表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/47

20話【リーリィの意思・その2】


 リーリィの投げた小石は、見事にコブントの頭にヒットしていた。


「あァ?」


 だが、それを受けてもコブントは眉一つ動かさず女の人を掴んだままで。


 そのまま般若の様に顔を歪めて、暴れる女の人を引き摺りながらリーリィに近づいてくる。


「チッ、痛ェじゃねぇか。あァ? オイ。嬢ちゃんよォ」


 リーリィは、ひっ、と声をあげてしまう。


 その様子に、コブントは空いていた方の手でリーリィの細腕を掴み上げる。


「痛っ」


「気が変わったぜェ。嬢ちゃんも、俺様と遊びたいみてェだしなァ、一緒に来て貰うかなァ」


 べろり、と舌なめずりするコブントにリーリィは怖気を覚える。


 その腕から離れようともがくが、コブントは小柄な見た目の割に力が強く、


 リーリィの非力さではどうにもできなかった。


 しかし両腕のどちらにも暴れる人間がいる状況に、コブントはさすがに辟易したように舌打ちをして。


「オイ、いい加減にしろよ。こっちは機嫌悪ぃんだ。腕の一本くらい、へし折らなきゃわからねえか」


 先程までの軽薄な様子とはまるで違う、殺気すら込めたドスのきいた声で凄みをかけてきた。


 それを受け、必死に暴れていた女の人も、委縮して身体を震わせはじめ。


 リーリィも、脚がすくみあがり、体がまるで動かなくなってしまった。


 檻の中の子たちも、悲鳴すらあげられず縮み上がってしまう。


「お、おい馬鹿! それはやべぇって!」


「あ? なんだよ」


 だがそんななか、檻の外にいた男がなぜか焦ったような声をあげた。


 コブントはその意味がわからず、不快さを顔に出しかけたが。


 檻の奥で、おもむろに立ち上がった人影を見て、血相を変えた。


「あ、あぁ~? だれ、だぁ~? おこってるのは~。む、む、ムカつく、な~」


 野太く、苛立ち混じりの声を発しながら、


 ズンズンと、地響きすら立ちそうな足音と共に姿を見せたのは、


 無骨な鉄の首輪を嵌めた、体中が筋肉でできていそうなほどの大男だった。


 個性的な顔つきと、寝ぼけた様子で涎を垂らす、異形とも思えてしまうその容姿に、リーリィは思わず目を見張りつつも。


 その姿に見覚えがあることに気がついていた。


「げげッ、ポ、ポンカスの野郎じゃねえかァ! コイツ、ラヴァンに同行してたんじャねぇのかよォ!」


「今朝の時点で檻に戻されてたんだよ! はやくこっちに来い! 殺されるぞ!」


 コブントは焦った様子でリーリィと女の人から手を離すと、


 脱兎のごとき勢いで檻の外へと避難し、もたついた手つきでガチャガチャと鍵を閉める。


 そうした手順を済ませたあとで、唾を飛ばしながら鉄格子を蹴りつけはじめる。


「くっそ、このクソバカがァ! お楽しみの邪魔してんじゃねぇぞコラァ!」


「馬鹿はてめーだ。アイツが殺気に敏感なの知ってんだろ。変に絡まれたくなきゃ一旦離れるぞ」


 安全圏に入ったとみるや凄んでみせているコブントに、隣の男は呆れた様子でその場を後にして。


 残されたコブントはしばし名残惜しそうにしていたが。


 ポンカスという大男がのしのしと近づいて鉄格子を握り、引き千切らんばかりにガシャガシャと動かしはじめた途端、


「ひぃ」


 と情けない声を漏らして、逃げて行った。


 ひとつの脅威が去ったことで、リーリィをはじめ檻の中の全員が息をつこうとするが。


「あぁ~! うぁあ、がああぁああ!」


 そのまましばらくフーフーと鼻息を荒くさせながら鉄格子をゆすり続けるポンカスに、


 今度は別の意味で怯える羽目になってしまっていた。


 解放されたリーリィと女の人も、壁によりかかり刺激しないように息を潜め。


 場が落ち着くのを、戦々恐々としながら待つしかなかった。


「あぁー……ぅあー……」


 やがて、ポンカスは唸り声を小さくさせながら鉄格子から手を離し。


 ドスンとその場にあぐらをかいて座り込み、瞬くうちにガーグーと寝息を立て始めた。


 それで今度こそ脅威が去ったと、檻の中の全員が胸を撫で下ろし。


 リーリィもまたぺたんと座り込み、息をつくことができていた。


「ありがとう、さっき、助けようとしてくれて」


 そこへ、先程の女の人が隣へと腰かけて話し掛けて来た。


 被っていたぼろきれを脱いで顔を見せると、美人というより可愛らしい印象の強い、


 やや痩せ気味ながら、かなり整った顔立ちをした、茶髪に碧眼の美少女が姿を見せた。


「私はサラ。あなたは?」


「あ、えっと、リーリィ、です」


 リーリィは、なんとか言葉を紡ぐ。


 ただ名前を告げるだけのことを、なぜか大事件のように考えている自分が、少しおかしく思えた。


「リーリィちゃんね。重ねてお礼を言うわ。でももう、危ないことはしない方がいいわ。貴女には家族がいるんでしょう?」


「う。うん。おにいちゃんが、いるの」


 家族、という単語を聞いてリーリィの頭には即座にドンドの顔が浮かんで。


 それを肯定したことで、なぜか頬が熱くなるのを感じていた。


 そんなリーリィに、サラは笑みを深くさせる。


「それはいいわね。おねえさんには、もう誰もいないもの」


「おとうさん、おかあさんは?」


「去年、私が十六歳の誕生日の時に死んじゃった。事故でね」


「あ、ご、ごめんなさい」


「いいのよ。元々、ろくでもない両親でね。内でも外でもケンカばかりしてたもの。自業自得よ」


 あはは、と乾いた笑いを見せるサラに、リーリィは胸の奥が痛むのを感じた。


 それでも、続きをせがむようにじっと見ていたのが伝わったのか、サラは話を続ける。


「いなくなって最初はせいせいしたけど。すぐに、ツケがまわってきたわ。ただでさえ少ない親の遺産は、あっさり食い潰しちゃうし。何の取り柄もないから、働き口も見つけられなくてね。家賃も払えなくなって宿無し生活になって……そのまま流れ流れて、今じゃこの有り様よ」


 コンコン、と床を足で叩いて肩をすくめるサラ。


 リーリィは、そんな彼女になにをどう返せばいいのかわからず、軽く顔を俯かせるしかなかった。


 もっともサラ自身も、大層な返事を期待していたわけではない様子で。


「あーあ、子供に愚痴言っちゃうなんて。私もいよいよ終わってるわね。はははっ、はは、は」


 サラの笑い声はそのままいつしか嗚咽に変わっていき。


 次第に彼女の両目にじわりと、雫が溜まっていくのがわかった。


 リーリィはそれを見ないように、彼女の肩によりかかって目を閉じた。


 そうして、静かな石の檻のなかで、しゃくりあげる声がかすかに響き続けるのだった。





次回は再度、三次試験に戻ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