38話【リーリィの意思・その4】
久しぶりのリーリィ回です。
ドンドがランの暴走に戸惑っていた頃。
ゴーレムの核を破壊すると同時に、市民公園へと送還されてきたジェイコブはというと。
ファミリから三次試験合格おめでとうの言葉を貰ったのち。
ドンドを待つ傍ら、公園のベンチでしばらく休むことにしたのだが。
なにやら衛兵たちの雰囲気がピリピリとしているのが、気にかかっていた。
(なんか事件でもあったのか?)
体力的にはヘトヘトなので放置したくなったが。
さすがに好奇心が先に立ち、軽く話を聞いてみるかと腰を上げ、公園の出入口付近に近づいたところで。
「おじさん! ジェイコブおじさん!」
聞き覚えのある声が響いた。
目を向けるとそこには服を泥だらけにした裸足のリーリィと、それに寄り添っているぼろきれを纏った見知らぬ茶髪の少女がいて。
さらには、なぜか息をきらせて疲労困憊の様子のマルスがその後ろにいた。
どうやらこちらでも色々と面倒事が起こっていたらしいと察したジェイコブは、
公園を出て、三人を人目につきにくい場所まで誘導したのち、改めて話を聞くことにした。
*
ジェイコブに促されるまま、公園近くの路地裏に場所を移したリーリィたちは、その場に捨てられていた壊れかけた椅子や、木箱などにひとまず腰掛け。
「とりあえず、なにがあったのか教えてくれ」
というジェイコブの要望に従い、リーリィはたどたどしい口調ながら経緯を説明していった。
そして。
ある程度の情報を伝えたところで、ジェイコブは無精ひげをなでながらつぶやく。
「なるほど。その謎の爆発のおかげで、奴隷たちを捕まえていた檻から逃げ出せたと」
こくん、とリーリィは頷く。
「そのあとにちょうど、いなくなった嬢ちゃんを探し回っていたマルスと鉢合わせたわけだな」
更にこくん、とリーリィは頷く。
「一旦マルスの家に帰ろうとしたが、どうしてもドンドが心配で。試験会場であるここへ様子を見に来て。今に至るわけか」
再びこくん、とリーリィは頷く。
そこまで話を済ませたところで、ジェイコブはパンと自分の膝を叩いて立ち上がり。
ゆっくりとリーリィの前へと歩み寄るなり、はっきりとした口調で告げた。
「よし、嬢ちゃん。とりあえずお前さんは一度マルスの家に帰ってろ」
「え、でも」
「でもじゃない」
リーリィも立ち上がり、ここで待っていたいと言おうとしたが。
有無を言わさぬジェイコブの口調と、どこか突き放すような視線にわずかに怯んでしまう。
「どのみちドンドはまだ出てきてねえ。いつ出てくるかもわからねえ。ここにいてもできることはない」
ジェイコブはリーリィと真正面から向き合うことはせず、見下ろすような姿勢をやめようとしない。
それが、彼の確固たる意思表示であるかのように。
「アイツが出てきたら嬢ちゃんが無事だってのはちゃんと伝えてやる。だからおとなしく帰るんだ」
淡白なその言い方に、リーリィはすこし目元を潤ませるが。
対するジェイコブはそれを見ても、眉一つ動かす様子もなく言葉を続ける。
「それにな嬢ちゃん。色々あってうやむやになってたけど。お前さん、修練の森で勝手に俺っち達から離れただろ」
「それは……」
反論をしようとしたリーリィだったが。
さすがにもうひとりの自分のことを話すわけにもいかず、押し黙るしかなかった。
「あのとき結局なにがどうなったのかよくわからねえ部分はある。目を離した俺っちやマルスにも責任の一端はある。だが、全員無事で結果オーライにするわけにはいかねえな」
リーリィは顔を俯かせ、ぐっと拳を握りしめる。
我慢しようとしても、足元にぽたぽたと雫が垂れてしまうのを止められなかった。
「それに加えて、今日お前さんを狙った誘拐が起きた。そうした色んな事情を踏まえて考えると、やはりお前さんの身柄は衛兵の連中に任せるべきかと考えてる。言っておくが、本気だぞ」
その言葉には、さすがにマルスが声をあげようと口を開きかけたが。
いつにないジェイコブの真剣な目つきを目の当たりにして、やはり言葉は発さなかった。
完全な部外者であるサラもまた、神妙な会話の間に入るに入れず、成り行きを見守り続けていた。
「それをしないのは、ドンドの意見を聞いていないからだ。アイツの知らないところで、勝手に決めるのはさすがに不義理が過ぎるからな。でも」
「…………」
「これ以上わがままを言うようなら、嬢ちゃんとの関係はこれで終いだ。ドンドにも、手を引くよう説得する。衛兵に突き出されたくないって言うのなら、それも自由だ。どこへでも好きに行け」
そこまで言うと、ジェイコブはリーリィに背を向け歩き出す。
どうやら市民公園に戻るつもりのようだったが。
その足取りは、まるで止まる素振りは無く。
振り返ることも、してくれそうになかった。
(どうするの?)
リーリィの頭のなかで、もうひとりの自分が声を発する。
(あなたの大切な人は、アイツなんかじゃない。アイツにどう思われようと確かに自由よね)
その声を聞きながら、リーリィは何度も目元をぬぐう。
服に泥がついていたので、顔にも泥がついてしまったかもしれなかったが。
そんなことは、もう気にしていられなかった。
(もう一度聞くわ。あなたは、どうしたいの?)
その言葉が届くよりも前に、リーリィは言葉を発していた。
「ごめん……なさいっ!」
そこで初めて、ジェイコブの足が止まった。
「わがまま言って、ごめんなさい。かってなことして、ごめんなさい。めいわくかけて、ごめんなさい」
リーリィは嗚咽をもらしながら、必死に言葉を紡いだ。
そうすることでしか、いまはなにも返せない自分が、いやで、いやで、しかたなかった。
「ちゃんと、かえる、から……かえりたい、から、だから、っ、うぅ……っ」
そしてそれ以上はもう言葉にならず、ただただ泣きじゃくるしかなかった。
「ったく。やれやれ」
それでも、ジェイコブは振り返ってくれていた。
「マルス。嬢ちゃんを連れて、先に帰っててくれ。続きはドンドと一緒に、だ」
その言葉を待っていたかのように、マルスは頷き。
リーリィに寄り添い、涙や鼻水を優しくふいていた。
「えーと、それで。そっちの娘さん」
「あ、は、はい」
若干つられて瞳を潤ませていたサラは、ジェイコブから声をかけられ思わず上擦った声をもらす。
「事情は知らないが、行くとこ無いならひとまずマルスについて行ってくれ。詳しい話は、追々するからよ」
「は、はい。わかりました」
そうして、リーリィ、マルス、サラの三人は道を引き返し。
マルスの家へと帰っていくのであった。
ジェイコブ、珍しく厳しい感じでしたね。
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