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16話【ガリッドは苛立つ】


 ガリッドは苛立っていた。


 苛立つあまり、奥歯が軽く欠けるほどに。


 彼が泊まっている宿は、A級冒険者御用達の場所で、部屋の大きさも広くベッドも豪華だ。


 それだけ値段が割高になっているため、B級冒険者でここを借りる者は少ないが、ガリッドはここを借りていた。


 十中八九、見栄以外の何物でもないことをラミリネもロンブルスも知っていたが。


 ガリッドは「身も心も休めるためには宿はいいところを使うべき」と言い張っている。


 そこまでして、精神の安定を望んだ筈であるのにも関わらず、イライラと貧乏ゆすりをしている。


「おいおいおい。その話、間違いねぇのかロンブルス」


「ええ。さっき確認しました。ドンドの奴は生き残り、二次試験を突破したらしいですね」


「マジー? あの状況でどうやって生き残ったっての? ありえなくなーい?」


 ラミリネがぽかんと品が無いほどに大口を開けていたが、ロンブルスとて同じ気持ちだった。


 ロンブルスとしては、二次試験を勝ち抜いた受験者の情報を仕入れておくために、改めて修練の森に足を運んだだけだったのだが。


 そこでドンドのことを知り、慌ててガリッド達の元に戻って来たのだった。


「そもそも、今回の二次試験の合格者は例年よりかなり多かったようです」


 というのもだな、と前置きしてロンブルスは解説をはじめる。


「今回の試験、本来ならボスモンスターを倒すと同時に、強力な中ボスモンスターが数多く目を覚ます段取りになっていたと聞いていました。疲弊した受験者が、それを生き延び森を脱出できるかが試験の肝だったようです。ですが、その肝心の中ボスが軒並み何者かの手によって倒されていたらしくて」


「よっぽど強い受験者がいたってことー? そいつが余計な事したせいで、ドンドも生き残っちゃったってわけ? うーわ、サイアク」


「クソッ、つくづく運のいいやつだ。こうなったら次の試験で俺が直々に……」


 ガリッドはダンダンと地団太を踏み、決意を新たにしていたが。


 ベッドに腰かけていたラミリネは、そのままごろんと横になり軽くあくびをする。


「ねえねえ、もうよくなーい? アイツのラッキーが続くのもさすがにここまででしょ。ほっときゃいいじゃん」


「同感ですね。三次試験は、完全にS級冒険者の采配で内容が決まる。事前情報が全く得られない以上、我々とて油断すれば足をすくわれかねない」


 ロンブルスも、壁にもたれかかり腕を組んで冷静な判断を下していた。


 だが、ガリッドはそんなふたりに、余計に神経を逆撫でされた様子でまたも床を蹴りつける。


 この宿でなければ、床を踏み抜いてしまったであろうくらいの勢いで。


「なに言ってやがんだ! アイツが生きてやがるだけで、俺らの不利益になるって話だったろうが!」


「それはそうですが……。これ以上は試験に支障が出て、本末転倒になりかねないと言ってるんですよ」


「ねーねー、てゆか、ガリッドさあ。なんでそんなにアイツにこだわるのー?」


 ロンブルスはガリッドの様子に、むしろ困惑した様子で反論を口にして。


 ラミリネは本当に理解できないといった軽い調子で、疑問を投げかける。


 だが当のガリッドは、それらに答えることはせず、


「うるせぇ!」


 それだけ言い捨てると、部屋の扉を開けて出ていこうとした。


「どこへ行くんですか。明日の試験に向けてのミーティングがまだ」


「勝手にやってろ! 飲まなきゃやってられるか!」


 バン、と音を立てて扉を閉めて会話を打ち切った。


 なにあれ、かんじわるー、というラミリネの声がうっすらガリッドの耳に届き。


 何度目かという舌打ちをしながら、大股で宿の外へと出た。


(くそくそくそっ、イライラするぜ。うさばらししなきゃおさまらねえ)


 周囲はすっかり暗くなっており、道行く人もわずかにガラの悪そうな輩がちらほら混じっていたが。


 ガリッドがにらみつけると、そんな輩も怯えたように逃げて行ってしまう。


 普段なら気分がよくなるところだったが、むしろ今は因縁をつけられて返り討ちにしてやりたいとさえ思っていた。


(チッ、根性のねえ雑魚ばかり。この国も落ちたもんだな)


 ガリッドは腰の短剣をかるく撫で、いっそこっちから喧嘩をふっかけてやるかと思いはじめたとき。


 人通りのなかに、いま一番会いたくない相手を見つけてしまった。


「あの野郎……!!」


 熊かオークかと見紛う大柄の男、ドンドだった。


 ガリッドは一度足を止め、わずかに残った理性で頭を回転させるが。


 その結果導きだされた答えは、いっそ闇討ちでもしてやろうか、という物騒な考えだけだった。


 だが、そのときふと気になるものがガリッドの目に留まった。


 苛立つあまりすぐに気づけなかったが、ドンドはその背に小さな女の子を背負っていたのである。


「なんだ、あの小娘? まさか、ああいうのが趣味だったのかあの野郎」


 ドンドはそのまま、少女を背負って古びた安宿に入っていった。


 常識的に考え、まず迷子という可能性が思い浮かんだが。それなら衛兵に任せるだろうと思い直す。


 そして、ドンドのあの性格と年齢で、隠し子ということはないだろうとも思った。


「だとしたらマジでそういう趣味だとか? まあ、なんにしてもアイツにとって重要な存在ってのは、確かだよなぁ」


 低俗な邪推をしていくガリッドは、徐々に口元に邪悪な笑みが浮かぶのを自覚する。


 そしてその笑みを更に深くさせたまま、ガリッドは夜の闇の中に消えていった。




次の話からは三次試験に突入です。

細々と書き続けていくつもりですので、評価やブックマークをしていただけるとモチベーションが上がります。

感想もお待ちしています。

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