32話【四面楚歌のジェイコブ】
ジェイコブは二階層をさんざん歩き回った末、ようやく一階層へ到達していたが。
到着早々、トラブルに巻き込まれていた。
ことのはじまりは、倒れているふたりの女性を発見したことだった。
なぜか踊り子衣装を着ている女性は、首の骨が折れているらしくもう息は無かったが。
もうひとりはなんと、二階層の途中で遭遇した赤ローブの女、ラミリネだった。
彼女のほうは全身傷だらけであるものの、気絶しているだけのようで。
さすがに見捨てていくのも気が引けたため、ジェイコブは彼女を背負ってその場を離れたのだった。
「しっかし、参ったぜ」
ジェイコブはそうして、ラミリネを背負ったまましばらくどこか安全な場所はないかと草原を闊歩してみたものの、そこで見つかるのはこの階層を徘徊する大木のモンスターばかりで。
いまの状態で標的にされてはたまらないと逃げ回るうちに、気づかされる形になっていた。
この草原は、隠れる場所や休める場所がまったく無いということに。
ここは見晴らしがよく、モンスターが現れればすぐに見つけられる。
だがそれは裏を返せば、モンスターからもこちらを見つけやすいということに他ならない。
「どうしたもんかな。このまま時間を無駄に費やすわけにもいかねえし」
「うっ」
ぼやきながらラミリネを背負いなおした際、彼女はわずかにうめき声をあげて、目を開かせた。
ジェイコブは一旦彼女を草の上に寝かせ、膝をついて意識を確かめる。
「おい、目が覚めたか。だいじょうぶか?」
「ここは……痛っ」
ラミリネは体を起こそうとしたが、すぐに地面へと逆戻りしてしまう。
ジェイコブは荷物から傷薬や包帯を取り出そうとしたが、それより先にラミリネが自身に向けて両の掌をかざすのが先だった。
「”治癒の奇跡”」
ラミリネがそうつぶやくと、太陽の光にも似たあたたかさが周囲に広がり。
彼女の体のあちこちにあったすり傷や打ち身の傷が、たちどころに治っていくのがわかった。
おぉ、と感嘆するジェイコブをよそに、ラミリネはゆっくりと立ち上がろうとしたが。
左脚は骨にまで異常があったのか、わずかに痛むようで顔をしかめさせ、自前の杖を使ってようやく立つことができていた。
「なに、おじさん。いつまでジロジロ見てんの?」
そんな様子を眺めていたジェイコブを、ラミリネは二階層で会った時とは別人のような棘のある口調のまま睨みつけてきた。
ジェイコブはさすがにムッと唇をへの字に曲げさせるが、敢えて文句を口に出すことはせず。
「その様子じゃ、お前さんは大丈夫そうだな。一緒にいた踊り子みたいな女は、仲間だったのか?」
「え? その女は、たまたま一緒になっただけの相手だけど。死んだの?」
「ああ、残念ながらな」
「ふぅん……。てか、他に誰か傍にいなかった? 弓を持った陰気そうな男とか」
「いや、他には誰もいなかったが」
「サイアク、アイツら私を置いて逃げたんだ」
吐き捨てるようにつぶやき、うっすら目元に涙をにじませるラミリネに。
ジェイコブはなんとなく事情を察したが、敢えて詳細を聞くことはせず。
ひとまず話を逸らせることにした。
「そういえば嬢ちゃん、本職は神官だったのか?」
「え?」
「いや。さっき使ったの、魔法じゃなくて女神の奇跡だろ? 加護持ちな上に奇跡も使えるなんて、よっぽど女神に愛されてんだな」
「うっさいわね! どうでもいいでしょそんなこと!」
ジェイコブとしては、話を変えるついでに心の底から褒めたつもりだったのだが。
なぜかラミリネは親の仇でも見るような目つきになり、もはや本性を隠す気もないような金切り声をぶつけられてしまった。
「ま、まあいいけどよ。そんじゃあ、俺っちはもう行くからな」
さすがにそこまで嫌悪されては、ジェイコブはこれ以上世話を焼く気も失せ。
ラミリネから離れ、攻略に乗り出すべく歩を進めることにした。
ジェイコブは一度かるく上を見上げる。
天井は人間が数十人肩車できるほどに高く、さほどまぶしくない程度に光を放っている。
暑さも寒さも感じないのはいいことだが、時間の流れがよくわからないのがネックだとも言えた。
(本来なら、そろそろ日が暮れ始める頃か?)
