37話【明鏡止水のラン】
ニルとランの攻防に対し、ドンドはわけがわからずそれを見守ることしかできずにいたが。
『みなさ~ん。たったいま、1体のゴーレムが撃破されました~。残るゴーレムはあと9体で~す』
突如響き渡ったファミリの声。
その放送を聞いて、戦っていたふたりの意識がわずかにそちらに向いたのがわかり。
ドンドはすかさず、声をあげて両者の間へと割り込むことに成功した。
「ふたりとも、ちょっと、ちょっと待つだよ!」
しかしふたりは戦闘態勢を解除する気配はまるでなく。
むしろ邪魔をされたことを咎めるような目つきすら向けられてしまう。
「ドンド、どいて。そいつ殺せない」
ランは鼻息荒く鉤爪を構え、取り付く島もない。
「ドンドお兄さん。だってこの人、人の話まるで聞かないんですよ」
ニルもまた、振りかかる火の粉を払う気満々の様子だった。
だがそれでもふたりの間からどくわけにいかず、ランの方へと顔を向ける。
「えっと、とりあえずランさん。なんでニルちゃんを狙うんだべ」
「ドンド。あたいにはわかるんだよ、そいつからは嘘つきでほら吹きの、最低なヤツの臭いがする」
ランは今にも噛みつきそうな勢いで、ニルをじっと睨みつける。
一方でニルは、その言葉に肯定も否定もせず、静かに構えたままであった。
「そんなやつと一緒にいちゃいけない。そいつには、あたいが正義の鉄槌を下してやらなきゃいけないんだ」
「正義とはまた、青臭い単語を出してくるものですね」
「なんとでも言え。世の中、どいつもこいつも悪党ばっかりだ。今まではあたいも、どこか仕方ないことだと諦めていた部分があった。だが!」
ぐっ、と拳を力強く握りしめたランは、ドンドに対しわずかに熱っぽい視線を向ける。
対するドンドは、その意図がまるで伝わらず戸惑うばかりであったが。
「あたいはドンドの漢気に触れて生まれ変わったんだ。悪党どもに媚びたり、屈することはもうしない。これからの人生、そんな奴らはこのあたいが成敗してやる」
「お、落ち着くだよ。この子は、そんな悪い子じゃないべ。だからな、拳を下ろして欲しいだよ」
ドンドはおだやかな口調で説得を続けようとするが。
ランはわずかに表情を曇らせただけで、戦闘態勢をとくことはしなかった。
「かわいそうに。すっかりその女に騙されちまったんだね、あんたがいいやつなのは美徳だけど。今回ばかりは聞けないね」
そして、今度はにっこりと善意に満ちた笑顔をドンドに向けるラン。
「でも安心しなよ、ドンド。速攻でそいつを黙らせて目を覚まさせてやる。そして一緒にA級冒険者になって、世界を正義で満たそうじゃないか!」
「ああ、なるほど。正真正銘、ヤバい人なんですね」
ニルはやれやれと、ツインテールをかるく撫でながら嘆息する。
そんな様子にランはとうとう我慢しきれなくなったのか、再び駆け出してドンドの横をすり抜け。
ニルへと肉薄しようとする。
そのとき。
ズンズンという地響きと共に、こちらに向かってくる闖入者が現れた。
それは、大木ゴーレムのなかでも俊足を誇る個体で、ガリッド達に一泡吹かせた輩であった。
もちろんドンド達がそれを知る由もなかったが。
「面倒な時に、面倒そうなのが来たな」
ニルは再開されたランの攻撃をいなしつつ、軽く舌打ちをする。
大木ゴーレムのあの質量に、速度が加わればかなり仕留めるのが厄介になるのは明白であり。
特に速度のある敵と相性の悪いドンドは、逃げるべきか立ち向かうべきか判断に迷ってしまった。
そんな彼らの悩みをよそに、俊足の大木ゴーレムはまるでスピードを緩めることなく、三人めがけて突進してきており。
その脅威が届く距離にまで近づかれ、ドンドもニルも一旦回避行動をとる選択をした。
しかし。
「邪魔だぁ!」
走りこんできた大木ゴーレムに対し、ランは一切怯むことなく。
大木ゴーレムが繰り出して来た、右脚を振りあげる蹴り攻撃めがけて、鉤爪つきの右拳を繰り出した。
この暴挙には、ドンドもニルもさすがに目を丸くした。
相手はかなりの速度で走ってきており、それにカウンターを合わせようものならどうなるか。
確かに破壊力は出るかもしれないが、自身の拳にダメージが返ってくるのは必須。
事実、ランの右拳は夥しい量の血を巻き散らし、骨が砕けるような音さえも響かせていた。
だが、その傷に見合う成果は確かにあった。
大木ゴーレムは右脚の大部分が大破し、バランスを崩して轟音と共に前のめりに倒れていた。
「正義の執行中に、余計なチャチャ入れてンじゃねぇよ!!」
ランは更なる追撃として、大木ゴーレムの胴体に乗り、両手の鉤爪で容赦なく体を削ぎ落としていく。
ランの血しぶきが舞う中、瞬く間に大量の木片が辺りに撒き散らされ。
やがて、大木ゴーレムの胴体には、ぽっかりと大きな風穴が抉り開く。
その穴から核である立方体をずるり、と引き抜いたランの表情はまさに狂気めいていた。
だがランはそんな自身の行いに、まるで興味がないように再び本来の標的であるニルへ向き直ろうとしたが。
「いやいや、さすがに隙みせすぎでしょ」
既にニルは動いていた。
「――っ!?」
ランが大木ゴーレムを攻撃している間に、ニルはすでに彼女の背後に回り込んでおり。
ホルスターから引き抜いた電気筒を、容赦なくランの首筋に押し当てる。
バチッ、という破裂音と共に、ランは全身を痙攣させて地面に倒れた。
「ぐ、ぁ……」
「狂人の思考なんて、わかりたくもないけど。とりあえず私から目を離すのはダメでしょうに」
横たわるランの手から核が転がり、ニルは一瞬それを拾いあげようとしたが。
すぐにそれを思いとどまり、ランを見下ろしながら淡々と言葉を投げかける。
「とりあえず、このゴーレムを倒したのはお前だ。痺れがおさまり次第さっさと核を破壊して、帰還しろ。その右手、急いで手当てをしないと二度と拳を握れなくなるぞ」
「うる、さい、この、悪党が!」
だが、ランは変わらず憎々しげにニルを睨みつけるばかりで。
このままでは堂々巡りだと察したニルはやれやれと肩を落とし。
「仕方ない。こうなったら……」
おもむろにニルはかがみこむと、ランに向かってひそひそと何かを耳打ちした。
それを聞いた瞬間、ランは目を見開かせ。
なぜか唐突に静かになった。
それを確認して、満足そうに笑ったニルはそのままドンドの元へ歩いてくる。
「さ、行きましょうか。彼女も納得してくれたようですし」
「あ、ああ。まあ、オレにはなにがなんだか」
「まあ、いいからいいから」
終始蚊帳の外だったドンドは、ニルに背中を押されながら。
不完全燃焼の思いで、その場を後にするしかなかった。
そして。
そのすぐあと、2人目の合格者が出たとの放送がダンジョン内に響き渡るのだった。
*
A級冒険者昇格試験 三次試験
2人目の合格者 ラン
ラン、登場当初はこういうキャラにするつもりはなかったんですが……なぜかこんなことにw




