41話【ドンドとガリッド】
「ガリッド」
ドンドは、その人物を見下ろしながら愕然と名を呼ぶ。
また偽者だろうか、という一縷の望みを抱くが。
パーティを組んだことのあるドンドは、直感的に悟っていた。
そこにいるのは正真正銘、本物のガリッドであると。
「まずいですね。一応生きてはいますけど、このままだとこの人、死んでしまいます」
彼に駆け寄ったニルは、簡潔にそう判断を下す。
なにがあったのか、仰向けで倒れているガリッドは右肩のあたりを穴が開くほど抉られており。
そこから流れでた血は膨大で、全身の肌の色がかなり白くなりはじめていた。
素人目にも、一刻も早く治療が必要なのは理解できた。
だが、ドンドは信じられなかった。
てっきりガリッドは既に合格し、地上に戻って自分を嘲笑っているものと思っていた。
それが、今こうして無様に死に瀕している。
それを察して、ドンドは感情をどこに持っていけばいいのかよくわからないでいた。
「よォ……誰かと、思えば……テメェかよ……」
そんななか、どうにか目を開かせながらガリッドはかすれた声を発する。
「ちょっと、無理にしゃべらないで」
ニルは警告し、包帯を荷物から取り出して傷の応急処置を行っていくが。
ガリッドはそちらに目もくれず、じっとドンドを見つめ続けていた。
「へへっ……情けねぇ、ツラだなぁ……。俺に、馬鹿にされにでも、来たか……?」
この期に及んで減らず口を叩くガリッドに、ドンドは思わず一歩後退ってしまった。
「まさか、この俺に、同情してるなんてことは……ねぇよなぁ……」
「ガリッ、ド。オレは」
「ざけてんじゃ……ねぇぞ、この野郎がぁっ!」
瀕死で地面に伏してなお、ガリッドは血反吐を吐き散らしながら叫ぶ。
その必死の形相に、ドンドはおろかニルまでもわずかに気圧される。
「いつまで、情けねぇ……甘ちゃんで、いる気だ、この……馬鹿がっ! げはっ、ごはあっ!」
「ちょっと! いい加減に黙って! ホントに死ぬぞ!」
ガリッドの体を押さえながら、思わず素を出してしまうニルだが。
ガリッドは咳き込みながらも、言葉を止めようとしない。
「俺は……ずっと、そんなテメェが、嫌いだった……!」
「ガリッド」
「いつまでも、そうして……弱いまま、いたいなら、勝手にしやがれ、この、愚図がっ……!」
このとき。
ガリッドの目は、未だに光を失わせることなく、ドンドを見据え続けていた。
ドンドもまた、それを理解し、そして、自分が為すべきことを理解した。
「た、たすけてくれでやんす~!」
ふいに、情けない声が響いてきた。
今まで巨木ゴーレムから逃げ回っていた男が、こちらへ進路を変えたらしく。
うしろに巨木ゴーレムを引き連れ、泣き叫びながらドンド達の元へと走ってくるのが見えた。
それを確認したドンドは、そちらへと身体の方向を向けて。
「ニルちゃん。ガリッドのこと、頼む」
「え? なにを――」
返事を待たぬまま、ドンドはふところに持っていた大木ゴーレムの核をニルに放り渡す。
そして、自身の武器である斧をその手に構え。
ゆっくりと、自身の見定めた敵へと歩を進めていく。
巨木ゴーレムは、再び腕の一本を前方へと構えたかと思うと。
次の瞬間には、巨大な木の実を放射していた。
それは真っすぐにドンドに向かってくるも、
「ふんっ!」
ドンドはそれに合わせて斧を振りぬき、一振りでその木の実を両断してみせた。
誰もがその光景に唖然とする中。
(不思議だべ)
ドンドはひとり、落ち着いていた。
(ちょっと前まで、ストーンスライムの攻撃にさえ苦戦してたっていうのに)
巨木ゴーレムは、わずかに苛立ったように残っていた腕も前方に向け。
その四つすべてから、木の実を一斉に発射させる。
しかし、ドンドは表情ひとつ変えることなくそれを斧の一振りで迎え撃つ。
四個の巨大な木の実は、そのたった一振りで、まとめて弾き飛ばされていた。
(今はこんな重い攻撃にも耐えられてる)
そのままドンドは前進し。
そして巨木ゴーレムの真正面に陣取り、不敵に笑った。
そんなちんけな攻撃じゃなく、もっと真剣にかかってこいと言いたげな態度で。
「今度は、こっちの番だ」
更に、ドンドはおもむろに駆け出し。
近づいてきていた巨木ゴーレムの足部分めがけて、横薙ぎに斧を振るった。
するとあろうことか、巨木ゴーレムがわずかによろめくほどの衝撃が周囲に轟き。
斧の接触した周辺が、一撃でごっそりと削られていた。
すると巨木ゴーレムは焦ったように四本の腕を振り下ろし、地面が揺れるほどの攻撃を襲撃者に向けて放ったが。
「どっちを見てるだよ」
ドンドは既に、巨木ゴーレムの後ろへと回り込んでいた。
(身体が軽いべ。不思議だ。もう全身へとへとの筈なのに)
ドンドは冷静に自分の状態を分析していた。
ここまで数々の戦闘を潜り抜けて来たが、そのなかのどれよりも、今このときに自信と気合いが漲っているのを感じていた。
目の前にいるのは、絶大な攻撃力と質量を持つ絶望的な相手である筈なのに。
一歩も引く気はなくなっていた。
「かかってこい、木偶の坊」
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