25話【ギルド職員の退屈】
試験ものの定番と言えば、
『途中で試験に介入してくる第三者が現れる』
というやつだと思います。
ギルド職員アミア・スゴールはその日、不運だった。
本日は待ちに待った休暇であり、昼までぐっすり眠ることができたところまで彼女は上機嫌だった。
感覚が空腹を訴えたところで、ぼさぼさの髪を梳かし軽く化粧をして、適当な服を見繕って家を出た。
しかし近くのパン屋が休業日であったことからケチがつきはじめ、
最近できたおいしい肉料理を出すと評判の店に行こうと市民公園を通ろうとしたら、
本日はA級冒険者昇格試験の三次試験で使用する為、立ち入り禁止にされており、
そのため大きく迂回させられ、やっとたどり着いてみれば店には長蛇の列ができていた。
それでも諦めきれず並ぼうとすると、今日のぶんは列の最後尾までで終わりになってしまったと店員から言われる始末。
「あー……もうー…………ツイてないなぁ」
ぼやきながら、アミアはしぶしぶ露店で売っていた何かよくわからない肉の串を数本購入し、
むしゃむしゃとあまり品のよくない頬張り方をしながら、帰路についていた。
本来なら、昼食のあとどこかの服屋でもひやかしに行くかと考えていたのだが。
もはやそんな気分ではなくなっていた。
「はぁ、まっずいわねこの肉。晩御飯、ちょっと奮発するかなあ」
顔をしかめさせつつ、食べ終わった串の一本を道端に捨てようとしたが。
箒で辺りを掃除していた老人が、ギロリと目を光らせていたのでやめておいた。
(うーん、さっすがに女としてヤバいかな、この生活)
アミアは、そんなどうしようもない退屈な日常に危機感を覚えていた。
こういう何気ない日常の先に、思いもかけない幸運な出会いが待っていて。
周りに祝福されながら結婚し子供を産み家庭を持って、子供や孫に養われながら優雅な老後を過ごす。
そうした完璧な人生計画が自動的に進んでいくものだと、ギルド職員になれた際には考えていた。
「でも、そう簡単にいかないのが人生ってもんかなあ。あーあ」
そうしてぼやきながら肉串を食べ終わったアミアは、
おもむろに背後から、麻袋を被せられた。
その拍子に串は道端に落ちてしまったが、当然拾うことはできなかった。
*
公園のベンチに座り、もぐもぐとジャムが大量に挟まったサンドイッチを嬉しそうに頬張る女がいた。
ファミリである。
その絵面だけを切り取れば、間違っても彼女が凄腕の冒険者だとは思わないことだろう。
「う~ん。いい天気ですね~。このままお昼寝しちゃいたいです~」
陽だまりのなかで、彼女はぐっと伸びをしてそんなことをつぶやき。
本当にそのままごろりとベンチに横たわり、ふわぁと欠伸をひとつさせていた。
「おいおい、居眠りしてうっかり魔法陣を解除したりするんじゃねえぞ」
そんなファミリに、かけられる声があった。
ファミリが首だけを動かしてそちらを見ると、見知ったひとりの人物がいた。
そこにいたのは褐色の肌をした、髪の毛をかなり短めに刈った女性。
着ているものこそ、つぎはぎだらけの粗末な服であったが。
女性にしては高めな身長や、はち切れそうなほどの胸元の膨らみが、かなり妖艶さを醸し出していた。
そして何より彼女の鋭い眼光や、自信に満ち溢れたような顔つきが、見るものを自然と平伏させるようなプレッシャーを秘めていた。
「あ~、ギルドマスターさま~。こんにちは~」
一方、そんな彼女にファミリはまるで物おじせずに、寝ころんだまま挨拶を返す。
「ははっ。アギルマでいいよ、水くせえな」
冒険者ギルドの長であるアギルマもそんなファミリの様子に、特に咎めることなく返しつつ。
公園の中央にある魔法陣へと目をやり、やれやれと肩をすくめる。
「なんでぇ。まだひとりの合格者も出てねぇのか? あの程度のダンジョンで、情けねぇ」
「あはは~。さすがにまだ無理ですよ~。最後にとっておきの難関を用意しておきましたからね~。予想では、最低でも夕方まではかかるんじゃないですか~」
