14話【ギルド職員の溜息】
時間は少し遡り。
受験者に説明を終えたギルド職員のアミア・スゴールは、
修練の森近くのテントにて待機させられていたが。
「あー……だりぃー…………」
あからさまに暇を持て余し、溜息をつきながら木製の椅子にだらりともたれていた。
森の警備は衛兵が行っているので、アミアは現状ほぼやることがない。
一度身体を起こし、机の上にある赤色の石を眺めるが、その色に何の変化もないことを確認後。
まただらりと椅子にもたれなおした。
事前にマジックタートルに仕込んである魔道石は特別製で、
マジックタートルの命が絶えたときに光を失い、それと対になる魔道石も同様に光を失う性質がある。
アミアの目の前にあるのが、その対となる魔道石なのだが。
石とにらめっこして、それなりに時間は過ぎたが一向に光はそのままで。
いくつか持参した書類作業も既に終わり、あとはただじっと待つしかなかった。
「今日さえ終われば休み……今日さえ終われば休み……」
例のごとく鎧着用を義務付けられているため、横になって休むこともできぬまま、
アミアはただただ、時間が過ぎるのをひたすらに待ち続けていた。
「あの~。すみませ~ん。ちょっといいですか~」
そんなアミアに、背後からやけに間延びした声がした。
はじめはそれが自分にかけられた声だとは思わず、思い切り無視したアミアだったが。
「もしも~し。そこの職員さ~ん」
そこでようやく、もしや自分のことではと察し、気だるげに立ち上がって後ろを振り向いた。
そこに立っていたのは、二十代半ばくらいの、アミアより少し年上に見える女性だった。
ややタレ目ながらかなり整った顔立ちで、腰まである長くきめ細やかな髪の毛が美しく、
適切なサイズより大き目な白いワンピース・ドレスを身に纏うその姿は、
日傘を差していれば、おっとりした貴族の令嬢かと思われそうな雰囲気だったが。
唯一、彼女が手にしている古びた厚手の本が、わずかなミスマッチさを感じさせていた。
「えっと、あの、どちら様でしょうか」
「あ~、えっと~。わたくし~、次の三次試験の試験官を任された~、ファミリと申します~」
その名前を聞いた途端、アミアは目を見開き、
即座に居ずまいを正したのち、深々と頭を下げる。
「こっ、こ、こ、こここここ」
「こけこっこ?」
「これはS級冒険者様! 大変失礼致しました!」
アミアたちギルド職員にとって、A級以下の冒険者などは夢見がちなただの平民でしかない。
だが、S級冒険者は話が別だった。
貴族社会のこの王国だが、S級冒険者にはその功績から政治への発言権が認められており、
彼女らの自由を阻害するようなら、法律すら変えてしまうこともあり得るとまで言われている。
つまりは、S級冒険者の匙加減ひとつで、しがないギルド職員の首など容易く飛ぶのである。
「あはは~。そんなにかしこまらなくていいですよ~」
「し、しかしそういうわけには」
「ほんとにいいですから~。今日は、ちょっと確認したいことがあっただけなんです~」
アミアが顔をあげると、ファミリは柔和な表情を崩さず、
こちらの緊張をほぐすかのように、ぱたぱたと手を振ってくれていた。
そこでようやくアミアは、ほっと息をつき。
「そうでしたか、それで確認というのは」
「あ、はい~。あの~、先日の一次試験なんですけど~。何か変わったことはありませんでしたか~?」
「は? い、いいえ。特になにもありませんでしたが」
「ホントですか~? あなたが担当した初級ダンジョンが今朝、急に崩落したって聞いたんですけど~」
「え? そ、そうなんですか。申し訳ありません、確認不足で」
アミアはしどろもどろで返答しながら、内心悪態をついていた。
(知らねーよそんなの! こっちはもともと二次試験だけの担当だったんだからよぉ!)
