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7話【波乱の二次試験開始】


 ドンドは二次試験会場である、王国の裏手にある森林地帯に来ていたが。


 森に入る手前の受付で立ち往生する羽目になっていた。


 その原因は、当面の問題がひとつあるからであり。


 それはもちろんリーリィのことである。


 ジェイコブの提案により相棒であるマルスの武器屋を訪れた際、

 

 マルスの奥さんにリーリィはいたく気に入られ、髪の毛を梳かして貰ったり新しい服を貰ったりと、


 至れり尽くせりだったこともあって、その流れで試験中は彼女に一時的に預けるという選択肢をとろうとしたのだが。


 肝心のリーリィがその提案を聞くや否や、頑なにドンドの傍から離れようとしなくなり。


 強引に引きはがそうとすると涙目で訴えてくるため、邪険にもできず。


 ズルズルと流されるように、ついには二次試験受付前まで来てしまったのだった。


「なあリーリィちゃん、別にこれでお別れってわけじゃねぇ。ちょっとだけ待ってて貰えねぇだか?」


「…………いや」


 ドンドがいくら語りかけても、リーリィは首を縦に振ろうとしなかった。



「これはもう仕方ねぇな。時間もねぇしひとまずサブメンバー扱いで連れていくしかねえか」


 そうした一連の様子をしばらく眺めつつ考え込んでいたジェイコブは、


 無精ひげを掻きながらドンドとリーリィに助け舟を出すことにした。


「サブメンバー?」


「ああ。実を言うとな。俺っちの相棒マルスも正式なパーティメンバーじゃねえんだわ」


 首をかしげるドンドに、ジェイコブは後ろに控えている小太りの男を指さしながら言う。


 マルスと呼ばれたその男はにっこりと柔和な笑みを浮かべながら、武器などが入った大き目の皮袋を背負いなおす。


「一次試験みたいにダンジョンに潜る時は、マッピングとかの手伝いで傍にいて貰ったが。基本は後方に待機して貰って、武器や道具が足りなくなったときに補充して貰う役回りを任せてんだ」


「ああ。そういえばオラもこの国に来てすぐは、クエストに慣れるために必要だって言われて何度か荷物持ちしたことあったべ。戦わなくていいから楽だったべな」


 素材とかゲットしても分けて貰えなかったけど、と自虐的に笑うドンドに。


 ジェイコブは、それって同業者からいいように使われていたのではと心配になったが、軽く咳払いして先を続ける。


「そんな具合に、戦闘には加わらずサポートに徹する人員ってわけだ。A級冒険者試験でも、二次までは冒険者登録をしてないサブメンバーの参加申請も認められてる。もちろん基礎パーティ上限人数の四人を超えるのはダメだがな」


 そしてジェイコブはリーリィに歩み寄り、目線を合わせるためしゃがみこむ。


「嬢ちゃん。一緒に来たいってんなら、もう止めねぇよ。マルスと一緒に後方支援を頼んでもいい。世知辛い世の中だ。子供の頃から無茶をする必要もあるし、この兄ちゃんが大事ってのもわかった。だがな」


