3話【ストーンスライムと謎の魔法】
最悪だべ、とドンドは愕然とする。
ストーンスライムは、冒険者の間では『初心者殺し』の異名を誇るモンスターだった。
見た目は小さく、耐久力も大したことはない。
一匹だけなら子供でも容易く倒せるし、跳ね回ってくる以外に攻撃手段もない。
おまけに動きもさほど速くはないので逃げるのも容易だ。
だが、こいつらの厄介さはそれなりに知恵がある点だ。
先程のように石壁に紛れて強者をやりすごし、弱者には不意打ちを食らわせる。
時には徒党を組み、集団で獲物を袋叩きにして始末する。
ダンジョンに潜った初心者の三割が、このモンスターに痛い目を見ているとの話だった。
「く、っ……」
ドンドは少女を抱えなおし、急いで駆けだそうとしたが。
そこを狙いすましたかのように、ストーンスライムが膝にぶつかってきた。
更には別の個体が、頭や肩に飛び掛かってくる。
少女を抱えたままでは防御もできないため、なんとか避けようと駆けまわるが。
ストーンスライムは何度も跳ねまわりドンドを狙ってくる。
焦りで鈍る思考のなか、ドンドは周りを見渡す。
ざっと見ただけで、二十はいるだろう。
ダンジョンに入った直後に遭遇したときは、ラミリネの魔法で一掃したが。
今は自分でなんとかするしかない。
しかし、ドンドにとって攻撃を当てづらいサイズの小さいモンスターは天敵中の天敵だ。
バクバクと脈打つ心臓が、やけに大きく聞こえてしまう。
「すまねぇ、お嬢ちゃん。おめぇさんだけは、ぜってぇ助けるから」
ドンドは意を決して、少女を優しくその場に横たえさせ、斧を構える。
そして勢いよく斧を振り回し、近くのストーンスライムを払いのけようとしたが、当然のようにかわされてしまう。
そこへ再度跳ね飛んできたストーンスライムが、ドンドの後頭部にクリーンヒットする。
「ぐうっ……」
痛みが走り、出血したのがわかった。
ストーンスライム達は、大した反撃が来ないことを理解したのか。
そこからは怒涛の勢いで、次から次にドンドにぶつかってくる。
(倒れるな、倒れたら、もう……)
そう訴える理性とは裏腹に、ドンドの体は痛みに悲鳴をあげてしまっていた。
それでもなお振り回した斧が、運よくストーンスライムの一匹を砕き壊したが。
そこまでだった。
ついには前のめりに倒れ伏してしまい、ドンドは死を覚悟した。
「ちく、しょう」
死に際に吐き捨てられたその怒りは、
自分を捨てたガリッド達に向けたものでも、
今なお攻撃を続ける目の前の敵に向けたものでもなかった。
ただただ、情けない自分だけが、どうしようもなく許せなかった。
だがせめて、この少女だけでも守りたいと、倒れながらも少女をその腕に抱きかかえる。
自分がやられても、他の誰かが助けに来てくれるかもしれない、という僅かな可能性に賭けるしかもうドンドにはできなかった。
「はは、情けねぇだな……すまねぇだ、お嬢ちゃん。こんな、ボンクラに助けられちまって……」
乾いた笑みを浮かべながら、ドンドはただ痛みに耐えた。
脳裏に、村に残してきた家族や友人の顔が思い浮かぶ。
視界がぼやけているのは、血のせいかと思ったが、どうやら涙のせいだったらしい。
(オラは、もう、ここまで……)
「泣かないで……」
そのとき。
腕の中で声がした。
にじんだ視界のなかで、少女がこちらを見ているのがぼんやりとわかった。
のばされた少女の小さな手がドンドの目元に触れる。
それだけで、わずかに痛みが和らいだ気がした。
「 」
なにかの言葉が、ドンドの耳に届いたが。
混濁した意識のなかでは、はっきりとはわからなかった。
瞬間。
視界の端でなにかが光った。
光を放ったのは少女の手だったように思えたが、ドンドにははっきりと理解できなかった。
それは思考回路が鈍っているから、ではなく。
直後に広間を覆いつくすような轟音が響き渡ったからである。
*
ジェイコブは、ようやく明るい階層に出られたことに安堵していた。
「ひぃ、ひぃ……なんとか、ここまで来られたぜぃ」
ジェイコブはひょろ長い針金のようなその身を背伸びでさらに伸ばし、周りに注意を払う。
近くにモンスターの気配がないのを確認したのち、無精ひげの生えた顎をがりがりと掻きつつ出口へのルートを記したメモを見直す。
「相棒のためにも、絶対にオーブを持って帰らねぇとな」
そして、腰に付けた皮袋に入れてある青色のオーブを、今一度確認する。
最下層でこのオーブを手に入れた際に発動した罠のせいで、
相棒のマルスと分断されたときは肝を冷やしてしまった。
格好つけて、先に地上へ戻ってくれと息巻いたジェイコブだったが。
結果的に、帰り道でマルスの書き置きに助けられる形になったあたり、どうにもしまらない。
「はは、まあ俺っちらしいっちゃ、らしいわな」
女神からの加護もなく、大した実力もないため、万年B級冒険者と罵られ幾年月。
ついに三十路近くまで来てしまい、髪の毛まで若干薄くなってきてしまった。
冒険者引退すら考えたが、自分の仕事が忙しいマルスがわざわざ協力を申し出て、
こうしてパーティを組んでくれたその好意を無にするわけにはいかなかった。
「おっと、いかんいかん。浸ってる場合じゃねぇな。さっさと地上に戻らねぇと」
この一次試験、時間制限は日が暮れるまでとなっている。
最下層でかなり時間を食ってしまったため、おそらく自分以外の連中は、もう地上へ出てしまっているだろう。
そう思いながら通路を駆けだした直後、出口へ向かう方向から何やら大きな音が轟いた。
「なんだ? 誰か魔法でもブッ放したか? それとも自爆モンスターでも出たか?」
本来なら厄介事には関わりたくないところだが、最短距離のルートは音のした方向からだ。
これ以上遠回りをするわけにはいかず、ジェイコブは眉をひそめつつもそのまま走る選択をとった。
やがて広間が見えてくる。
「おいおい、なんだぁ、こりゃ」
そこは一体なにがあったのか、なにもかもが更地になっていた。
最初にここを通ったときは、数匹のモンスターが蠢き、崩れたダンジョンの瓦礫などが散乱していた筈だが。
それらが、綺麗に掃除したかのようにすべて取り払われていた。
そしてそんな広間の中央に、ふたりの男女が折り重なって倒れていた。
おそるおそる近づいてみるとそこにいたのは、
体中から血を流している大柄ながらもまだ年若そうな少年と、
軽く体に布を巻いただけのあられもない姿をした何ともか弱そうな女の子だった。
「お、おい……?」
声をかけてみると、女の子のほうが消え入りそうなほどか細い声で、言葉を絞り出した。
「お、ねがい、このひとを……たすけ、て」
それを聞いたジェイコブは、また髪の毛が薄くなりそうな厄介事案件が舞い込んだのを察したが。
はぁと息をつき、やれやれと肩を落としつつも少年を背負ってやることにした。
彼の武器らしき重そうな斧は置いていかざるを得なかったが、それでも疲弊したこの身に堪える重さだった。
「お嬢ちゃん、自分で歩けるか」
ジェイコブの問いかけに、女の子はこくんと頷き、泥だらけの裸足で後をついてきた。
(今、モンスターに襲われたら終わるな、俺っち……)
そう思いながら、ジェイコブは出口へと歩を進めた。




