表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/47

5話【決意新たに】


 ドンドが目を覚ますと、天井の木目が見えた。


 人の顔みたいなその天井には見覚えがあった。自身が借りている宿の部屋だ。


(あれから、オラ助かっただか……?)


 ぼんやりとした頭で自分がベッドに寝そべっているとわかり、ふと気配を感じて隣を見ると。


 ダンジョンで出会った少女が、かわいらしい寝顔ですやすやと寝息を立てていた。


「!!!!!!!!??????????」


 ドンドは声にならない声をあげて飛び起きると、ベッドから派手に転がり落ちた。


 体中に痛みが走り、ようやく自分の上半身が裸に包帯が巻きつけているだけであることに気付く。


 頭にも包帯が巻かれており、どうやら誰かが手当てをしてくれたと理解できた。


「おお、目が覚めたようだな。よかったぜぃ」


 そこへ、ひょろながい針金のような風体の無精ひげを生やした男が、ドアを開けて入って来た。 


 皮の鎧を着た簡素な出で立ちから、王国の衛兵ではなく冒険者だと察しがついた。


「え、えっと。どちらさまだべ?」


「おう、まず自己紹介からだな。俺っちはジェイコブ。お前さんと同じ、A級冒険者試験の受験者だ」


「もしかして、おじさんがオラを助けてくれただか? す、すまねぇべ。オラあんま持ち合わせがなくて」


「おいおい。助けたのもおじさんも事実だが、財布はひっこめてくれ。そんなつもりで助けたんじゃねぇからよ」


「そうなんだべか? 冒険者は同業に助けられたら、金を払うのが礼儀だってガリッドが言ってたべよ」


「おめぇ、ちっとは人を疑うことを覚えたほうがいいぞ。まあ、見返りなしに動かない冒険者が多いのも事実だがよ」


 ジェイコブは無精ひげを掻きつつ、やれやれと肩をすくめる。


「そんで、そっちで寝てる嬢ちゃんはお前さんの知り合いか?」


「うんにゃ、違うだ。ダンジョンの中で罠に捕まってたところを助けただけなんだべ」


 ドンドが首を振ると、ジェイコブは眉をひそめて顔をしかめさせる。


「ふぅむ。若い身空で冒険者を志すってのも無い話じゃねえ。S級冒険者のジン・ガリュウは九歳で既にA級冒険者になったって話だしな」


 とはいえ、とジェイコブは一度言葉を区切り。


 ベッドの上の少女の風体を見据え、への字に口を曲げる。


「このお嬢ちゃんは、さすがにそんな凄腕には見えねぇ。おそらくは奴隷の類だろうな」


「ど、奴隷だべか」


 世情に疎いドンドだが、さすがにその単語については知っていた。


 悪さをすると奴隷商人に連れていかれ、一生こき使われると村ではよく脅かされたものだ。


「確か、今回の試験には奴隷商人のラヴァンってやつが参加していた筈だ。奴隷でパーティを組み、使えなくなったら捨てていった。そんなとこだろうさ」


「そんな……ひでぇべ」


 ドンドは、ベッド上の少女に近づき、きめ細やかな髪の毛をかるく撫でる。


 それにぴくりと反応した少女は、眠そうにしながらも目を開かせた。


「あ、すまねえ。起こしちまっただか」


「…………ん」


 少女は眠そうに体を起こしたかと思うと、そのままがばりとドンドの腰に抱き着いてきた。


「あ、ちょ、ちょっと」


 ドンドは慌てて距離をとろうとしたが、少女はそのままずるずるとドンドにくっつき続ける。


「はは、ずいぶんと好かれてるみたいだな兄ちゃん」


 ジェイコブのひやかしに、ドンドはすこし顔を赤らめながらも。


 引き離すのは諦めて少女を見下ろしながら、できる限り優しい声で問いかける。


「えっと。お嬢ちゃん、名前は?」


「……リーリィ」


「リーリィちゃんだべな。えっとリーリィちゃん。お父さんやお母さんがどこにいるか、わかるだか?」


 リーリィと名乗った少女は、ふるふると首を振る。


「じゃあ、誰かお世話をしてくれる人はいるだか?」


 また首を振る。


「困っただな。こりゃ、衛兵さんに預けるしかねぇべか」


 ドンドがそう言うと、リーリィは不安げにドンドの腰に回した手の力を強くさせる。


 助けを求めるようにドンドはジェイコブの方を見たが、その当人はやや渋い顔を作っていた。


「俺っちの個人的な意見だが。やめといた方がいい」