ラミリネを背負ってしばらく歩いたせいで、ジェイコブはかなり体力を浪費していた。
ここへ来るまでに、何度か小休憩をとることはしたがさすがに疲労が蓄積しているのを感じる。
(こんな調子で、ゴーレムをどうやって倒すか)
目線を前方に戻すと、視界の端に一体の大木ゴーレムが座り込んでいるのが見えた。
わずかに緊張が走るが、そのゴーレムがあまり動く様子が無いとわかり、一旦息をつく。
そして意を決しておそるおそる近づき、その姿を確認してみると。
そいつは巨木と言って差し支えないほど、他のゴーレムよりも大きさが秀でていた。
ひょろ長いジェイコブの体格を1、他の大木ゴーレムのサイズを5とするなら、
このゴーレムは大きさ、腕や脚の太さ共に、10ほどもある超巨体ゴーレムだった。
「ひとくちにゴーレム討伐と言っても、全部同じサイズ、同じ性能ってわけじゃないのか」
「そうみたいねー。こんなの、核を見つけるだけでも骨が折れそう」
ぽつりとジェイコブがひとりごちると、なぜか返事が返ってきた。
はたと気づいて後ろを振り返ると、なぜかラミリネが杖をつきながら付いてきていた。
「な、なんだよ。まだ何か用か」
「えー。傷ついたかよわい女の子を、ひとりでほっぽり出すわけー?」
「おいおい。いくらなんでも、これ以上面倒みきれねえぞ」
「おじさんこそ、状況わかってるー? 見た感じ、ひとりでゴーレム倒せる火力持ちには思えないけど」
ラミリネの挑発的なセリフに、ジェイコブはぐっと言葉を詰まらせてしまう。
ジェイコブは本来サポートに徹する戦闘スタイルゆえに、事実としてこの状況はかなりまずいのである。
受験者全員がライバル同士の試験内容にも関わらず、誰かと協力しなければまず間違いなくゴーレムは倒せない。
「ショージキ言えばさー、私だっておじさんみたいな弱そうな人を当てにしたくないよ」
「ハッキリ言うなぁ、このガキ」
「でもさ、しょーがないじゃん。このままだとマジで詰みだもん。それなら協力するしかなくない?」
「ぐ……」
ジェイコブは、目の前にいる小悪魔の企みは理解していた。
利用するだけ利用して、うまくゴーレムの核を自分が破壊して試験を合格するつもりだろう。
しかし、この状況下では誰かとパーティを組むしか道はないのは事実であり。
例えラミリネ以外の誰かを探して組んだとしても、裏切られる可能性があるのは結局同じだった。
(裏切られる心配が無いのは、ドンドくらいだが。運よく再会できる可能性が低いと言ったのは俺っち自身だしな)
かぶりを振り、都合のいい展開を頭から振り払う。
それよりは、こちらが彼女を出し抜き、核を破壊するチャンスを狙うほうが可能性は高い。
なにより、目の前にいるラミリネという少女。
足を怪我しているとはいえ、攻撃も回復もこなせるというステータスはかなり有難かった。
「でー? 結局どうするのー? 協力するのー? しないのー?」
杖でトントンと地面を軽く叩きながら、じれた様子で値踏みの目を向けてくるラミリネ。
それに対し、ジェイコブが出した結論は――




