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8話【罠】


 ドンド達は、森の中を進んでいた。


 大きな樹の根が地面をところどころ盛り上げているため、それなりに起伏も多く、


 小太りのマルスは早くもふぅふぅと息を荒くしていたが。


 ドンドとジェイコブは、冒険者として荒れた道は慣れたものなので悠々と進んでいた。


 そして誰にとっても意外だったのは、リーリィであった。


 小柄ゆえドンドたちと歩幅の差があり、多少急ぎ足で進まなければならなかったが。


 それを補って余りある身軽さを、彼女は持ち合わせていたのである。


 今もぴょんぴょんとウサギのような跳躍力を披露して、ドンド達に平然とついて来ていた。


「驚いたべ。運動神経いいだな、リーリィちゃん」


「えへへ」


 ドンドとリーリィは、そうして自然と寄り添って進み。


 ふたりの前を歩くジェイコブと、最後尾で時々背後を警戒するマルスは、その甘酸っぱさに苦笑する。


 油断するのは考えものだが、緊張するよりずっといいか、とも思うジェイコブは一度立ち止まり、


「おふたりさん、微笑ましいのは結構だが、どうやらお客様のご登場らしいぜ」


 前方を指さして、警戒態勢をとる。


 そこにいたのはキノコの群れだった。


 そのモンスターは小さな子供くらいの大きさをしており、


 赤に緑に黒、様々な色合いの傘を生やすそいつらには、獣のような足が生えていて。


 明らかにドンド達に狙いを定めてズンズンと前進してきていた。


「わっ。ポイズンマッシュだべ。オラの村近くでも見たことあるだよ」


 うまく調理すれば食用にもでき、ドンドひとりでも倒せるほどの雑魚モンスターなのだが。


 そいつが放つ毒の胞子には、人の体をわずかながら痺れさせる効果があるのが厄介だった。


 更に、数が十匹ほど集まっているのが面倒さに拍車をかけていた。


 ドンドはリーリィを少し後ろに下がらせ、マルスの武器屋で新調した新しい斧を構える。


 ブロードアックス、いわゆるまさかりと呼ばれるその斧。


 本来は大きな木を切るのに使う斧だが、金銭的な問題からこれしか手が出なかったのである。


(よおし、いくべ! がんばって、足手まといにならないようにしねぇと!)


「ドンド。足を引っ張らないように、とか思ってるとこ悪いが。まずは俺っちに任せろ」


 前方を見ているジェイコブにあっさり図星をつかれ、ドンドはつんのめりそうになった。


「で、でもジェイコブさん」


「なあに、単に適材適所ってだけだ。俺っちから言わせれば『斧使い』の強みは、その破壊力。前衛の俺っちが、それを生かせる形を作ってやるって言ってるんだよ」


 言われて、ドンドは改めてジェイコブの身なりを確認する。


 見たところ、武器らしき武器は手にしていない。


 腰に小さい袋をいくつかさげ、下履きにもわざわざ多くのポケットを縫いつけている。


 そこに戦いに使う道具が入っていると事前に聞いていたが、彼の戦闘を見るのは初めてなので、ドンドにはどんな戦いをするのか想像がつかなかった。


「心配すんな。お前さんと俺っちのパーティ相性は、意外に良いと思ってるんだから、なっ!」


 そう言うや否や、ジェイコブはポイズンマッシュの元へ駆け出していく。


 胞子を浴びないよう、しっかり風上へと陣取ろうとしているのが見て取れた。


「そらそら、キノコども、こっちだこっち!」

 

