしくなったので、少女からスケッチブックを取り上げる。
「えー、またぁ?もうちょっと見てたかったなー。私の顔」
少し口をとがらせて、少女は少年に抗議する。
「う、うるさい」
「あのさ、好璃」
真面目な顔で少年を呼ぶ。
「な、なに?」
少女は、頬に手を当てて口を開く。
「私って、もしかして結構可愛い?」
「しるか!」
少女は一通り笑ってから、もう一度「好璃」と呼んだ。
「なに!」
返事はだいぶ投げやりだ。
「ありがと、好璃」
「…ん」
予想外の事に少年の顔は赤く染まる。
少年は顔の赤みを見られたくなくて、俯いているが、いつも耳まで赤くなっているので意味はない。
「あ!そうだ。この、ガーベラの花言葉知ってる?」
俯いたまま少年は首を振る。
「そっか、じゃあいいや」
「え、なに?きになる」
まだ少し頬が赤いのだが、少年は顔をあげて教えてとせがむ。
「えーなんか改まって言うと、恥ずかしいから、秘密」
「いじわる」
少年の言葉に少女は、にしし、と効果音がつくような笑顔を返す。
「ねぇ、やっぱりさ、ハグしとかない?」
目を見開いて少年は言う。
「な、なんで?しないよ!」
「そっか…。寂しーなー」
少年は唐突に立ち上がった。
「も、もうぼく、かえる…」
「え?ご、ごめん。そんなに嫌だった?帰るの早くない?」
まだ太陽が下がりきるまで、時間はある。
少し慌てて少女は言うが、少年は首を振った。
「ちがうけど、今日は早くねたいから」
「あー、検査があるから疲れちゃうもんね」
少年は眉を寄せて頷く。
疲れる、という事を認めたくないのだ。
いつものように少年をおぶり、歩き出した少女は独り言のように呟く。
「今日が好璃をおんぶ出来る最後の日かー」
「たまになら…してもいいよ?」
「おっ、素直でよろしい」
言い返す言葉が見つからず、少年は冷たいが心地の良い少女の背中に顔をうずめた。
今日の帰り道は会話が少ない。
理由は簡単で、少女があまり口を開かないからだ。
「好璃、着いたよ」
「あ、ありがと」
いつもなら少年は手を振って帰るのだが、今日は立ち止まり、少女の顔を見ようとする。
「…しないって、言った」
「うん。でも、私がしたかったの」
少女の顔を見る前に抱きしめられたのだ。
少年は文句を言っていたものの、ゆっくりとだが、少女の背中に手をまわしていく。
知らないうちに頬が濡れていた。
「おねーちゃんが、ほんとのおねーちゃんだったらよかった…璃愛おねーちゃんってよべたらよかったのに」
小さな声で言う。
こんな事言うつもりじゃなかったのに、言ってもいみがないのに…。なんでだろう?
「うん、ごめんね。私も、好璃のおねーちゃんになりたかった。なれたらよかったのに、なれなかった。ごめんね…」
少女は抱きしめる力をさらに強くして、掠れそうな声で言う。
「好璃…だいすき、だいすきだよ?おねーちゃんの分まで、ちゃんと生きてね?」
少年は一応頷くが、少女の声に驚き、心配して顔を見ようと手の力を緩める。
強く抱きしめられていた腕は意外にもあっさりとほどけた。
その事に少年は、さみしい、と感じた。
頭に優しい重みを感じて、顔を上げる。
「じゃあ好璃、おやすみ。頑張れよ~?」
少女は普段通り、右頬に笑窪をつくって、笑っていた。