1話【アックスボーイ・ミーツ・ガール】
ドンドは声のする方向へと進む中、斧を前に構えておいた。
その斧は、騎士などが使用するハルバードのような上等なものではない。
本当にただ単に木こりが木を伐採するために、こん棒に大き目の刃をくっつけただけのような代物だ。
それでも村を出る際にドンドが持たせて貰った頑丈な愛用の品であり、唯一の武器だった。
モンスターが現れた時には、これで応戦するしかない。
『だれか……だれか……』
声は依然として通路の先から響いてきている。
もはや魔法の灯りは近くがぼんやりと見える程度になってきており。
右も左もわからないドンドにはもはやその声こそが命綱だとも言えた。
「同じ受験者なら、どうにか頭を下げて一緒に地上まで同行させてもらうべ」
つぶやきながら、人間の声真似をするモンスターではありませんようにと祈っておいた。
そうしてしばらく歩いたところで、先からうっすら赤い光が見えてきた。
「やっぱり誰かいるだ! 助かったべ! おーい! おーい!」
ドンドは期待に目を輝かせ、声をあげながらその光の先へと進むと。
石造りのこのダンジョンとは、明らかに材質が異なる鋼鉄の門があった。
堅牢に閉ざされたその門には、掴むことのできる取っ手も、くぼみのような部位も存在せず。
赤黒く輝く魔法陣のような奇怪な紋章が刻まれているだけであった。
「強者の門……だべか? さっき壊したのとはすこし形が違うみたいだべな」
『だれか……いるの……? おねがい……たすけて……』
声はどうやら、この先から聞こえてくるようだった。
「もしかして、中に閉じ込められているだか? だとしたら大変だべ! 助けねぇと!」
そう判断するや否やドンドは斧を振りかぶり、思い切り門へと振り下ろした。
だが、ガキン、という金属音と共に斧がはじき返される。
「むむっ、やはり強者の門の類だべな。負けないべ!」
この一次試験において、強者の門をどう破壊するかが問題だとドンドは聞かされていた。
ガリッド達がわざわざドンドを連れて来たように、破壊するのは一筋縄ではいかない。
ドンドのように物理攻撃で破壊する、炎の魔法で溶かす、爆薬を使って破壊する。
やり方は様々だが、厄介なのは門自体に魔法が施されており、一定時間で修復されてしまうことだ。
生半可なやり方では破壊できず、しかし必要以上の大火力を用いればダンジョン崩落の危険がある。
そうした境目を見定め、最善手を導くのが試験の意図だと言えた。
そんななか。ドンドは先程、強化の門を破壊したのと同じ方法をとることにした。
すなわち。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
ただただ、何度も何度も繰り返して斧を振り下ろすという単純なものだった。
『え……ちょっ……待って……』
中から聞こえている声に、なぜかわずかに戸惑いが混じる。
だが集中して攻撃を続けるドンドの耳に、それは届いていなかった。
『ちょ……待って! そんな無茶なやり方で壊せるわけ……』
「でりゃあああああああああああああああああ!!」
ドンドは体格が大きく、平均よりもはるかに重い体重をしている。
それを他の冒険者たちは、どうしようもないノロマだと捉えていた。
だがしかし、それは裏を返せば重心が座っているということであり。
相手が動かない、当たる箇所の大きな物質であれば、その破壊力を存分に発揮できるのだった。
「でりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃああああああああああああああああ!!!」
『え……ちょ…………まさか……』
やがて、バキャンというけたたましい音が響き、門にひびが入った。
そこからはドンドン門が削れていき、魔法陣らしき紋章の大部分が削れたところで。
門が強く発光し、ガラガラと崩れ去った。
「や、やったべ……!」
『う……うそ……』
ドンドは汗だくになり、斧の刃もかなり刃こぼれしてしまっていたが。
それでも、その門は見事に破壊されたのであった。
魔法の名残があるのか、まだ周囲はほんのりと明るさを保っているようで。
ドンドは悠々と、崩れ去った門をくぐることができた。
門の奥は、こぢんまりとした六畳間程度の空間があるだけだった。
中は、門と同じような鋼鉄の壁に覆われており。
そして部屋の中央付近に赤黒く光るオーブが鎮座していた。
「おお! オーブだべ……じゃなかった。おーい、誰かいるだか?」
ドンドはオーブを拾い上げつつ、声をかける。
オーブに気を取られてドンドはすぐに気づけなかったが、部屋の隅に誰かがうずくまっていた。
「…………だれ?」
かなり弱々しい女の子の声だった。
(ん? さっきまで聞こえて来た声とは微妙に違うような……まあ、気のせいだべな)
ドンドは、近づいてしゃがみこみその誰かに改めて声をかける。
「お主も受験者だべか?」
その子が顔をあげたとき、ドンドは思わず声をあげそうになった。
年齢は十歳を超えたくらいの印象で。
長い銀色の髪をしたその少女は、髪の隙間から夕焼けを思わせる紅の瞳をのぞかせる。
ちっちゃな鼻、愛らしい唇、おまけに絹のように白い肌。
かなりやつれてこそいるものの、それでもその愛らしさには目を奪われてしまう。
(ななな、なんてめんこい娘っ子だべ。都会にはこんな子がいるだか)
そうして動揺しながらも、ようやくドンドは違和感をおぼえた。
それは少女の服装だった。
武器や荷物どころか、ちゃんとした服すら着ていなかった。
胸元と下半身に白い帯のようなもの巻いただけというあられもない姿をしており。
少女趣味などないドンドだが、思わず赤面してしまった。
「……わた、し……は……」
しかしそれも、少女がドンドに手を伸ばそうとして、そのまま前のめりに倒れるまでだった。
「あ、ちょっ……! しっかりするだ!」
ドンドは慌てて少女を抱え起こす。
息はしているようだが、呼吸は荒く、体は氷のように冷たかった。
ドンドはひとまず少女を抱えたまま、オーブの光を灯りに使って急いでその部屋を後にした。
『ふふ…………』
そのとき、少女の口がニヤリと微笑んだのを、ドンドが気づくことはなかった。