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17話【不穏な気配の三次試験】


 三次試験、当日。


 A級冒険者昇格試験の受験者たちは、王国の一角にある市民公園を訪れていた。


 普段は子供たちが遊びまわったり、露店が商売をしたり、祭りなどで屋台が出てにぎわう場所なのだが。


 本日は、例の如く試験のために国の衛兵によって封鎖されており、


 入るのを許可されたのは二次試験までをクリアした受験者たちのみであった。


 そんななかでドンドは、やや息を切らせながらこの場に到着していた。


「ふぅふぅ、良かった。まだはじまってねえべ」


「おぅ、やっと来たか」


 肩で息をするドンドに、ジェイコブが歩み寄り声をかけてくる。


 変わらないその様子に密かに安堵し、ドンドは笑みを浮かべる。


「すまねえべ、ジェイコブさん。遅くなっちまっただ」


「いいって。それより、あの嬢ちゃんは大丈夫だったか?」


「あ、まあ、寝てるだけなんで平気だとは思うだよ」


 ドンドが到着するのが試験開始ギリギリになった理由、それはリーリィのことが原因であった。


 二次試験終了後、眠ったリーリィと共に宿に戻ったドンドだったが。


 宿の主人から、事前に払った宿賃がひとりぶんだけであることを注意され、持ち金もないため途方に暮れていたのだが。


 そこへちょうど、ジェイコブの装備品を点検しに来ていたマルスが助け舟を出してくれた。


 マルスの住む武器屋の二階に空き部屋があるとのことで、リーリィはそこで休んでもらうことになったのである。


 そうしたひと悶着があるなかでもリーリィは、ずっと眠ったままで。


 夜が明けて、マルスの武器屋に様子を見に行ってもそれは変わらず、時折うわごとのようにドンドの名を呼ぶ以外に反応はなく。


 目覚めるまで待ってあげたいと思い、ドンドはしばらく傍にいたのだが。


 目を覚まさないまま時間が差し迫った為、やむなくマルスとその奥さんに後を任せ、出発したのだった。


「まあ、疲れが出たんだろうさ。どのみち三次試験からはサブメンバーは参加できねえし、しっかり合格して元気な顔を見せてやりゃあいいさ」


「うん、そうだべな!」


 そんななか。


 ふいにざわざわと周りが騒がしくなる。


 何事かと目を向ければ、公園の中央付近に幾何学模様の魔法陣が出現しているがわかった。


 ひとりの人間が余裕持って入れるくらいの大きさのそれは、まぶしく光ったかと思うと。


 次の瞬間、古めかしい本を抱えた純白ワンピース姿の女性が魔法陣の上に現れていた。


「は~い。お待たせしました~」


 おっとりした口調ながら、どこか凛とした佇まいのあるその立ち姿を見て、


 おぉ、とあちこちから声があがる。


 彼女の美しさに見惚れたものもいれば、彼女の行使した魔法に驚いた者もいた。


 そんななかで、ドンドはどちらにも驚いたが興味を惹かれたのは後者の方だった。


「な、なんだべ。人が急に現れただよ」


「すげぇな。俺っちも見るのは初めてだが、あれが離れた場所を瞬時に移動できる”魔法陣移動(テレポート)”ってやつだ」


 驚愕するドンドに、ジェイコブもわずかに目を見開きつつ解説する。


「まずは受験者の皆さん、はじめまして~。今回の三次試験の試験官を任されました~、ファミリと申します~」


 手をひらひらと振りながら、前後左右あらゆる方向にしっかり挨拶をしてくるファミリに、


 緊張していた受験者たちは、わずかに顔を弛緩させる。


「あ、あれがS級冒険者様か」

「うわー、おれ見たの初めてだぜ」

「わああ、めちゃくちゃ綺麗な人ね」


 ドンドとしても、三次試験はS級冒険者が試験官というのは事前に聞いており。


 一体どんなゴツくて強靭な体格の猛者が現れるのかと、戦々恐々としてたため、


 わずかに肩の力が抜けるのを感じていた。


「えっと~。それではさっそく、試験の内容を伝えさせてもらいますね~」


 そう言うや否や、彼女はさきほど自身が通って来た魔法陣を指さす。


「みなさんにはここから~。中級ダンジョンに行っていただきま~す。どこのどんなダンジョンなのかは、行ってからのお楽しみですが~。とりあえず、地下三階層に出るように設定してありますので~。そこからダンジョンの脱出を目指してください~。脱出できた受験者さんは合格で~す」


 中級ダンジョン、という単語に何人かの受験者は顔をわずかに強張らせる。


 ジェイコブもまた「やっぱりきたか。中級ダンジョン」と何やら渋い顔をしていた。


「ダンジョンからの脱出か。なんでえ、一次試験と大して変わらないじゃねぇか」

「馬鹿、知らねえのか。初級と中級じゃ、難易度が段違いなんだ。甘く考えてると速攻リタイアだぞ」


 そうした声が聞こえるものの、未だ場の空気はそこまで張りつめてはいなかった。


 だがしかし、それもファミリが次の言葉を続けるまでのことだった。


「それからですね~。合格者の人数が『十人』に達した時点で試験は終了となりま~す。あ、残りの人はそのままダンジョンから強制送還されますので、ダンジョンに取り残される心配はありませんよ~。安心してくださいね~」