「え?」


「王国の衛兵は、こういう案件は孤児院に丸投げしてそれまでさ。ついでに言うとこの国の孤児院はあまり質がよくねぇ」


 ジェイコブは、吐き捨てるように無情な現実を突きつける。


「嬢ちゃんはツラがいいからな。下手をすると里子に出す、っていう名目で変態貴族に売り飛ばされちまうだろうぜ」


 そんな言葉の数々に、リーリィはジェイコブから逃げるようにドンドの後ろに隠れてしまった。


 脅かしすぎたか、とジェイコブは無精ひげをかきつつ一旦口をつぐませた。


「仕方ねぇだな。じゃあ、オラの村に帰って世話をするしかねぇだか」


 しかしドンドの表情は優れなかった。


 というのも、ドンドの村はさほど裕福なわけではない。


 見ず知らずの子供を邪険には扱わないにしても、歓迎するかと言えば疑問が残る。


 なにより、都会で一旗揚げると期待されていたドンドがこのまま帰るだけでも失望されるというのに。


 そこへ身寄りの無い少女を拾ってきたという要素まで加われば、下手すればそのまま勘当されるかもしれない。


「おいおい兄ちゃん、そりゃいいがお前さんの試験はどうするんだよ」


 思い悩むドンドに、予想外の声がジェイコブからかけられ目を丸くする。


「え? でもオラ、一次試験不合格で」


「ちがうちがう! 俺っちが兄ちゃんのオーブも渡しておいたから合格してんだよ」


 そこでようやくジェイコブがドンドたちを見つけてからの顛末を確認する運びとなった。


 ダンジョンを出て、手当は受けたドンドはそのまま下宿している宿へ移送されたという。


 受験登録をした際に、下宿先を記載するのはこんなときの為だと今更ながらドンドは理解した。


 リーリィはドンドから離れようとしなかった為、ドンドの仲間だと衛兵には誤解されたらしい。


「偶然にも俺っちとおんなじ宿だったからな。一応合格した事実は伝えておこうと思って目が覚めるのを待ってた、ってわけだ」


「それはそれはなにからなにまで重ね重ね、ありがたいことだべ。マルスさんにも後でお礼を言わせてもらうべ。あの書き置きのおかげで、九死に一生を得ただからな」


 ドンドは改めてジェイコブに深々と頭を下げる。


「いいってことよ。それより兄ちゃん、お前さんほとんど丸一日寝てたから二次試験まで時間がねえぞ。マジでどうするつもりだ?」


 言われてドンドは、ハッと窓の外を見ると。


 太陽はとっくに上っており、もう朝方をかなり過ぎているようだった。


 二次試験は、本日の真昼ちょうどから。


 装備品もほとんどを失い、残されたのは履き古した下着と財布に入れた小銭がすこし。


 いっそ棄権するのが得策かもしれない、とドンドは顔を俯かせたが。


 その先には、自分にすがるような眼を向けるリーリィの姿があった。


(そうだべ。オラがここで諦めたら、この子はどうなる)


 自分は、貧しい村の人たちや、こうした身寄りのない子を笑顔にしたいと思って冒険者になった。


 仲間に裏切られ、愛用の斧すら無くしてしまった。


 それでも、か細い糸でもまだチャンスは残っている。


「オラ、やるだ。A級冒険者試験、続けるだよ」


 拳を握り、ドンドは顔をあげた。


 A級冒険者になれば知名度もあがり、受けられる仕事の幅も広がり、儲けも多くなる。


 村に仕送りをして、リーリィを養うことも可能になるだろう。


 そんなドンドの決意の籠った目に、ジェイコブもニッと口角をあげる。


「よく言った! 気に入ったぜ兄ちゃん! よーしこの際だ。俺っちについてきな、装備品をすこし見繕ってやるよ」


「ええっ! さ、さすがにそこまでしてもらうわけには」


 と、そのときドンドの腹の音がグキュルゥ、と獣の鳴き声のような大きさで鳴り響いた。


 一瞬の沈黙のあと。


 ジェイコブがぷっと噴き出す。


「とりあえず、まずは腹ごしらえからだな。パンとミルクくらい持ってきてやらぁ」


 そのまま肩を震わせながら部屋を後にするジェイコブに、ドンドは顔から火が出そうだったが。


 リーリィまでもくすくすと笑みをこぼしていたのを見て、


(ようやく、笑ってくれただな)


 すこしだけ、気持ちが安らぐのを感じたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