29話【油断大敵のガリッド】
ドンドが偽ガリッドと対峙していた頃。
本物のガリッドは、上の階層へ続く階段へと到達していた。
「ようやく階段への道が開けたようだな。仕掛けの解除がもう少し遅ければ、どうしてくれようかと思ったぞ」
「ホントホントー。前から思ってたけど、ガリッドって意外とトロいよねー。それで速さ自慢とかウケるんですけどー。キャハハ」
ガリッドの傍にはロンブルスと、途中で運よく合流できたラミリネも揃っていた。
彼女ももはや取り繕うつもりもないようで、ガリッドに対し召使いでも扱うような態度をとっていた。
「うるせぇよ。あんなクソウザイ仕掛け予想できるか」
ガリッドは苦々しく吐き捨てながらも、現状を甘んじて受け入れるしかできず。
もはや一刻も早くこの試験を終わらせることだけに集中し、階段に足をかけようとしたが。
「あっ、こっち道ができてる!」
「ホントだ! 気づかなかった、ラッキー!」
そんな折、後ろから姦しい声が響き。
姿をみせたのは二人組の女冒険者だった。
ひとりは皮の鎧を着こんだおかっぱ頭の女剣士、もうひとりはやけに布面積の狭い踊り子のような衣装を着た女。
どちらも二十歳そこそこくらいのようで、踊り子衣装の女性の魅惑的なスタイルに、ロンブルスがわずかに鼻の下を伸ばすのをガリッドは見逃さなかった。
(ロンブルスは、硬派を気取ったムッツリ野郎だからな)
もちろんガリッドとて、今の状況でなければ劣情を抱いたかもしれなかったが。さすがにそんな気分にはなれなかった。
そして、その二人組はガリッド達に気が付くとぺこりと頭を下げさせる。
「あなたたちが、この階層の仕掛けを解いてくださったんですね。すごいです!」
「あ! 私、知ってる! A級冒険者合格最有力って言われてる、ガリッドさん、ロンブルスさん、ラミリネさんだよ!」
ふたりはそう言いながら、こちらに近寄ってくる。
特に踊り子衣装の女は、あからさまにロンブルスに対して擦り寄る姿勢を見せていた。
そこから彼女らは、キャーキャーと自分たちを褒めちぎる言葉を羅列していき。
おかげでロンブルスはすっかり舞い上がりはじめ、ラミリネすら「女性冒険者の憧れ」と言われて満更でもなさそうにしはじめていた。
とはいえもちろん、心の奥では互いが互いをいいように利用しようという思惑が透けて見えており。
ガリッドはそんな茶番に対してひとり白けた様子で、
「おいテメェら、いつまでくっちゃべってんだ。さっさといくぞ」
先陣を切る形で、大股で階段を上り始めることにした。
それを受けて他の面々もようやく階段をのぼりはじめたが、
「気にしないでねー。アイツ最近チョーシ乗っちゃってるからさ。キャハハ」
「いやはや僕らも正直、手を焼いているんです。A級冒険者になれた暁には、僕がリーダーとなってパーティを再編成しようかと検討していましてね」
「そうなんですかぁ? それじゃあ、私たちもそのパーティに加えて欲しいなぁ」
「あっ、ずるーい。抜け駆け禁止だよぉ」
そんな具合に気楽に談笑を続ける始末だった。
そうした空気のなか階段を上り終えると、
そこは見渡す限りの草原だった。
三階層はうだるような暑さ、二階層はじめじめした湿気が気分を害していたが。
この一階層の気候はいたって落ち着いており、むしろかなり空気が澄んでいた。
近くにモンスターの気配もなく、危機感がどこかへ吹っ飛んでしまいそうなほどで。
現に、ガリッドをはじめ後に続いた四人もすっかりこの場ののどかさに囚われ、
ここがダンジョンの中である事を忘れてしまいそうになっていた。
「ん? こいつは」
ガリッドはそれでも警戒を怠らず、階段をでてすぐのところに立てかけられた看板を目に留めた。
近づいてみると、そこにはこう刻まれていた。
『ここまでお疲れ様でした~。あと一息ですよ~。あ、でも本来の出入口は封鎖してますので、あしからず~。
脱出の為には、こちらで用意した特製ゴーレムを倒してください~。
ゴーレムの核を破壊した人が、自動的にダンジョンを脱出できる仕掛けになっていま~す』
なぜか文面からも、ファミリ独特ののんびりとした口調が伝わってくるようだった。
その文を読み終えた一行は、やや肩の力を抜いていた。
「ゴーレムの討伐ですか。足切りが十人というルールから鑑みるに、十体だけ用意された特殊ボスということなのでしょうが。その程度ならもはや三次突破は確実ですね」
「ホントホントー。ゴーレム倒すだけなんてちょー楽勝じゃーん。あんなでかいだけのノロマ、今までにもいっぱい倒してきたもんねー」
余裕綽々のふたりに、女冒険者たちはまたもふたりを持ち上げる言動を繰り返すが。
もはやガリッドは聞いていなかった。
(ゴーレム討伐。それで終わりだと? ここまでのモンスターや仕掛けも、いいとこ初級に毛が生えた程度のレベルだった。所詮は、試験ということなのか?)
そんな具合にやや疑心暗鬼になって、思案をするものの。
ファミリのあのとぼけた雰囲気からしてそれもあり得るかと、頭のどこかで軽く考えてしまっていた。
そうしてそのまま草原に足を踏み入れ、少し歩を進めたところで。
「おい待て。なにかいるぞ」
ガリッドは遠目に、ズシンズシンとかるく地響きを立てて歩く大木のようなものを見つけた。
それは事実、木でできたゴーレムであるようで。
三階建ての家屋と同じくらいの高さをした木が草原を闊歩している。
その大木ゴーレムは、ゆっくりとこちらに気付いたかのように近づいてくるのがわかった。
後ろの四人もそれを見つけるが、いまだ余裕の空気は変わらずであった。
「あれが問題のボスですか。飛んで火にいる夏の虫とはこのことですね」
「ホントホントー。あんなの、まさにウドの大木じゃーん」
ロンブルスは弓を構え、ラミリネは杖を構えて呪文の詠唱に入ろうとする。
そして女ふたりは呑気にそれを応援している。
そのとき。
ガリッドは己の確かな視力によって、見た。
その大木ゴーレムが哀れな獲物を嘲笑するような雰囲気を醸し出しながら、
走り出す手前に行う、予備動作のような動きをするさまを。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ガリッドは、声の限りに叫びながら適当な方角へと駆け出した。
だが残りの四人は、突然叫ばれてうるさいとでも言いたげな顔をするだけで。
あまつさえ、大木ゴーレムから一瞬目を離してしまった。
その一瞬の間に、大木ゴーレムはけたたましく轟く足音と共に勢いよくこちらに走り出しており。
あっという間にこちらへの距離を詰め、その勢いのままに、木の根っこのような長い脚を振った。
「え?」
そして、
ラミリネと、その後ろにいた踊り子衣装の女が、まとめて蹴り飛ばされた。
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