4話【ギルド職員の憂鬱】
ビングブルグ王国のはずれの荒野に、そのダンジョンはあった。
見た目はただの洞穴に過ぎないが、そこはモンスターが湧き出す危険地帯のため、
普段は王国が立ち入りを禁止している。
現在は、A級冒険者昇格の一次試験のために、特別に解放されているのだが。
そんなダンジョンの出入口に、ひときわやる気が無さそうに立っている金属鎧に全身を包んだ人物がいた。
(あー。だるぅいぃぃー……)
そんなことを考えているのは、冒険者ギルドの職員アミア・スゴール。
現在、アミアはこの昇格試験の試験官を任されていた。
とはいえ、試験内容が初級ダンジョンに潜り最下層にあるオーブをとってくるというもののため。
アミアがやることは、参加した冒険者の帰りを待つことしか、ほぼやることがなかった。
この試験はダンジョン内で死亡する危険もある内容のため、
ダンジョンに入った人数と出て来た人数が違うことは別に珍しくはない。
しかし、試験の時間制限が日没までのため、それまではじっと待たなくてはならないのが苦痛でしかなかった。
(あー……。もうさっさと出てきなさいよ。死んでるなら死んでるって言いに来なさいよ)
むちゃくちゃなことを考えているアミアの不満の原因は、いくつかあった。
まず、本来は非番であるはずなのに職員の急な病欠により自分が駆り出されたこと。
次に、職員に万一があってはいけないため重苦しい鎧の着用を義務付けられていること。
更に、いちはやくダンジョンから出て来たガリッドとかいう冒険者パーティが、
ドヤ顔で試験クリア最速タイムを出したと言い出してきたため、
魔道通信をわざわざ使って、ギルド本部に問い合わせる羽目になってしまったこと。
最速タイムであることを確認したあとは、
「わー、すごいですねー。おめでとうございますー」
と、万歳三唱までしてあげて褒めたたえたのだが。
「あ? それだけかよ」
と言われてようやく歴代最速タイムを出した者は二次試験免除だと思い出した。
忘れそうになったことをガリッドとその仲間にさんざん怒鳴り散らかされ、どうにか手続きを済ませたのだが。
その連中がわざわざ魔道通信で本部にクレームを入れたせいで、お説教を食らう羽目になってしまい。
結果、現在テンションが死ぬほど下がっていた。
(あー、あ。花の二十代をなんでこんなことに費やしてんだか)
十代の頃からひたすら学問に打ち込み、友達も作らず恋もせず、
ついに王国のギルド職員、という高給取りでイイ家に一人暮らしという勝ち組まっしぐらな生活を勝ち取った筈が。
確かに給金は高いが、死ぬほど仕事が多く、早朝から深夜までの残業も当たり前、
おまけに時折こんな風にモンスターの巣くうダンジョン近くまで駆り出されるブラックぶり。
(やってらんねー。明日も、二次試験の試験官やらないとだしなー。あー死ね死ね。幸せなやつみんな死ね)
恨みがましく周りを見据えるが、試験をクリアして喜び勇んでいた冒険者は軒並み帰っており。
残っているのは、相棒がまだ帰ってこないとぼやく小太りの男と、王国から派遣された衛兵や神官くらいのものだった。
(つーかコイツらいるんだから、ギルド職員が待機してる必要あるかよ。クソが)
心中で悪態をついていると、鎧姿の衛兵のなかのひとりが、アミアに近づいてくる。
「すみません。そろそろ日没ですが、試験は終了ということでよろしいでしょうか?」
「あ、はい。そうですね。日が完全に沈み切った時点で終了となります」
「承知しました」
そう言うと、衛兵はふいに兜を脱いで自身の汗を拭きとる。
その顔に、アミアは衝撃を受けた。
サラサラの金髪に美しい碧眼、鼻筋は整っており、かなりの美形だったからだ。
(や、やば。よく見たらかなりの高身長だし。優良物件じゃん!)
思わぬ出会いのチャンスを逃してなるものかと、アミアは意を決して話し掛ける。
「あ、あの。すみません。もしよかったら、このあと……」
そんなアミアのたどたどしい言葉は、
「おぉーい! 誰か、手を貸してくれー!」
ダンジョンから発せられた野太い声に搔き消された。
見れば、ひょろ長いオッサン冒険者が傷だらけの少年を引き連れて出て来たところだった。
「おお! まだ受験者が残っていたんですね。よかった! ギリギリ合格なんじゃないですか?」
「あ、はい。ソウデスネー、ははは……」
イケメン衛兵さんは、そのまま彼らへと駆け寄り。
そして童顔でかわいらしい顔つきの神官に声をかけ、応急処置をはじめる。
そんなふたりは何やら親しげで、うっすら聞こえてくる会話はまるで仲睦まじい恋人同士のように、とっても息が合っていた。
(はは…………。ダンジョンからドラゴンでも出てこないかな。辺り一帯、丸焦げにしてくれないかなー)
呆然自失といったアミアをよそに、
今しがた出て来た無精ひげの冴えないオッサン冒険者が満面の笑みで近づいてくる。
「職員さん! これ、オーブです! あっちの兄ちゃんのぶんも、渡しておきますから!」
「あ、はーい……。ジェイコブさんと、あっちのひとは、えーと、たしか、ドンドさんですねー。おふたりとも、合格でーす」
そんなアミアの言葉を受けて、ジェイコブという男はこちらに感謝の意を述べて、
わざわざ汗だくの手で握手までして離れていった。
鎧をつけていて、本当に良かったとアミアは思った。
「やったー! やったぞ、マルス!」
そして仲間らしき小太りの男と抱き合って喜んでいたが、アミアにとってはもうどうでもいいので。
日が完全に沈んだのを確認後、早々に撤収作業をはじめることにした。
だからこそ、アミアはドンドに寄り添っている少女を注視していなかった。
今日ダンジョンに入っていった冒険者たちのことを、顔と名前に至るまでしっかりと記憶していたのはアミアただひとりだった。
王国の衛兵は、アミアが何も言わないので、ボロボロな少女の出で立ちもモンスターに襲われたせいだろうと深くは考えなかった。
その結果、取り返しのつかない事態がこの先に待ちうけているのだが。
このときのアミアは知る由もなかった。