39話【乾坤一擲、一触即発】
三次試験もそろそろ終盤です。
『みなさ~ん。たったいま、5体目のゴーレムが撃破されました~。残るゴーレムはあと5体で~す』
その放送を聞きながら、ラミリネは怒りに震えていた。
「信じらんない! 信じらんない! ロンブルスのヤツ!!」
ジェイコブに煮え湯を飲まされてから、ラミリネとロンブルスは仕方なく別の大木ゴーレムを捜索したのだが。
発見できたのは、既に破壊された大木ゴーレムばかりで。
そうこうしている内に、3体目4体目と次々にゴーレムは撃破されてゆき。
焦りが募る中やっとの思いで大木ゴーレムの一体を見つけだしたのだが。
ロンブルスはあろうことか力の矢による連射攻撃で、核ごと大木ゴーレムを破壊して勝ち抜けしてしまったのだ。
「ふたつ核をゲットしてから、勝ち抜けするって約束だったのに! マジでありえない!」
怒り心頭なラミリネとしては、あとできっちり問い詰めるつもりでいるが。
ロンブルスはおそらく「うっかり核を破壊してしまった」とか「わざとじゃなかった」とか言い訳を並べることだろう。
そんな様子が容易に想像できて、余計に苛立ちが募るばかりだった。
「あーあ。ムッツリロンブルスも、そろそろ潮時かなー。ま、私としても、A級冒険者になれたら華々しく独立するつもりだったから、別にいーけど」
ガツガツと杖で何度となく地面を叩きながら、改めて捜索を再開するラミリネだったが。
ふと、かすかになにかがぶつかりあうような音が耳に届いてきた。
四方を見渡すと、遠目に大木ゴーレムらしき影が目に飛び込んできて。
しめた、と思う一方で、今の自分が単騎であることを再認識し。
はやる気持ちを抑えながら、足音を殺して慌てず、しかし早足でそちらへ接近する。
すると、誰かが現在進行形で戦っているのがわかった。
(あれ? あの女は……)
同時にそこにいたのが、自分達にコバンザメの如く擦り寄って来た女冒険者だとわかった。
(どこに逃げたかと思ったら。こんなとこにいたとはねー)
その女冒険者は、銅の剣一本でなんとか大木ゴーレムと渡り合っているが。
どう見ても傷のひとつすら与えられておらず、苦戦しているようだった。
(ははーん。どうやら物理攻撃に強い個体みたいねー。ラーッキー!)
ラミリネは軽く身を屈め、念のため周囲に誰の目もないことを確認する。
安全を確保できたのち、慎重に呪文詠唱を開始する。
「”きらきらひかる、連星よ、みんなのこえを、届けて集え、あまたの星よ、敵を喰らえ”」
威力が上の呪文詠唱は、それほど詠唱にかかる時間も長くなる。
そして今回ラミリネは、呪文と呪文を連結させ、距離や弾数の調整も加えていた。
「”きらきらひかる、連星よ、こえをあわせて、ここに集まれ、遥かまで飛び、幾多の敵を討て”」
魔法使いにとって、この戦闘中の呪文詠唱の時間が一番緊張し、神経をすり減らす時間であったが。
ラミリネはそんな死と隣り合わせの時間こそが、もっとも生を感じられる時間と考えていた。
「”大きな流星群”!」
そして、杖が大きく煌めいたかと思うと。
無数の光弾が、大木ゴーレムと、女冒険者の元に向かって殺到した。
その女冒険者が、それに気づいた時にはもうすでに手遅れだった。
閃光が辺りにあふれ、爆風の嵐がその一帯を包み込んだ。
それによる衝撃波は、距離が離れていたラミリネの元にも届いていたが。
「アー……最ッ高ぉー! やっぱり、むしゃくしゃしたときは、これが一番スッとするわー」
彼女は目を輝かせ、感動に打ち震えていた。
そしていまだ爆発の煙が立ち込め、周囲の草や花がわずかに燃え続けているのも構わず。
悠々とスキップすらしようかという足取りで、ラミリネは己の戦果を確認するべく歩を進め。
黒焦げになって微動だにしなくなった大木ゴーレムと、
全身火傷を負って気絶している女冒険者の姿を確認し、また笑みを深くさせた。
「ま、悪く思わないでよねー。文句なら、ロンブルスにでもお願いー」
そして、大木ゴーレムの胴体から転がり落ちていた核を拾いあげ。
いざ破壊すべく杖を構えた。
そのとき。
ドズゥン
という、地響きが聞こえた。
ラミリネが反射的にそちらを目をやると。
遠目にではあったが、ゆっくりと、しかし確かな足取りでその巨体を進めさせている、巨木のゴーレムの姿が確認できた。
(あれって、ずっと座り込んでた、デカゴーレムじゃん!)