 木々の間を、長い手足を生かして縦横無尽に駆け回りつつ、


 時折拾い上げた石を投げつけ、ポイズンマッシュの注意を自身の方へと向け続ける。


 おかげで連中はまんまとその行進を、ジェイコブのほうへと変えていた。


 このままだと取り囲まれてしまう、とドンドは固唾を吞んで斧を握る手が汗ばませるが。


 ふいに、なぜかポイズンマッシュたちが立ち止まり、動かなくなった。


「? どうしたんだべ?」


 疑問符を浮かべるドンドをよそに、ジェイコブはそのまま飄々とした様子でこちらへ戻ってきていた。


「よし、これでオッケーだ。あとはじっくり、胞子に気を付けながら仕留めてくれ。あ、足元には気をつけてな」


「え? わ、わかったべ」


 さっぱり何が起きたのかわからないドンドは、


 言われた通りちゃんと風上にまわり、ポイズンマッシュの群れへと近寄る。


 そこでようやく理解できた。


 ポイズンマッシュたちは、動かなくなったのではなく、動けなかったのだ。


 連中は、いつの間にか地面に仕掛けられたトリモチに、足がひっついてしまっていた。


 これならば逃げも隠れもできない。


 おかげでドンドは悠々と斧を振り下ろし、仕留めることができていた。



 そうして難なくキノコ狩りを終えたドンドは、ジェイコブの元へ戻り鼻息荒くさせる。


「すごいべ、ジェイコブさん! モンスターの群れをこんなに楽に倒せたの、オラはじめてだべ!」


「ふっふっふ、卑怯卑劣と人は言う。ノンノン、これも戦術! 罠師トラッパーのジェイコブとは俺っちのことよ!」


 切り株の上でキメ顔をして珍妙なポーズをとるジェイコブに、


 ドンドとリーリィは笑顔で拍手をしていた。


「あんなキノコども、俺っちの白いネバネバにかかれば瞬殺よ! 百でも二百でも、いくらでも相手してやるぜぇ! はーっはっはっはあ!」


 調子に乗ってややアレなセリフを叫んでいるジェイコブに、唯一マルスだけはやや白い目を向けていた。





「よし、ここらで少しひと休みするぞ」


 さらさらと流れる川の傍に来たところで、


 ジェイコブはどっこいしょと近くにあった大きめの切り株に腰を落ち着ける。


 それを受けてドンド、リーリィ、マルスも、()()()()()()、切り株に腰かける。


 モンスター生息地で休息をとる際の備えである。


 気配を察知するスキルも、探知の魔法も使えない初心者パーティは、基本こうして警戒態勢をとるのである。


「さてと。改めて俺っちたちの方針を再確認するぞ」


「了解だべ」


「……ん」


 ドンドとリーリィは頷き、そしてマルスは荷物から干し肉と水筒を取り出し、それぞれに配る。


「今回の標的『マジックタートル』だが。大きさは、ちょっと跳び越えにくい岩くらいのサイズをしている。動きはのろいが防御力がなかなかで攻撃が通りづらい。だがそこはドンドの斧で何とかなるだろう」


 ドンドはのどを潤し、改めて斧の状態を見ておく。


 先程の戦闘でついた汚れをふき取って、刃に異常はないことを再確認する。


 中古だという話だが、刃こぼれひとつなく丁寧に手入れがされているようだった。


「問題になるのはそいつの操る魔法”分身”だ。自分とまったく同じ姿、同じ硬度の分身体をなんと百近くも周囲に配置することができやがる。魔法の効果はそこまで長時間はもたないが、冒険者が分身に気を取られている隙に本体が逃げおおせる時間は悠に稼げるって寸法だな」


「まほう。すごいんだね」


 リーリィが、興味津々といった様子で話に食いついてきた。


 ジェイコブは、リーリィがようやく自分達にも心を開いてきたことに内心安堵しつつ。


「ああ、そうだぜ嬢ちゃん。女神の加護を受けた冒険者には、そうしたスゲー力を他にも色々操れる連中もいるから羨ましい限りだな」


「そうだべなあ。魔法が使えたら、分身をいっぺんにやっつけることもできるんだべ?」


 ドンドの問いに、チッチッとジェイコブは指を振って得意げに続ける。


「おっと、そうはいかないんだなこれが。魔法で一掃しようにも、奴の甲羅には魔法を軽減する効果がある。だから、物理攻撃しかない俺っち達がめちゃ不利ってわけでもないから安心しな」