「はーん。そんなもんか。じゃあ、おめぇの目から見て使えそうな奴はいたか?」
「え? えっと~そうですね~。やはり本命はガリッドさん達のパーティでしょうか~。若干、性格に難ありみたいですけど~。バランスとしては一番ですからね~」
「あいつらか。しょーじき嫌ェなタイプだが、実力は確かにそこそこだからな」
「あと気になるのは、ラヴァンさんですね~」
「ふむ。あいつか」
「というか~。あの人が、A級冒険者試験を受験できたことが驚きでしたよ~。なにせ、奴隷商人ですからね~」
「まあ、奴隷商人というのはあくまで第三者がつけた蔑称だからな。表向きは路頭に迷った人間を保護し、新たな人生を歩ませられるよう手配する慈善事業家だ。脛に傷を持つ冒険者が多いなか、むしろ素行がいいくらいなんだぜ」
「ほえ~。そうだったんですね~。知りませんでした~」
「証拠を掴んで衛兵が乗り込んでも、捕らえられるのはいつも下っ端だけ。狡猾な奴で知られちゃいたが、そんな悪名高いヤツもどうやら時代の流れには勝てなかったらしい」
「たしかに~。こうして転職する気になってるわけですもんね~」
「リスクを冒して奴隷を買おうという貴族もずいぶん少なくなったからな。まあ、いくつか直々にブッ潰した妾が言うのもなんだがな」
ハッハッハ、と快活に笑うアギルマ。
そんな彼女にファミリもくすくすと笑いつつ、ようやく体を起こして立ち上がる。
「あ、それで~。昨日の件、結局どうなりました~?」
ファミリがその質問をすると、アギルマは笑うのをやめ、
「ああ、その件だがーー」
話をはじめようとしたのだが。
ふとざわざわと衛兵たちの騒がしい声が聞こえてきて、ふたりはそちらに目を向ける。
すると、明らかにガラの悪そうな十数人の男たちが衛兵たちを押しのけつつ、こちらに近づいてきていた。
しかも男たちは、大きな麻袋をすっぽり体にかぶせられた人質らしき人間を同行させているとわかり、ふたりの間に緊張が走る。
「おっ、おそらくアイツですぜボス」
「ああ、間違いねぇ。見つけたぜえ、S級冒険者さんよお」
男たちのなかでひときわ顔つきが濃く、もじゃもじゃの髭を顔中に生やした中年男が歩み出てくる。
なぜか身体から磯の香りが漂っており、魚があまり好きではないファミリはやや辟易しつつ。
「あれ~。わたくしですか~?」
ひげもじゃ男に見覚えが無い彼女は、首を傾げさせながら返答をする。
「ああ、そうだ! S級冒険者のジンとかいう奴は、てめぇの仲間だろうが!」
「ジンさんですか~? まあ、同じS級冒険者としてそこそこ親しいのは確かですけど~」
「俺たちは、あのヤロウに壊滅させられたボルテックス海賊団だ! 知らねぇとは言わせねぇぞ!」
「ごめんなさい~。知りません~」
ひげもじゃ男が声を張り上げつづける一方で、ファミリはぽやぽやと返すのみで。
ひげもじゃ男は青筋を立て始めて、今にも飛び掛かりそうなところを、部下らしき連中になだめられている。
そんな様子に、アギルマはうっかり笑いそうになりつつも、補足をするべく口を挟んだ。
「ああ。確かに妾がジンに依頼したクエストに、そんな海賊団の名前があったのは確かだ。手配書で見た覚えがあるのを思い出したぜ、仲間を囮に逃げ延びた哀れな海賊団ボスの…………えっと……すまん、名前なんだっけ」
火に油を注ぐアギルマの言動に、ひげもじゃ男は更に顔を真っ赤にさせて全身を震わせていたが。
アギルマの姿を目にして、ニヤリと笑みを浮かべさせる。
「今日ここで、S級冒険者が試験官をやると聞いて来てみたが。ギルマスさん、貴様までいるとは僥倖だぜ。たいした護衛もつけず、こんなところにいてくれるとはな」
そしてひげもじゃ男は、腰に下げていたサーベルを引き抜きアギルマへと切っ先を向ける。
距離をとって様子を見ていた衛兵たちが、息を呑む。
だが肝心のアギルマは眉一つ動かさず、微動だにしないまま白けたようにつぶやく。
「なるほど、要するに目的はS級冒険者、並びにギルドの元締めである妾への報復というわけか」