勝ち抜けが半数を超えたのが引き金だったのか、あるいは誰かの攻撃で目を覚ましたのか。
ラミリネにそれは判断できなかったが、彼女にとって今するべきことは決まっていた。
呪文を唱える間も惜しみ、ラミリネは杖で核を滅多打ちにして破壊する。
(うーわ、マジで良かった。あんなのと戦う羽目にならなくて)
そして、地上へ転送される最中。
今なおここに留まっている受験者が、あの巨木ゴーレムに四苦八苦する哀れな行く末が見られないことを、ラミリネは少しだけ残念に感じたのだった。
*
同時刻。
『みなさ~ん。たったいま、6体目のゴーレムが撃破されました~。残りはあと4体で~す』
また新たに、合格者の放送が流れたのを聞いて。
ニルはわずかに顔を渋くさせる。
目の前には、ただの枯れ木。正真正銘、モンスターではないただの木があった。
「うーん。さすがに、悠長にしてもいられなくなってきましたね」
「そうだべな。ここにあるひとつを除けば、あと3つしか合格枠が残ってねぇことになるわけだし」
ドンドもそれに同意してくる。
草原の見晴らしはいいのだが、如何せん広さが膨大すぎるのが問題だった。
それらしい影を見つけて駆け寄ってみれば、ダミーの枯れ木であったというお粗末さ。
そうした状況を鑑みて、ニルはツインテールを撫でつつ、ぽつりとつぶやく。
「これは、もしかすると」
「どうかしたべか?」
思いついた推測を口にしようとするニルだったが。
それを遮るように、歓声のようなものがどこからか轟いてきて。
ニルはドンドと頷き合い、その声が響いてきた方向へと駆け寄ってみることにした。
「あれは……」
やがて見えてきたのは、階段前で遭遇した男達のようだった。
だが、現在の人数は四人にまで減っており。
加えてよくよく観察してみれば、赤銅色の鎧を着ている男以外は脚をひきずっていたり、頭に包帯が巻かれていたりと身体のどこかに傷を負っていて、かなりの激戦を繰り広げたことが察せられた。
「よっしゃあああ! 2体目撃破ああああ!」
「くっそ、手こずらせやがってぇ」
「この調子で、一気に残りの核も集めるっスよー!」
「あともうひとがんばりでやんす!」
そのあとも彼らは、しばらく元が大木ゴーレムだったらしい残骸を蹴散らしながら、騒ぎ続けている。
疲れがむしろ変な方向にテンションを高めているのかもしれなかった。
そんな様子を眺めていたニルは、自分の推測が当たっていたことを察する。
「やはり、既に大木ゴーレムの核を手に入れているようですね。どうします? いっそ彼らと一戦交えて核を奪いますか?」
「え? うーん、さすがにそれはちょっと気が進まないだなぁ……」
「でも、何度も言いますがあまり悠長にしてもいられませんよ。特にドンドお兄さんは、一刻も早く地上へ戻りたい筈でしょう?」
「むむむ。それは、そうだけんども」
思い悩むドンドを見つめつつ。
ニルはいっそ彼が持っている核を先に破壊して貰い、地上へ帰還させようかとも考えていた。
この三次試験で、もう少し彼の成長を見込めるかもしれないと思ういっぽうで。
あとはもう次の最終試験のためにとっておこうか、という思いも生まれていた。
そうしてふたり揃って思い悩んでいると。
「あぁ? そこにいるのは、まさかドンドか?」
いつの間にか赤銅鎧の男たちが、こちらに気が付いて近づいてきており。
結果的に強制イベントになってしまったことに、ニルは密かに苦笑した。
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