 言われて、マルスの店にもマジックタートルの甲羅で作った盾が置かれていたのをドンドは思い出した。


 ガリッド達のパーティは速度重視のため重い盾などは使っていなかったが、


 タンクと呼ばれる攻撃を引き受ける重量級冒険者にはかなり重宝されるため、高値で取引されると聞いたこともあった。


「……とまあ、ここまでは森に入る時にもざっと説明したわけだが」


 ごくん、と干し肉を吞み込んだあと。ジェイコブはへの字に口を曲げる。


「ぶっちゃけ俺っちたちは現状、とにかく森を歩き回って標的に出くわすラッキーにすがるしかねぇんだよなぁ」


「あれ、でもジェイコブさん。一応作戦があるにはある、って言ってなかったべか?」


「ああ、この森に生息するハニービーって蜂の蜜があれば、モンスターを引き寄せることができる。俺っちの罠と組み合わせれば遭遇する可能性をグンと上げることはできるんだが」


 近くの木々を見上げたのち、はぁとジェイコブはため息をつき。


 せめてここまで来る道中で巣が見つかっていればなあ、と無精ひげを掻きつつぼやく。


「実はな。その蜜は原液のままだとかなり強力だから、うまくマジックタートルだけの好みになるよう調合しないと、他のモンスターもうじゃうじゃ集まってきちまうんだよ」


「調合だべか。オラ、地元にいたとき薬草売りの爺ちゃんに色々教えて貰おうとしただが、才能無くって一日で放り出されたべよ」


「ははは。まあやり方自体は本にも載ってるんだが、俺っちもマルスも得意分野じゃねぇから、そこそこ時間がかかっちまうのさ。そんな悠長にしてたら、他の連中に先を越されちまうのがオチさ」


「なるほどだべ。そうそううまい話はないんだべなあ」


 ドンドは干し肉をほおばり、うまい、と思いつつ話の続きを待ったが。


 ジェイコブはふいに、隣に座るドンドに顔を近づけなぜかひそひそと小声で話をしてきた。


「ドンド。他の連中、で思いだしたんだがな」


「ん? なんだべ?」


「念のため伝えておく。あの黒兜の男にだけは、近づかないようにしろよ」


 言われて、森の入り口にいた個性的な三人組がすぐ頭に浮かんだ。


「あの人が、どうかしたんだべか?」


「おそらくアイツが奴隷商人、ラヴァンだ」


 その言葉に、ドンドは噛んでいた干し肉を一気に呑み込んでしまった。


 のどには詰まらなかったが、ドンドはそれを気にする余裕も失い、顔を青ざめさせていた。


「奴は嬢ちゃんについてあの場で何も言わなかった。見捨てた奴隷に興味がないならもう逆にそれでいいが、警戒するにこしたことはない。嬢ちゃんのことを差し引いても、相当ヤバい奴だって噂だからな」


 ジェイコブはそう伝えると、すぐに話を終えてまた干し肉を噛むのに戻った。


 ドンドもそれにならい、何事もなかった風を装って水筒に口をつけつつ、そっと横目でリーリィの様子を見ておいた。


 リーリィは特に何にも気づいた様子はなく、もくもくと干し肉を噛み締めて頬をほころばせており。


 ドンドはほっとしたが、その拍子に水が気管に入って思いっきりムセてしまった。





「よーし、そんじゃ改めてマジックタートル探し、再開だ!」


 ジェイコブの掛け声とともに、「おー!」と拳を突き上げる四人。


 そんななか、思い出したようにドンドはジェイコブに問いかける。


「そういえば、ハニービーの巣ってどんな形なんだべ? 蜜は、どんな匂いがするだ?」


「ん? あれは本当についでみたいなもんだから、気にしなくていいんだが。まあ、そうだな。巣の形は、丸っこい黄色いボールみたいな感じで。香りはめっちゃくちゃ甘酸っぱくて、かなり鼻を刺激する、砂糖菓子みてぇな匂いだな」


 原液のまま飲んだりしたらのどが焼けちまう甘さだぜぇ、とジェイコブはえずく真似をしてみせ。


 そんななんとも滑稽なさまに、ドンドたちは笑った。


 そのとき。


 なにかが風を切るような音がした。


 鳥かなにかだろうか、と何気なく上を見上げたドンドは、


 頭上で黄色いボールのような何かが破裂したのを目の当たりにした。


 直後。


 べちゃり、と粘っこい黄色の液体がドンドの顔にかかった。


 それはとてもとても甘酸っぱい、鼻をつくようなほどに強い、砂糖菓子のような匂いがした。




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