 瞬間、明らかに受験者たちの空気が変わった。


 ピリピリとした、獣たちが牽制し合っているような独特の感覚を場の誰もが感じさせられる。


 先んじて作戦会議をしていたパーティも、突然会話をやめてわずかに距離すら取り始めていた。


 この場にいる受験者は、ざっと数えてもまだ三十人ほどの数が残っており。


 その三分の二が落とされるという事実が、受験者たちに重くのしかかっていた。


 そんななか、受験者のなかのひとりが挙手をする。


「質問、よろしいですか」


 ドンドはどこかで聞き覚えのある声だと思い、そちらを見ると。


 手を挙げていたのはロンブルスだった。


 視線を向けた拍子に危うく目が合いそうになり、思わずドンドは目を逸らしてしまった。


「はいは~い。なんですか~?」


 そんなドンドをよそに、ロンブルスはファミリが応じたのを受けて質問を口にする。


「この試験は、個人戦なのですか? それともパーティを組んで行動することはできるのでしょうか」


「えっと~、いまパーティを組むのは自由ですけど~。あまり意味がないと思いますよ~」


「というと?」


「この魔法陣は~、三階層のどこかにランダムに転送する仕様なので~。たとえ一緒に入ったとしても~、みーんな中でバラバラになってしまうんです~」


 その言葉に、パーティを組んでいる受験者たちが一斉に顔色を変える。


 ドンドも、思わずジェイコブと目を見合わせてしまった。


「あ、もちろん~。ダンジョンの中で鉢合わせたなら、一緒に行動するのは問題ありませんよ~」


 ファミリは依然としてにこにことした表情を崩さないが。


 もはや、そんな彼女の容姿や口調になごむ空気は完全になくなっていた。


 合格者の人数が限られている以上、誰もが我先にダンジョンを脱出しようとするのは明白。


 それゆえ、悠長に仲間を探している時間的な余裕がないのは明らかだった。


 最悪の場合、仲間と合格者の席を取り合う羽目にもなりかねない。


 誰も口には出さないものの、既に周囲をけん制しはじめ。


 公園のなかを沈黙が支配する。


「はいは~い。いいですか~」


 そうした空気を破るように、ファミリはパンと柏手を打った。


「それでは~。準備のできた方から、魔法陣に入りますから並んで下さ~い。あ、横入りしちゃダメですよ~」


 そして、ファミリの声を合図に受験者たちは我先にと魔法陣の前に列を作っていき。


 それを見たジェイコブも慌ててその後に続き、ドンドもすぐにそれにならった。


「ドンド」


 順番を待つ間に、ジェイコブは振り返って声をかけてきた。


「先に言っておく。中で合流するのは、諦めろ」


「え? ど、どうしてだべ?」


「俺っちは昔、試験で中級ダンジョンに入ったことがあるからわかる。中級ダンジョンは、初級とは段違いなほど内部が広大なんだ。ワンフロアだけでも、街ひとつくらいはある」


「ぇえっ!?」


 言われて、ドンドは思わずカエルの鳴き声のような変な声が出てしまった。


 ギルドの決め事として、B級冒険者は初級ダンジョンしか潜ることを許されない。

 

 初級ダンジョンは実のところ、地形や罠のせいでところどころ進むのに時間がかかってしまうだけで、


 広さ自体はそう大したことはなかったりする。


 ふたつのフロアを合わせても、さすがに街ひとつぶんには足りないことがほとんどだ。


 だからこそ一次試験で、ドンドひとりだけでもなんとか階層を上がることが出来た部分がある。


「この事実だけでヤバさがひとつわかったよな。そして当然、出てくるモンスターも強敵が多い。悠長にマッピングしながら歩いていたら、確実に死ぬ」


 死ぬ、と明確な単語を突きつけられドンドはごくりとのどを鳴らせた。


 列の先では、次々と受験者が魔法陣でダンジョンへ送還されているのが見えたが。


 ほとんどの受験者が、かなり緊張した面持ちで足を動かして魔法陣に乗っている様子で。


 視界の端には、未だに列に並ばずに頭を抱えてうずくまっている受験者までいた。


 それをジェイコブも横目で見つめつつ、わずかに唇を震わせつつ話を続けていく。


「一度でも中級に潜ったことのある冒険者は、アレを笑うことはしないだろうぜ。こればっかりは、いくら事前に本を読んだり話を聞いたりしても、まず慣れることはねえからな」


「そ、そんなになんだべか」


「悪い、脅かすつもりはなかったんだ。とにかくこれ以上は、むしろ変に予備知識を入れない方がいいまである。中級からは、ダンジョンの仕掛けも千差万別だ。臨機応変に行くしかねえ。それだけだ」


 そうして、ジェイコブはそのまま前を向いて振り向こうとすらしなくなってしまった。


 無精ひげを何度もひっかきつつ、ぶつぶつとうわごとの様になにかをつぶやくその様子に、


 ドンドはこれ以上、声をかけるのをやめておくことにした。


(それに、オラは誰かのこと心配するより、自分のこと心配しないとだべな)


 ひとまずもう一度、武器や荷物を再確認しておくかと考えた矢先。


 トントン、と背後から肩が叩かれた。


(? なんだべ?)


 反射的に振り返り、そこにいた人物を目の当たりにして。


 ドンドは絶句した。



「よォ」



 かつての仲間、ガリッドがニヤニヤとした笑みを浮かべて、後ろに立っていたのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

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