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22話【原点回帰のドンド】


 ドンドは、砂漠をさ迷っていた。


 ほとんど亡者のような足取りで、ふらふらとうろついており。


 そのまま、目の前に灰色の壁が見えたところでそれに背中を預け、ぼんやりと腰を下ろした。


「やっぱりここ、ダンジョンの中なんだべなあ」


 壁を見るまで半信半疑だったドンドだが、改めてそれを実感する。


 そうして思考する余裕ができたものの、未だにドンドの頭は困惑の只中にあった。


 ガリッドのこと、そしてリーリィの安否。


 ガリッドがなぜリーリィを。彼は奴隷商人と繋がっていたのか。ただの嫌がらせ? あるいはリーリィはやはり奴隷の身で、それが奴隷商人にバレて捕まってしまったか。ガリッドはそれを偶然知っただけなのか。それとも自ら手引きをしたのか。


 なんにしても、ここを出ないことには真実は闇の中であるのは明らかだったが。


 試験に合格すれば、リーリィの身が危険と言われたことで動くに動けなかった。


「オラ、どうすればいいんだべ」


 照りつける疑似太陽のせいで、頭がくらくらして思考に靄がかかったようにぼやけてくる。


 のどがからからに乾いていると今更ながら気づき、荷物から水筒を取り出し中身を一気に飲み干す。


 後先考えない行動をとっている自覚はあったが、立ち上がる意欲が湧いてこず。


 ただただ、無為に時間が過ぎるのを待ってしまっていた。


 と、そのとき。


「ひゃあああああああ~」


 どこからともなく、やや緊張感のなさげな声が響いてきた。


 かと思うと、飛んできたなにかが目の前の砂丘に落下した。


「な、なんだべ?」


 さすがにドンドは腰をあげ、おそるおそる近づくと。


 砂の中に、桃が埋まっていた。


 ぴくぴくと動いている様子に、すぐに人間のお尻らしいとわかって少し赤面する。


「ぷはあ!」


 と、その降って来た人物は埋まっていた砂から脱出し、その姿を見せる。


 現れたのはぼろきれに身を包み、無骨な首輪を嵌めたツインテールの女の子だった。


 その女の子は、ぶるぶると首とツインテールを振って砂を振り落とし。


 ふと隣に目線を向け、ドンドがそこにいることに気付くや否や、


「あ、すみませんすみません」


 びょぉんと弾むように立ち上がり、ぺこぺこと頭とツインテールを上下させていく。


「え、えっとその、だ、だいじょうぶだべか?」


 つられてドンドも軽く頭を下げながら、とりあえずの問いを口にする。


「あ、は、はい! ほんとすみません。びっくりさせちゃったみたいで」


「な、なんだって空から降ってきただよ?」


「あ、いえその。なんだか砂の中に自爆するモンスターがいたみたいで。運悪くそいつを踏んで、その爆風で飛ばされちゃったんです。あはは」


 少女は、ツインテールについた砂を改めてぱんぱんとはたきながら、愛想笑いを浮かべるが。


「よ、よく無事だっただなぁ、それ」


 それはまったく笑い事ではないのでは、とドンドはやや顔を引きつらせつつ。


 特徴的な彼女の風体に、見覚えがあるのを思い出していた。


「いやほんとすいませんでした。それでは、これで。ご主人様と合流しないといけないので」


 いそいそと立ち去ろうとするツインテール少女に、ドンドは声をかける。


「あ、あの、ちょっといいだか?」


「はい?」


「お嬢ちゃん、もしかしてあの奴隷商人のナントカって奴の奴隷なんだべか?」


「あー、えっと、まあ、そうですけど」


 ツインテール少女は言いにくそうに、鉄の首輪を撫でながら答える。


 ドンドはまさに文字通り、降ってわいたこの転機を逃すまいと声をやや荒げさせる。


「あ、あの! 銀髪の女の子、知ってるだか!? もしかしたら、お前さんたちのとこの奴隷かもしれないだが」


「銀髪? うーん、すみません。私の知る限りそういった奴隷はいなかったと思いますけど……」


 ツインテール少女は、小首をかしげて頭に疑問符を浮かべるが。


 ぽん、と軽く手を叩いて言葉を追加する。


「あ、でも。昨日の夜に誰かがアジトに来て下働きの方に誰かさらうよう伝えてたのは覚えてます。もしかしたら、それがお探しの子の件だったかもしれませんね」


「そ、そうなんだか? あ、あの! だったらなんとかお前さんのご主人様に、その女の子を解放して貰えるようにお願いしてくれないだか?」


