6日目
少年は窓の外に目を向ける。雨粒が室内と外を隔てている窓をたたきつけている。
「ひまだ…」
ぽつりと呟くが、その声に反応する人物は誰もいない。
少年の母親は待合時間ぎりぎりまでいてくれたのだが、今はもう帰ってしまった。
そのせいか、寂しさもある。
考えた事が無かったがここ最近はずっと病院を抜け出していた。
たったの5日間通っただけだが、もう少年にとっては日常の一部となっていた。
ベッドの右脇の机に置いてあるスケッチブックを手に取り、今書いているページを開く。
「なんか…やっぱり似てる?」
母親にやはり似ている気がするのだ。
気のせいだろうか?まぁ、雰囲気が似ている人は沢山いるだろう。
―コンコン
スケッチブックをぼんやりと見ていたら、扉を叩く音がした。
妙に音が室内に響いた。
看護師さんが来たのだろうか?でも、そうだとしたら何か声をかけるはずだ。
少し恐怖がこみ上げてきた。
だいじょうぶ。まだ外は真っくらじゃない。だいじょうぶ。
と考えながら震える声で
「…は、はい」
ドアが開いていく。少年はまっ白い掛布団を抱きしめる。
「やっほー、好璃」
いつもと同じ挨拶が聞こえた。
「ど、どうして、居るの?」
震えて、細い声になりながらも、質問した少年に少女は答える。
「いやー、駄々こねてみたら、10分間ならいいよーって言ってくれてさ」
そう言いながら好璃のベッドに近づいていく。
よっ、と声に出しながら椅子に座り、まだ困惑している少年に声をかける。
「どったの?早くおしゃべりしよーよ。10分だよ?10分!困惑してる暇ないよー?」
少女は少年の手元を覗き込む。
「あ、絵見てたの?そっか、そっか、好璃も私に会いたかったのかー」
「え、ちょ、ちょっとまって、見たらだめ」
やっと少年は少女の言葉に反応する。
「そんなに見られるのいや?」
「…うん、なんか恥ずかしいし」
完成品を見た時も恥ずかしがられた気がしたのだが、気にせず少女は言う。
「だ、大丈夫。見てないから」
「ほんと?」
疑いの目を少女に向ける。
「う、うん」
目を逸らしながら少女は答える。
「ぜったい?」
少し顔を近づけてまた問いかける。
「ご、ごめんなさい。でも!ちょっとだけ!ちょっとしか見てないから!」
「うー…。いいよ、しょうがないから」
寂しかった時間が途端に楽しい時間に変わったのだ。
これくらいは別にいい。
「おー、ありがとうございます。って、あともうちょっとしかないよ!何かしよう!」
「そんなこと言われても…」
考えてもでてこない。
「せっかく、雨の中来たのになー。まぁ、会えたからいっか!」
満足そうに笑った。少年も小さく頷く。
「ぼくね、雨、好きなんだ」
「なんで?」
率直に少女は聞く。空気が少し変わった気がした。
「全部流してくれる気がするんだ」
窓の外の雨粒に視線を向けて少年は言った。
少女はその少年の横顔をじっと見つめる。
「悲しい気持ちも、寂しい気持ちも…?」
ゆっくりと少年は頷き、同じようにゆっくりと口を開く。
「でも、初めてね。いやだなって思ったの」
少女は少年が口を開くのを待っている。
「もしかして、学校のみんなは、こんな気持ちになるのが当たり前なのかな?ぼくは、おねーちゃんがいないと知らなかったこの気持ちが」
小さな声で少年はいいな、と呟いた。
寂しそうな少年の頭にやさしく、少女は手を置いた。