前日の後処理などは、本来担当するはずだった職員に朝一番で任せてきてしまった。
アミア自身は二次試験の準備で忙しかったため、本当に把握しておらず、冷や汗をかくことしかできなかった。
モンスターを生み出すダンジョン、と言えば聞こえは悪いかもしれないが。
実のところ、ダンジョンはモンスターを生み出す災厄であると同時に、宝の山でもあるのであった。
ダンジョン内で生まれる鉱石や宝石はもちろん、モンスター自体も様々な素材に生まれ変わる。
特に初級ダンジョンなどは、出てくるモンスターも弱いためうまく管理すれば金のなる木にも化けさせることが可能だという事実は、世界に暮らすほとんどの人間が知っている。
もちろん国によっては徹底的にダンジョン内のモンスターを狩りつくす『完全攻略』と呼ばれる処置をとり、ダンジョン自体を完全に破壊することも珍しくないのだが。
このビングブルグ王国では、ダンジョンを衛兵に管理させ、色々と利益を得る形をとっている。
要するに、国の重要文化財であるため、なにかあれば責任問題に発展してしまうのである。
「と、とりあえず本部に連絡を入れましょうか?」
「う~ん。いえ、心当たりがないならいいです~。あとで、ギルド本部に顔を出して直接聞いてみますから~」
「そ、そうですか。そうしていただけると助かります」
賠償などという事態になってはたまらないと戦々恐々としていたアミアだったが、
ファミリのにこにことした表情につられて、へらへらと愛想笑いを浮かべておいた。
そのとき。
ギャアギャアと、修練の森から響くモンスターの叫び声らしきものが、やけに大きく聞こえた気がした。
「今のは……………?」
それに呼応するかのように、ファミリは森の方を見てわずかに怪訝な表情を浮かべる。
「どうかされましたか?」
「あ、ううん~。なんでもないですよ~、なんだかちょっと、変わった魔法の力を感じた気がして~」
「は、はあ」
アミアは、突っ込んで聞いたほうがいいのだろうかと思案したが。
そこへちょうど、森から飛び出して上空を横切ったカメレオンバードが、
ギャアギャアとけたたましく叫びながら糞を落とした。
その糞は、ファミリの持っていた本をわずかにかすめそうになりながら、地面へと落下した。
それを見ていたアミアは、鳥の糞が彼女にかからなくてよかったと安堵したが。
対面にいたファミリは、なぜかわずかに顔を俯かせ。
なにげない手つきで、持っていた本のぺージをめくり。
「“………集え………………、……………”」
ボソボソと、なにか呪文めいた単語の羅列を口にした。
直後、轟音と共にその本より飛び出した閃光が、カメレオンバードの体を一瞬のうちに貫き。
そのまま黒焦げになったカメレオンバードは、どさりと地面へ落下した。
なにが起きたのか、とアミアが戸惑うよりも先に、
「この、どうしようもない、鳥野郎があああああああああああああああ!」
その咆哮が、ファミリの口から発せられたのを、アミアはたしかにその目で見た。
「てめぇみたいな畜生風情が、わたくしの大切な本に、なんてことをしやがるんだよゴラぁ!」
周りに待機していた衛兵たちが、何事かと近寄ってこようとしたが。
ただならぬファミリの雰囲気を目の当たりにすると、すぐさま回れ右して逃げて行った。
「覚悟しろよオイ。まずは眼球を抉り出してやる。そのあとじっくり皮を剥いで、生きたまま標本にしてやるからヨォ!」
ぴくぴくと痙攣しているカメレオンバードを、むんずと持ち上げ凶悪な笑みを浮かべるファミリは、
先程までとはまるで違う別人が乗りうつったかのようであった。
アミアはいつの間にか腰を抜かしてしまい、同時に思い出していた。
幾多の魔法を操る凄腕魔法使い『魔書使い』ファミリ。
彼女は普段はとても温厚であるのだが、彼女の持つ魔書をわずかでも傷つけられそうになると、
瞬く間に豹変し、烈火のごとく怒りを露にするという。
その噂が事実であったことを、アミアはまざまざと実感させられていた。
「ああ、そこの職員さん~」
「ひゃっ、ひゃい!」
声をかけられ、アミアは声が裏返ってしまい、
下手をすれば漏らしてしまうかと思ってしまった。
「お時間とらせてごめんなさいでした~。それじゃあ、失礼しますね~」
いつの間にかファミリの表情は、最初の柔和さ満点の笑顔に戻っていたが。
魔書を持つのと逆の手にはしっかりとカメレオンバードをぶらさげており、
どうやら夢ではなかったらしい。
彼女が去って少し時間が経過しても、アミアはしばらく身動きひとつとれなかった。
ふと机を見ると、そのタイミングを見計らったように魔道石が輝きを失ったのが目に留まった。
どうやら、マジックタートルが打倒されたらしい。
アミアは一度、かるく息をついたのち。
事務的に魔道通信による放送を行い、受験者たちに向けて連絡事項の伝達を済ませ、
さっきまでの記憶をきれいさっぱり忘れることに決めたのであった。