「ええ!? そ、そう言われてもちょっと難しいですよ」


 詰め寄るドンドに、ツインテール少女は表情を曇らせてあわあわと後退する。


「そこをなんとか! ご主人様に取り次いで貰うだけでもいいだ!」


「えっとその、会わせるだけならしてもいいですけど。解放して貰えるかどうかは」


「そこをなんとか! もう一声!」


「いや急に要求上乗せしてきた! 意外に図々しい!」


「そこをなんとか! もう一声!」


「しかも要求呑むまで食い下がる気だ! 逆に清々しい! と、というかちょっと離れてください!」


 言われて、ドンドはツインテール少女に掴みかからんばかりに近寄っているのに気づく。


 さすがにいまこの場を誰かに見られれば、大柄な男が可憐な少女を襲おうとしている風にも見えてしまうため、衛兵に突き出されても文句は言えない。


 ドンドはホールドアップして、一歩後ろにさがった。


「す、すまねえべ。つい」


「いいですけど。まあ、とりあえずですね。下働きの人が勝手に連れてきた子なら、解放するのもやぶさかじゃないと思いますよ。元々、この試験を突破したら奴隷商売からは足を洗うつもりでしたし」


「ほ、ホントだべか? ありがたいべ!」


「その人、よっぽどだいじな人なんですね。うらやましいです」


「だいじ、だべか」


 その言葉を受け、ドンドはグッ、と拳を握る。


 出会ってそう日にちは経っていないとはいえ、リーリィは自分を慕ってくれていた。


 だから守りたい、助けてあげたいと思うようになっていたことを自覚する。


「そうだ、だいじだべ。リーリィちゃんは、とってもいい子なんだべよ。だから、不幸な目に遭わせるわけにはいかねえだ」


「だったら、がんばらないとですね」


「ああ!」


 目をキラキラとさせながらニカッと歯を見せるドンドに対し。


 ツインテ―ル少女は、なぜか少し寂しげに微笑み。


 踵を返して歩き出そうとしたが、おずおずとドンドの方に顔を向ける。


「えっと。それじゃあ、私はとりあえずご主人様を探しながら上の階層へ進むつもりですけど。一緒に行きますか?」


「構わないだか? なにからなにまで助かるだよ」


 そしてドンドはツインテール少女の隣に並び立つように、


 歩幅を合わせながら砂をしっかりと踏みしめていく。


「そういや、自己紹介もまだだったべな。オラはドンド、見ての通り斧使いだべ」


「私は、ニルと言います」


「ニルちゃんだべな。そういえば、今回の試験に合格したら、ニルちゃんも奴隷から解放されるんだべか?」


「え? えっと、まあ。そうですね」


「そうか。なら、がんばる理由が増えただな」


 その言葉に、ニルはぱちくりと目を瞬かせる。


「お兄さん、人がいいんですね。私があなたを利用するために嘘をついてるとは思わないんですか?」


 言われて、今度はドンドが目を瞬かせる。


(確かに、オラついさっきもガリッドに騙されたばかりなのになあ)


 そして苦笑しつつ、頭を軽く掻いて。


「あはは。オラ、バカだから。よく騙されちまうけども。リーリィちゃんが助かる可能性が少しでもあるなら、そっちを信じたいべ。それに」


「それに?」


「ニルちゃんは、フヌケたオラを元気づけてくれたべ。それだけでも、手を貸す理由になるだよ」


「え。私は、べつに、そんな」


 ニルは恥ずかしそうに顔を俯かせ、やや足早に歩を進ませていた。



 その一方で。


 ドンドは、ガリッドのことでひとつ心に決めたことがあった。


 結局のところガリッドがどういうつもりであったにせよ、リーリィを巻き込んだことは許せなかった。


 この先、どういう形になるかはわからなかったが。


 ガリッドと完全に敵対することになるのは避けられないと、ドンドは理解していた。


 だからその時が来ても決して迷わないように、戦う決心を固めておくのだった。




 そして事実。


 ドンドはガリッドと対峙することになる。


 しかしそれが、この三次試験の真っ最中になるとは、さすがに予想しきれなかったが。





この先の流れとか、ある程度まで決まっているのですが。

ところどころ加筆修正することはあるかと思います、ご了承ください。

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