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40話【最後のゴーレム】



 赤銅鎧の男と、以下三人はこちらに近づくと。


 フンと鼻を鳴らして、底意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「まだしぶとく生きてやがったか、ドンド。意外にやるじゃねぇかよ」


「ああ、そうだべな。それじゃあ」


 ドンドははやばやと四人に背を向け、大木ゴーレムの捜索に戻ろうとするが。


 赤銅鎧の男は、回り込むようにして進路を塞いできて。


 残りの三人も、ニヤニヤと笑いながらドンドとニルを囲むように動く。


「ドンド。お前、一個ぐらい大木ゴーレムの核を持ってんだろ」


 その問いにドンドは顔を強張らせ、反射的に胸元を隠すようにしてしまう。


 それを見て、赤銅鎧の男はわずかに目を丸くさせる。


「へぇ。ダメもとでカマかけたつもりだったが、マジで持ってんのか」


 しまった、とドンドは自分の迂闊さを悔やんだがもう遅い。


 四人とも明らかに目の色が変わり、早くも獲物を手にしているヤツまでいた。


「命が惜しけりゃ、核を置いていきな。この俺様、血濡(ちぬ)れのボストンの実力を忘れたわけじゃあるめえ」


 拳をぽきぽきと鳴らして威嚇する赤銅鎧の男、ボストンだったが。


 ぷっ、とニルは彼の二つ名がツボに入ったのか、思わずふき出して笑いをこらえており。


 ボストンはその反応に、ぴくりと眉根を寄せ。取り巻きの三人は、わずかに顔色を青ざめさせる。


「なんだ小娘。どこの誰だか知らねぇが、この状況でずいぶんと余裕だな」


 ボストンに殺気を向けられながらも、ニルは特に怯んだ様子もなく。


 むしろ嬉々とした調子で、口を挟みはじめる。


「いえいえ、すみません。既に自分用の核は手に入れてるのに、ちゃんと仲間のぶんも確保したいなんて。恐そうな顔に似合わず優しいんだなぁと思いまして」


「ああ。俺様はこう見えて、仲間想いなんでね」


「ふぅん。その割には、さっき見たときより人数が足りないみたいですけど。どうかしたんですか?」


 ニルのその問いに、ボストン以外の三人がわずかに表情を曇らせるが。


 ボストンはむしろ胸を張るようにして、その問いに対する答えを口にする。


「大木ゴーレムとの戦いで、色々あってな。まあ、アイツらの犠牲は無駄にしねぇよ。俺様たちが試験を突破すれば、奴らも浮かばれるってもんよ。なぁ?」


 ボストンが他の三人に同意を求めると、全員がそうだそうだと肯定を口にするものの。


 そのうちの二人は、若干引きつった笑みを隠せておらず。


 ニルは改めて、このパーティに入らなくてよかったと言いたげに失笑する。


「随分と、仲間から慕われてるんですね。これは最終的に使い捨てられる結果になんて、なりそうもないですね。いやほんと」


「おしゃべりが好きな小娘だな。そういうヤツは早死にするぜ」


「あ、すみません。もしかして皮肉に聞こえちゃいました? その自覚あるってことですかねえ」


 そうした口撃の応酬で、一触即発の雰囲気の中。



「……来るだ」



 ほぼ会話に混ざってこなかったドンドが、ぽつりとつぶやく。


 ニルはその意味をとっくに理解しており、ボストン達もすぐにその言葉の意味に気が付いた。


 遠目にではあったが、その影は既に見える位置にいた。


 今までに目にしたものより倍近い大きさを誇る巨木のゴ-レムが、ゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてきていたのである。


 そいつの身体の木目ひとつひとつが、まさに睨みつけてくる目であるかのように威圧感を放っており。


 ドンドは身震いしながら、改めて相手を確認する。


 頭部分は本当の木のように、大量の緑の葉を茂らせていて。


 胴体部分に生えている巨大な四本の腕は、軽く振るだけでたやすくこの場の全員を薙ぎ払えそうなほど強靭さを秘めている。


 地面を踏みしめる二本の脚は、百人近い人間が輪を作れそうなほどに大きく、そして太い。


 相手がこちらに近づく度に、その足元に土煙が立ち込めていく。


 無いはずの顔が、明らかにこちらを注視しているのが伝わってくる。

 

  その圧倒的な迫力は、それなりに場数を踏んだ経験のあるこの場の全員を戦慄させていた。


 一般的な常識として、ここまで巨大なモンスターというものが存在することも、駆け出しの冒険者であっても知識としては知っている。


 だが、初級ダンジョンには当然ながらこれほどのサイズのモンスターは現れない。


 それゆえに、ボストンの取り巻きのひとりは、既に蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまっていて。


 もうひとりの男も、真っ青な顔でガタガタと震えて今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。


 ボストンは、そうしたふたりの様子と、向かってくる巨木ゴーレムの質量をしばらく見つめていたが。


「おい」


 彼の元々のパーティであるらしい男に声をかけ、こくんと頷き合うと。


 一も二もなく、所持していた核を叩き割った。


「ぼ、ボストンさん!」

「そ、そりゃないでやんすよぉ!」


 ボストンとその部下のそんな容赦ない行動に、残されたふたりは狼狽するが。


 当人たちは素知らぬ顔で、弁明の言葉すら送らないまま地上へ転送されていった。


『みなさ~ん。たったいま、7体目と8体目のゴーレムが撃破されました~。残るゴーレムはあと2体で~す』


 そんなふたりの合格を告げるファミリの放送が流れるが。


 その場に残された面々は、そんなことに気を向けている暇はなかった。


 巨木ゴーレムはなぜかおもむろに立ち止まり、腕のひとつをこちらへ向けた。


「ドンドお兄さん!」


 ニルが警告を口にし、ドンドはそれを受けてすぐさま駆け出した。


 直後。その腕の先から、大岩かと見紛うほどのどでかい木の実が放出された。


 大砲でも撃たれたのかというほどの衝撃と速度でその木の実は飛来し、


「ひぇ」


 突然の事態に、完全に呆けていた男を、あっさりとつぶしてしまった。


「ひゃああああああでやんすぅうううううう!」


 木の実がめり込んだ先の惨状を目にし、もうひとりの男は一目散に逃げてしまった。



 一方のドンドは、うしろにしっかりニルが追随しているのを確認したあと。


 疲弊した鈍足の足を必死に動かし、逃げに徹し続けていた。


「こ、これはマズいべよ。あんなのと戦わなきゃならねえだか」


「とりあえず、一旦距離をとって作戦を練りましょう」


 ニルはさすがに緊張に顔を固くしつつ背後を振り返る。


 だが不幸中の幸いとして、巨木ゴーレムは反対方向に逃げた男のほうを追っており。


 わずかに猶予を与えられたことに安堵する。


 しかし、事態は思わぬ方向へと既に転がり始めていた。


「え? あ、あれは……」


 それは、逃げた先でドンドが発見したひとつの人影にあった。


 死体かなにかかとはじめは思ったが、その人物はわずかに身をよじらせており。


 息があることに安堵し、ドンドは駆け寄っていく。


 その最中、そこに倒れていた人物が一体だれなのかを理解し、そして絶句した。


 血だらけで横たわっていたその男は。



 ドンドがよく知る赤髪の冒険者、ガリッドに他ならなかった。





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