「まあ、もう少し派手にことを起こすつもりではあるが。一番の目的はそれだな。ガハハ」
「だが、肝心のジン本人ではなく、おとなしいファミリを狙うあたり、貴様らの程度が知れるな」
「同感ですね~」
辛辣なその一言に、ひげもじゃ男は笑うのをやめて部下に目配せをする。
すると、男たちは舌なめずりをしながらそれぞれ棍棒やナイフなどの武器を構え、
アギルマとファミリを囲むようにして動き出していく。
「へへっ。いくらS級冒険者とはいえ、所詮女。囲んでしまえば襲るるに足らん。ギルマス共々、生きてきたことを後悔させてやーー」
「おい、いい加減に不快な言葉を並べるのをやめろ」
ひげもじゃ男が語るのを、わざと遮るようにしてアギルマは言葉を放つ。
そこに込められた威圧感に、男たちは思わずごくりとつばをのむ。
「それになにより不快でしかないのはな」
瞬間。
一陣の風が吹いた。
「妾がS級冒険者以下だと思われていることだ」
その発言を言い終わる頃には、男たちの大半は昏倒して意識を失い。
わずかに意識を保つことができた男たちも、武器を取り落としうずくまる形になっていた。
唯一無事なひげもじゃ男はなにが起こったかわからず、おろおろと周りを見るしかできなかった。
「な、な、な、なにが、どうなって」
「チッ、日頃の事務作業のせいですっかりなまってんな。掌底の威力が全盛期の半分以下だぜ」
ぽきぽきと拳を鳴らし、足首をかるく回しているアギルマの様子を見て。
彼女がなにかをしたということを、ひげもじゃ男は理解し、慌てた様子でわめき散らす。
「て、てめぇ! 勝手に動くんじゃねぇ! こ、こっちには人質がいるんだぞ!」
「人質? どこにいるんだそれは」
その発言を受け、ひげもじゃ男は確保した人質の方を見るが。
当然ながら人質を捕えていた男も気を失わされており。
しかも肝心の麻袋をかぶせられた哀れな人質は、いつの間にかファミリの傍らに寝かせられていた。
「さあて、どうする? おとなしく投降するなら、半殺しくらいで勘弁してやるぞ」
「う、動くんじゃねぇ! ひ、人質がそいつだけだと思うなよ!」
「なに?」
サーベルを振り回しながらそんなことをわめくひげもじゃ男に、アギルマは初めて警戒心を強める。
その様子に、ひげもじゃ男は性懲りもなくガハハと笑い始め。
「ガハ、ハハハ。この近くには、俺の仲間がまだ何人も控えてんだよ。ここで俺を捕まえてみろ。このときの為に、密かにダンジョンから捕獲しておいたモンスターが、民衆を襲うことになるぞ!」
十中八九ハッタリだろうとアギルマは思ったが。
万が一がある以上、不用意に動くことができなくなったことに舌打ちする。
ひげもじゃ男は優位性を取り戻したことを理解し、次の一手を繰り出すべく口を開かせようとした。
直後、大爆発が起こった。
その場の全員がそちらを見ると、何らかの魔法の光線が虚空に消えるのを見ることができた。
いくつかの家屋が倒れるのが遠目にも確認できたことで、衛兵たちは騒ぎ出し、ファミリでさえ表情を厳しくさせた。
そしてなにより、アギルマは今までに誰も見たことのないほどの形相で吼える。
「いまの魔法……! まさか貴様ら、アレを野に放ったのか!」
拳からうっすら血がにじむほど、彼女の身体は怒りに打ち震えていた。
「なるほどそうか。あのダンジョンが崩落したのも、それで合点がいく。まさか報復の為にここまでの禁忌を犯すとはな。ボルテックス海賊団、認めてやろう。甘く見ていた詫びとして、もはや一片の同情もせん」
そしてアギルマは、地を駆けた。
地面がかるくえぐれるほどの威力で、ひげもじゃ男めがけて特攻する。
「だが忘れるな。貴様らが野に放った悪鬼、それは世界を覆す災厄だということを!」
「ええ……なにそれ……知らん……」
対するひげもじゃ男は、当惑したままアギルマの拳を喰らってあっさり気絶した。
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