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30話【ドンドVS偽ガリッド】

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『オラオラオラァ! どうしたドンド! そんなもんか!』


「くっ、くそおっ」


 偽ガリッドからの攻撃を自身の斧で受けながら、ドンドは改めて現状を確認する。


 二股通路の手前のこの空間は、ドンドが泊まる安宿の小部屋と同じくらいの広さのため、斧を振り回すのには向いていなかった。


 もっとも、偽ガリッドが本人の性能を真似ているのだとすれば速さで勝てるわけはないので、下手な攻撃は逆に隙を生む形になりかねないとも理解していた。


 事実、偽ガリッドが繰り出すナイフの刃の軌道が、ほとんど目で追うことが出来ない。


 切り上げ、薙ぎ、振り下ろし、そうしたナイフ攻撃に加えて時折キックなどの体術まで駆使して、連続攻撃を繰り出し続けてきている。


 首、腕、腰、脚、様々な部位を、目にも止まらない速さで狙ってこられ、防御に徹することしかできずにいた。


 刃が何度も皮膚をかすめ、肌のあちこちから血がにじむのを感じる。


 致命傷を避けることはできているものの、このままではジリ貧になることは必然と言えた。


「ガリッド」


『あ? なんだ、まさか命乞いか?』


「偽者のお前さんに言っても仕方ないかもしれねえだが」


 ドンドはどうにか打開策を考える余裕を得るために、口を開かせ言葉を紡いで時間を稼ぐことにした。


 そして同時に、この機にどうしても聞かずにいられないことを質問する。


「そこまでの実力のあるガリッドが、リーリィちゃんを巻き込んでまでオラに嫌がらせする理由がわかんねえだ」


『なんだと?』


「オラなんかほっといて、試験に集中すればいいハズだべ。そこまでするなんて、オラになんの恨みがあるだよ!?」


 ドンドのその問いかけを受け、偽ガリッドはふいに顔を俯かせてふるふると身体を震わせる。


 それが怒りによるものだとわかったのは、ガリッドが顔をあげたときの表情を見た時だった。


『そうか……。やっぱり、テメェは、なんにも覚えてねぇんだな!』


 影のような見た目の偽ガリッドだが、その目つきは明らかに血走らせており。


 偽ガリッドは、そのまま先程よりも速度をあげて特攻し、攻撃を繰り出してきた。


 だが。


 その攻撃があきらかに大振りになり、むしろ動きが読みやすくなっていることに気が付いた。


「どりゃあ!」


 ナイフの軌道を予測し、反撃の蹴りを繰り出すことすら可能になる。


 偽ガリッドはその蹴りをもろに受け、情けなくも体をよろめかせる。


 その様子を見てドンドは確信した。


 偽ガリッドは、しょせん偽者。本物と比べればやはり見劣りすると。


 ドンドは直接ガリッドと手合わせしたことはなかったが、彼がモンスターと戦うさまは何度か目にしてきた。


 そんな彼の戦いの腕はこんなものではなかった。


 嫌なヤツだと認識した今でも、戦闘面に関しては認めるところは多かったのは事実なのだから。


「覚えてない、ってなんのことだべ?」


 再びドンドは口を開かせるが、今度は純粋な疑問からによるものだった。


『いいだろう、教えてやるよ』


 偽ガリッドは苦々しげな表情を浮かべながらも、


 どこか意を決したような神妙さで語り始める。


『一年ほど前のことだ。盗賊団に属していた俺は、ちょっとしたミスをしてな。仲間とはぐれて、どでかい熊のモンスターに襲われちまったんだ。そのモンスターに、俺は手も足も出なかった。俺もここまでかと死を覚悟したとき。現れたのが……お前だった』


 熊のモンスターと聞いて、ドンドはうっすら思い出す記憶があった。


 おそらくアングリーベア討伐に参加したときの事だろう。


 去年の春頃に、冬眠から早く目覚めたアングリーベアが何頭か近くに出没したことがあったのだ。


『お前は、俺が苦戦したモンスターをたった一撃で倒していた。圧倒されたよ』


 アングリーベアの特徴は、動きはのろめだが体がとても頑丈というモンスターで。


 ガリッドには分が悪く、ドンドとは相性がいい相手だった。


 ただ、それだけの話だったのだ。


『俺は礼を言おうとしたが、傷のせいで意識を失い……目を覚ますとお前はいなかった。医者の話で、王国の冒険者という事だけはわかった。そのあと俺は、お前と同じ冒険者を志すため、盗賊を辞めた』


 ドンドは、ガリッドからそんな話は欠片も聞いたことはなかった。


 偽ガリッドがこうして話をしているのも、ただの気まぐれか、偽者ゆえに微妙に心境が違うのか。


 それはわからなかったが、もはやドンドにとってそんなことはどうでもよくなっていた。


『俺はいつの日かお前と再会して、あの日の礼を言って共にクエストをこなす仲間になりたかった』


 偽ガリッドの声が、徐々に大きくなっていく。


 ドンドは、口を挟むことができなかった。


『なのに、なのにだ! 俺が憧れた筈のお前は! 周りから馬鹿にされ、役立たずと罵られるような能無し野郎だった!』


 その言葉の最中に、偽ガリッドはいきなりこちらへ飛び掛かって来た。


 ドンドは驚かなかった。


『俺はこんな弱いヤツを目標にしていたのかと、自分で自分が恥ずかしかった。そしてそれ以上に!』


 そのまま、ナイフをめちゃくちゃに振り回していく。


 けれどもはや避ける必要もほとんどないほど、その軌道は明後日の方向を向いていた。


『お前が許せなかった! 情けない姿で俺の前に現れやがって! パーティ参加の誘いを、涙まで流して喜ぶような無様な姿を見せやがって! ふざけんな! ふざけんな! ふざけてんじゃねえええええ!』


 激昂する偽ガリッドの目には、うっすら涙すら浮かんでいるように見えた。


 ドンドは攻撃を受けながらも、恐怖心がむしろしぼんでいくのを感じていた。


「すまねえだ、ガリッド」


 だからこそ、ドンドは斧を振りかぶる。


 これ以上、()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()


「そして、ありがとうだべ。こんなオラに、憧れてくれていたなんて」


 振り下ろされた斧の刃は、あっさりと偽ガリッドの体をふたつに引き裂いた。


 そして、偽ガリッドの体は霧散し、ダンジョンの壁へと吸い込まれていく。


 そこまでの苦戦が嘘のように、あっけなく決着はついた。


「ガリッド」


 ガリッドのことは、許せない。


 リーリィの安否はいまも心配で、彼女に万一のことがあればガリッドに何をするかわからないほどだ。


 だが、ドンド自身がこれまでに受けた仕打ちに関しては、本当にもうどうでもよくなっていた。


 すっきりしたような、どこか複雑なような、なんともいえない気分だった。


 だからこそ、



()()、強くなる。本物のお前に、恥じない為にも」



 ドンドは、生まれて初めて、そんな願いを抱くのだった。



さあ、ここからドンドは本格的に主人公ムーヴしていく……かもしれません。

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