2日目
「おはようございます」
目を開くと、中年の女性が笑顔で立っていた。
「おはよう…ございます」
「お母さんが来ているわよ。今日はお父さんも一緒だって言ってたわ。嬉しいわね」
看護師の話を聞き流しながら、昨夜の事を思い出していた。
少女は一緒に山を下りてはくれたが、そこからは違った。
看板が立っている所で、「私はここまで、じゃあ、おやすみ」と言ってまた山を登って行ってしまったのだ。
「…好璃。…好璃?」
窓の外に向けていた視線を、声の主に向ける。
「お母さん」
ぼーっとしすぎていて、気づかなかった。
「おはよう。好璃、まだ眠たいの?」
「おはよう」
母の問いに首を振って答えた。
「お父さんは?」
母親は少し悪戯な笑みで答える。
「お父さん、久しぶりに好璃に会うでしょ?だから照れてるみたいなの、もう少ししたら来るわよ」
少年の父親は一週間程出張に出ていて、少しの間会えていなかったのだ。
置いてあった椅子に母親は座り、軽く話をしていると病室のドアが開いた。
「…好璃、ひさしぶりだな。元気してたか?」
特に照れた様子もなく、父親が入ってくる。
「お父…さん、ひさしぶり」
父親ではなく、何故か少年のほうが恥ずかしがっていた。
父親は母親の隣に座る前に少年の頭を撫でてから座った。
「この花は、学校の子たちから貰ったのか?」
ベッドの脇に置いてあった花瓶に視線を向け、父親は聞いた。
「うん、2人で来てくれた」
来てくれた2人と、少年は特に話した事はない。
自己紹介をしてくれた気がするのだが、もう忘れてしまった。
それを知ってか知らずか、母親は言う。
「でも、もうすぐ枯れそうね。水をちゃんと変えていても、あまりもたないものねー」
特に話したい内容ではなかったので、少年は話を変える。
「あ、あのさ。僕の名前って、どんな意味なの?」
母親は目を見開いてから微笑み、聞く。
「どうしたの?唐突に」
「な、なんとなく」
顔を見たときにすぐ、この質問が浮かんできたので、いつ聞こうか悩んでいたのだ。
父親と母親は少しの間、顔を見合わせていた。
母親が少し微笑むと、父親は安堵したような顔で笑う。
そして、少年の顔をみて言った。
「あのな、好璃にはお姉ちゃんがいたんだ」
「おねーちゃん…」
少年は昨夜会った『おねーちゃん』しか浮かんでこない。
「そうよ。今は居ないんだけどね…。そのお姉ちゃんの名前が璃愛っていうの」
父親がメモ帳に2人の名前を書いて見してくれる。
瑠璃色の璃に愛情の愛。
少年は好き、という字にに瑠璃色の璃。
少し乱雑な気もするが、大きくて見やすい。
「同じかん字だ」
「お姉ちゃんと同じ漢字を使っているのはね、お姉ちゃんの分まで生きてほしいって思ったからなの。」
「おねーちゃんの分まで?」
「そうだよ。それと、この同じ漢字は、宝っていう意味がある。お父さんとお母さんは、2人の事が大好きで、宝物のように思っている。という意味も同時に込めているんだよ」
少年は布団を頭まで被る。またまた照れてしまったのだ。
「もう、好璃は照れ屋さんなんだから。あなたそっくりね。」
母親は少年の行動を見て、右頬に笑窪をつくり、笑った。