 一度言葉を切り、声のトーンを落としてじっとリーリィを見据えたうえで言葉を紡ぐ。


「逃げろと言われたらすぐに逃げることだけは約束して貰う。そうでなけりゃ、お前さんの大切なドンドが危険な目に遭うかもしれないからな」


 ハッ、とした表情でリーリィはドンドのほうを向く。


 ドンドも見つめ返すが、いまだけは不用意に口を挟まずに黙っていることにした。


 やがてリーリィは、わずかに目を潤ませながらもジェイコブのほうへと視線を戻した。


「約束、できるか? もしもそれを破ったなら、お前さんのことは、衛兵に預けてそれまでだ」


 最後の問いかけに、リーリィはわずかに顔を俯かせかけたが。


 ゆっくりと、ジェイコブに真正面から向き直り、


「約束、する」


 そう言った。


「よし、わかった。そんなわけでマルス。悪いが、この子の世話を頼めるか」


 ジェイコブは満足そうにしながら、腰をあげて相棒のほうに声をかけると。


 マルスは、どんと膨らんだ自身の腹を叩いて首肯した。


 そうした一連のやり取りを眺めていたドンドは、キラキラした目になっていた。


「カ、カッコよかったべ、ジェイコブさん! これが、熟練の冒険者ってやつなんだべな!」


「ば、ばっか野郎。つまんねぇこと言ってんじゃねぇ」


 褒めちぎられて頬を染めるジェイコブは、それよりも、と話を逸らせる。


「ここに来る途中にも少し話したが、本当にいいんだな。俺っちとパーティを組むってことでよ」


「え? それはもちろんだべ。むしろ、こっちからお願いしなきゃと思ってただよ。リーリィちゃんのこともあるから尚更だべ」


 心底不思議そうなドンドの様子に、うっかりジェイコブのほうが面食らいそうになった。


 これまで、冒険者としては二流以下レベルの自分とパーティを組むような殊勝な冒険者は、そういなかった。


 相棒のマルスも数年前に結婚し、それと同時に冒険者を引退し武器屋へと転職した。


 自分だけがいまだに夢を諦めきれずに、同業者から万年B級のロートル野郎と煙たがられながらも冒険者を続けている。


「ジェイコブさんみたいな、頼りになる冒険者とパーティを組めるなんて、オラすごくうれしいだよ!」


 ドンドのその、二心のない無邪気とも思える言葉に、ジェイコブは少し目頭が熱くなった。


 自分が頼られる日が来るなど、思いもしなかった。


「そいつは、光栄だな」


 そんな心地よさを悟られないように、ジェイコブは足早に受付へと歩を進めるのだった。



「えー。それでは、A級冒険者昇格試験、二次試験を開始いたします」


 鎧姿の冒険者ギルド職員は、ドンドたち受験者をひととおり眺めつつ。


 どこか気だるげに前置きをしたあと、後ろの森を手で示す。


「事前に告知してあるとおり、二次試験は仮想ダンジョンであるこの『修練しゅうれんの森』にて、ボスモンスターの討伐を行っていただきます」


 王国がダンジョン攻略のために、近くの森林に手を加えて出来たのがこの森であるとドンドは聞いていた。


 田舎暮らしのドンドの目から見ても、その広さはなかなかのものであり。


 大きめの町がふたつくらいは入ろうかという規模であった。


 内部は茂った木々が自然の迷路を形作っており、それに加えて王国が定期的に難易度をあげるための手入れをしているので、マッピングもあまり意味がないのだとか。


「今回ボスモンスターとして設定しているのは『マジックタートル』です」


 それを聞いた受験者たちは、ざわざわとざわめきはじめる。


「げっ、あの魔法使う大亀かよ」


「厄介だな。捜索に手間取りそうだ」


「それに、見つけてもかなりの火力がないと簡単には倒せないぜ」


 そうして、早くも対策がどうのこうのと相談しはじめる面々に対し、


 パンパン、とギルド職員は一度手を叩いて場を静めさせる。


「はいはい、お静かに。ボスモンスターは森のなかに一体だけ配置していますが、別に早い者勝ちというわけではありません。誰かがボスを撃破した時点で、死んでさえいなければ合格です」


 そのとき、ギャアギャアという鳥のような鳴き声が森の中から響いた。


 それに混じって、猛獣の唸り声のようなものもわずかに轟いてきていたが。


 ギルド職員は我関せずといった調子を崩さぬまま、説明を続ける。


「そして当然ながらこの森には、他の野良モンスターも出てきますので気を付けてください。万が一のことがあっても、こちらでは一切の責任を負いません。じつは森の中に試験官や衛兵が待機して助けてくれる、なんて甘いことはありませんし。例えいま目の前であなた方がモンスターに食い殺されようが、平然と見捨てますのであしからず」


 やや早口でまくしたてられたその言葉には、うっすらその職員の本音が混じっている気がして、


 受験者一同は、そら寒いものを感じた。


「それでは皆さん。あと数刻で開始の狼煙があがりますので。頑張ってください」


 言い捨てるように告げ、森から早足に去っていくギルド職員だったが。


 ああそれと、と思い出したように振り返り。


「さすがに無いとは思いますが、日暮れまでに誰もボスを倒せなければ全員失格ですので。あしからず」


 最後通告をしたあと、今度こそ振り返らずに去っていった。



 残された受験者たちは、各自組んでいるパーティで集まり作戦を立てはじめる。


 そんななかでドンドは、試験内容を聞いて張っていた肩の力をわずかに抜いていた。


「良かったべ。二次試験は誰かがボスを倒せば全員合格なんだべな」


 そんなドンドの発した言葉を聞いて、


 途端に周りの受験者たちがニヤニヤしはじめる。


「あんなこと言ってるよ。気楽なもんだな」


「よぉ兄ちゃん。それなら遠慮せず、ずーっと後ろに下がってくれてもいいんだぜー」


「そうそう。モンスターに襲われるのが怖いなら、おうちに帰ってもだいじょうぶでちゅよぉ」


 ゲラゲラ、とからかいの数々を浴びせられながらも。


 当のドンドは本気でわかっておらず、キョトンとして首を傾げていた。


 そんな様子に、隣にいたジェイコブはやれやれと嘆息しつつ耳打ちしてくる。


「ドンドくんよ。試験官はああ言ったが、ボス討伐の貢献度とかはこっそり監視されてる事があるんだよ」


「え? そ、そうなんだべか?」


「ルールを鵜呑みにして本当になにもしなかったら、その後の面接で落とされた……なんてこともある。そんな具合に二次試験は、たいてい試験内容の裏を汲み取る必要があるケースが多いんだ。今回がどうかは知らんがな」


