18話【急転直下の中級ダンジョン】
「ガリッ、ド」
どうにかドンドは、目の前の男の名前を呼ぶことができていたが。
その声色は、誰が聞いても好意的ではないとわかるものだった。
だがそれを向けられた張本人は、気にした様子もなく。
「なんだよ。せっかく労いに来てやったんだぜ。その反応はねえだろ」
やれやれと肩をすくめ、まるで本当に旧友に挨拶するかのような態度を見せてきて。
ドンドは公園の陽気を忘れるほど、そら寒いものを感じて眉をひそめた。
「なにか、用だべか」
「おいおい、マジでつれねえな。謝ることもさせてくれねえのか?」
「謝る? 誰が、誰にだべ」
「俺が、お前にさ。決まってるだろ? そもそも俺、お前の追放には反対してたんだぜ」
ドンドの淡白な返しも意に介さず、ガリッドは更にわざわざ腕を伸ばし肩を組んでくる。
振り払おうとも思ったが、ドンドはすぐにそれができなかった。
「ラミリネとロンブルスの手前、そうするしかなかったんだって。謝るよ。この通りだ」
「そ、そうなん、だべか?」
「ああそうさ。後になってひでぇことをしちまったと反省したもんだ。本当に、悪かった」
このときドンドは、わずかに警戒心を解いてしまっていた。
それほどまでに、ガリッドは気を落とした表情を作っていた。
言葉の中に誠意があり、頭を下げて謝罪をするその姿勢、それはーー。
ガリッドが敵を油断させる時に使う技術のひとつだと、ドンドは知らなかった。
「もう気にしなくていいだよ。ここからはライバル同士、頑張って合格を目指すべ」
だからこそ、ドンドは笑顔をみせてしまい。
それに対し、ガリッドは内心でほくそ笑みながら、それを悟られないように言葉を続ける。
「そうだな! ああ、そうそう。お前にコレを渡しておくぜ」
そう言ってガリッドが取り出したのは、折りたたまれた小さな紙片だった。
ドンドの掌にそれを握らせると、ガリッドはあっさりと肩組みをやめる。
「そこには、中級ダンジョンでの注意点が書いてある。試験内容を聞いて急いで書いたから、字が下手なのは勘弁してくれよ」
「あはは。もともとガリッドの字はそんな上手じゃないだよ」
「は? ……は、ははは。お前もそんな冗談を言えるようになったんだな。嬉しいぜ」
ガリッドは頬を引きつらせながら、ドンドの背中をバシバシと叩きまくったが。
ドンドはそれを照れ隠しのエールだと受け取った。
「は~い、それじゃあ~。次の方どうぞ~」
そこへ、ファミリからの間延びした声が届く。
列のほうに目をやると、いつの間にかジェイコブも魔法陣の中に入ったのか姿がなかった。
「おっと、オラの番みたいだから行ってくるべ」
「ああ! そのメモは、中に入ったらすぐ確認することをおススメするぜ!」
「わかっただ!」
ドンドはガリッドに手を振り、魔法陣へと歩み寄る。
うっすら輝くその魔法陣から、プレッシャーのようなものを感じ取り、ごくりとのどを鳴らす。
そして、ドンドは目をつむり、意を決してその魔法陣に向かってひといきにジャンプした。
瞬間。
視界が真っ白になった。
*
まずドンドが感じたのは暑さだった。
ぽかぽかした陽気から、突如じりじりと肌を焦がすような熱気に、汗がにじみ出る。
次に、なにかがかすかに顔や体に当たるのを感じて、ドンドはおそるおそる目を開いた。
「な…………!?」
すると、辺り一面に広がる、黄土色の砂が見えた。
そこは草一本ろくに生えず、かなりの量の砂煙が舞う、果てしない砂漠。
ところどころに高低差の激しい砂丘が見え、どこからか吹く風が砂を散らせてる。
後ろを振り返ると、当然ながらそちらも同様に砂の大地が延々と続いているようだった。
上を見上げると、ダンジョンの筈なのに太陽のようなものが燦燦と輝いているのがわかる。
さらには、かすかにモンスターの叫び声のようなものがどこからともなく響いてきていた。
「これ、が、中級ダンジョンなんだべか」
ダンジョンには様々なものがあると聞いてはいたものの。
さすがに予想の斜め上をいく光景に、ドンドは世界の広さを思い知らされていた。
「そ、そうだべ。ガリッドに貰ったメモ!」
うっかりダンジョンの脅威さに押しつぶされそうになりつつも、
ドンドは手の中にあるよりどころのおかげで、すぐに我に返ることができていた。
「えっと、なにが書いてあるんだべ?」
この状況を打開するヒントを求めて、ドンドは紙片を開く。
ガリッドからのメモには、こう書かれていた。
『お前の大事な銀髪の小娘は、いまごろ奴隷商人に連れて行かれてるだろうぜ。ご愁傷様。
万が一お前が三次試験を突破したら、あの小娘は殺すように伝えるから、そのつもりでいろ。
おとなしく、ここで死ね』
その文面を読み終わったあと。
「………………」
ドンドは、なにがなんだかわからずしばし呆然として立ち尽くした。
やがて一陣の風が、ガリッドのメモを吹き飛ばしたが。
もはや追いかける気にもなれなかった。
ただひとつ確かなのは、ガリッドはまるで反省などしておらず。
自分はまた、裏切られてしまったという残酷な事実がわかるだけだった。