「なるほどだべ。すまねえ、オラあんま頭よくないもんで」


「なあに。俺っちも、それで過去の昇格試験を落としちまったことがあるだけさ」


 苦笑しながらも、さて自分達もどうするか作戦を立てようと。


 ドンド、ジェイコブ、マルス、そしてリーリィの四人は向かい合って話をはじめようとしたが。


「みんな聞いてくれ!」


 ひとりの冒険者が、両手を高く掲げながら声を張り上げる。


 そこにいたのは、目がチカチカしそうなほど派手なピンク色の鎧を着た男だった。


 彼はおもむろに兜を脱ぐと、女かと見間違うほどにきめ細やかなブロンドの長髪をした、


 まるで絵画から抜け出たかのような美丈夫びじょうふが現れた。


 それを目の当たりにして、何人かの女性冒険者たちがわずかに色めきだつ。


「君達はとてもラッキーだ! この、ぼ・く! オグトパス・キャンサーキルトがいるのだからね!」


「おくとぱす?」


 ドンドが聞き返すと、その男は美丈夫に似合わぬ大口を開けて訂正してきた。


「ちっがーう! お・ぐ・と・ぱ・す! キャンサーキルト家の嫡男の名を間違えるとは、相当な田舎者だなキミは!」 


「す、すまねぇべ。オラ、いまだに都会のことあんまわがんなくって」


「ふふん、まあいい! そんなことより、この試験のことだ! ぼくは女神様から『大剣使い』の加護を授かっている! ぼくの華麗な剣技にかかれば、亀の一匹や二匹楽勝さ!」


 言いながら、オグトパスは傍らにいた真っ白な神官服の男性三人がやっと抱えることができている、彼の身の丈ほどもありそうな大剣を渡された。


 それを受け取るや、木の枝でも持つかのように軽々と振り回してみせ、周囲から感嘆の声を出させた。


「ぼくに協力する者は、集まってくれ! 亀の捜索に関しては、さすがのぼくも手を借りたいところだからね! 万一ケガをしても、ぼくお抱えの神官がすぐに治してくれるから安心さ!」


 それを聞いて、何人かの冒険者たちがすぐさま彼の元に駆け寄っていく。


 黄色い声をあげていた女冒険者たちも、当然のようにその中にいた。


 一方のドンドは、オグトパスのハイテンションさについていけず、しばし棒立ちになってしまい。


 隣のジェイコブに意見を求めるべく目を向けるが、彼は彼で腕を組み考え込んでいる風だった。


「まあ、イイ話だとは思うぜ。たとえ別々のパーティでも、試験を突破するために協力することは立派な戦略のひとつさ」


 それを裏付けるように、オグトパスの演説はその場のほぼ半数の冒険者たちを団結させていた。


 だが。そんな空気を真っ向から破る、ひとりの人物がいた。


「ワルイが。我輩タチは勝手にやらせてモラウ。イクゾ」


 暗黒から漏れ出るような低い声を放ったのは、漆黒の兜とマントを纏った影のような人物だった。


 彼が言葉を発したのを見計らったかのようなタイミングで開始の狼煙があがり、


 そして彼はそのまま、狼煙の方すら一瞥もせずに森の中へと進んでいった。


「んがぁ、ま、ますたぁ。まてぇ」


 その後ろに続くのは、無骨な鉄の首輪を嵌めた、筋骨隆々とした体躯のデカブツ。


 大柄なドンドでも、その男の肩までしか身長が届いていないことに、さすがに面食らってしまった。


 どう贔屓目に見ても不細工な顔つきと、たどたどしい口調で口元からは涎すら垂らすその容姿は、まるで本物のトロールのようだった。


「す、すみませんすみません。うちのご主人様がすみません」


 さらにその後ろに続くのは、同じく無骨な首輪を嵌めた女の子。


 リーリィと同い年くらいのその女の子は、ツインテールにした髪をしきりに下げたあと、


 ふいにリーリィに視線を向け、やや寂しげな笑顔でひらひらと手を振り、駆けて行ってしまった。



 そんな三者三葉の奇天烈なパーティに、すっかり場を乱されたオグトパスはというと。 


「フ、フン! あんな怪しい奴ら、頼まれたって仲間に入れてやるものか! とにかく、いま近くにいる連中で仲間集めは打ち止めだ! さあ、作戦会議をするぞ!」


 やや憤った様子で、集まった面々で円陣を組み早々に話し合いをはじめる方向へと舵を切っていた。



 そして、すっかり出遅れる形になってしまったドンドたち四人はというと。


「「「「…………」」」」


 お互い顔を見合わせ、どうしたものかと思案に暮れるのであった。



なんだか早くも新しい個性的なキャラが続々出てきていますが。

ちゃんとドンドやリーリィの話もこの先でしていきます。

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