13話【ろくでなし冒険者と、奴隷商人】
「悪魔憑きなのか、貴様!」
オグトパスの叫びを聞いて、リーリィはぱちぱちと拍手を返す。
「あ、せいかーい。腐っても貴族みたいだね、さすがに知ってたか」
そうして笑顔すらみせる純粋無垢なさまに、オグトパスは掌に冷たい汗がにじむのを感じつつ。
今更ながら、なぜこの場にモンスターが集まってこないのかも理解した。
有象無象のモンスターといえど、危機察知能力くらいは持ち合わせている。
たとえ大好物が目の前にあったとしても、それを守るように猛獣が睨みをきかせていれば、危険を冒して取りに行くような愚行はしない。
つまりはそういうことだった。
ごくりとのどを鳴らし、オグトパスは唾を飛ばしながら絶叫に近い声を吐き出した。
「こ、こ、殺せ、ケルベロス! 肉片のひとつすら残すな!!」
「いいよ、子犬ちゃん。かかってきなよ」
だが傷が治癒したケルベロスはというと、そうした声を受けても身動きせず。
ボタボタと汗を滝のように流し、毛という毛を余さず逆立ててガチガチと牙を鳴らす始末で。
みっつの頭も、中央の頭を除くふたつは、本当に怯えた子犬のように縮こまってしまっていた。
「なにをやっている、この愚図が! このぼくの言うことが聞けないのか! 命令だぞ!」
オグトパスはケルベロスの後ろ足を蹴りつけ、発破をかけるが。
それは完全な悪手だった。
ケルベロスは、ぐるりと首をもたげさせ、血走った六つの目をオグトパスに向けた。
「お、おい。ケルベロス?」
そのギラギラした眼は、必死に考えているように見えた。
コイツに向かっていった方が、生き残る可能性は高いのではないだろうか、と。
「どっちを向いている、このバカ犬! ご主人様が誰か忘れたのか!」
怒鳴り散らしながらも、オグトパスの足は、二、三歩後ろへ下がっており。
そうした様を見たケルベロスは、すかさず襲撃先を変え、より容易い相手めがけて飛び掛かった。
「こっ、このクソ犬がああああああああああ!」
オグトパスは大剣を振り、ケルベロスの首のひとつを無残にも斬り捨てたが。
ケルベロスも必死の形相で、残るふたつの首でオグトパスに噛みつき、
彼の右腕と左脚を容赦なく食い千切った。
「い、ぎゃああああああああああああああああ!」」
「あーあ。自滅しちゃったか。もういいや、勝手にやっててー」
そんなペットと飼い主の無様なやり取りに、リーリィは興味を無くし。
ぴょんぴょんとステップを踏みながら、寝息を立てているドンドへと近づき、彼の体を抱え上げる。
「さってと、えーと、それでなにすればいいんだっけ」
うーん、と少し考える風にしたリーリィは、
「ま、いっか。とりあえず強そうなモンスターを片っ端から倒していけば間違いないよね」
そんな風に結論付け、風のような俊敏さでその場から消え去った。
残されたのは、血だまりでただ身悶えするオグトパスのみ。
頭のひとつを失ったケルベロスは、そのまま森の奥へと逃げ去ってしまった。
その後。
他の受験者たちがようやく戻って来た頃には、オグトパスはぴくりとも動かなくなっていた。
*
「ま、迷った」
ジェイコブは、鬱蒼とした森のど真ん中で途方に暮れていた。
ドンドが去った後、気づけばリーリィの姿もなくなっており。
リーリィを見ていた筈のマルスは、なぜかすやすやと寝息を立てて寝こけている始末。
揺すっても叩いても目を覚まさないため、仕方なく彼を背負って、リーリィを探し回ったが。
元来ジェイコブは、マッピングなどはマルスに任せきりにしており。
そのマルスを背負い、モンスターを警戒しながらの捜索であったため、思うように足取りが掴めず。
結果、自分がどっちから来てどのあたりにいるのかすら、次第にあやふやになってしまったのである。
「くそ、マジでなにやってんだ俺っちは。これであの子にまで何かあったら、ドンドに申し訳が立たねぇぞ」
ぼやきを口にしつつ、ドンドは無事に逃げられただろうかという懸念がまた、頭をもたげる。
B級冒険者のジェイコブとて、これまで数多くのクエストをこなしてきた。
その最中、パーティを組んだ相手を守れなかったことも数えきれないほどある。
親しくなった同業者の死体を目のあたりにした時には、三日三晩うなされたこともあった。
それでもいつしか、割り切ることができるようになったつもりでいた。
しかし結果は、このざまだった。
そうしてどれほどさ迷ったかというほど、脚を棒にした頃。
ジェイコブは森の奥から、誰かの話し声を耳にした。
ドンドかリーリィの声では、と淡い期待を胸に、木々をかき分けて近づき、
「あれは……!」
その姿を遠目に確認できた瞬間、ジェイコブは慌てて茂みに身を潜めた。
なぜならそこにいたのは森の中でもよく目立つ、影のような黒兜の男だったからである。
(奴隷商人、ラヴァン!)
その名前を思わず叫びそうになり、慌てて自身の口をふさいで息を潜める。
マルスの寝息が聞こえてしまわないかと心配になるほど、ジェイコブの心臓が早鐘を打つ。
「よシ、捕獲完了。我輩の調合に狂イナシ」
「やれやれ、どっと疲れちゃいました。それじゃあ、ポンカスくん、おねがい」
「お、おで、がんばぁる」
彼らは、目の前の地面に開いている穴を眺めているようだった。
ポンカスと呼ばれた大男の両手が土でかなり汚れており、
傍らには土を積み上げた山ができあがっていることから、落とし穴でも仕掛けたのかとジェイコブは当たりをつける。
調合、という単語が漏れ聞こえて来たことから、おそらくハニービーの蜜による罠を仕掛けたのだろう。
自分の考えていた策をあっさり実行され、しかも見事に標的を捕獲できた様子に、トラッパーとしての矜持がわずかに傷つくのを感じた。
「よ、よぉし。いくだぞぉ」
「がんばってーファイト―」
ポンカスは、勢いよくその巨体を落とし穴の中へと投じた。
その拍子に、穴のなかでなにかが砕けるような音が響いた。
(この距離じゃ、よく見えねえ、くそ)
そう思いながらも、相手が相手だけにそれ以上近づくことはできなかった。
やがて、穴から赤い甲羅の亀が次々に這い出そうとしてきているのが見えた。
しかしそれらは穴の上にいるふたりが、余さずひっくり返して穴の中へと逆戻りさせていく。
おそらく既に穴の中では、マジックタートルが次々に分身を生み出して脱出を試みているのだろう。
だが、穴の中からは絶え間なく硬いものが粉砕される音が続いている。
分身を出す速度よりも、倒す速度のほうが上回れば、やがてマジックタートル本体に行きつくのは自明の理だった。
(搦め手と力技をうまく使ってるわけか、なかなかやりやがる)
ジェイコブが、そうして彼らと自身との差を感じているなか。
「グギィイイイイイッ!」
穴の中から、ひときわ大きな断末魔が聞こえた。
その直後、穴から出ようとしていた亀の一匹が煙のように消えていくのが見て取れた。
本体が命を落とせば、分身も消滅する。
要するに、ボスモンスターが今まさに、撃破されたことを意味していた。
『あー、あー、受験者の皆さん。たったいま、マジックタートルの撃破を確認できました。よって、現時刻をもって、二次試験を終了と致します』
魔道通信による放送が、森全体に響き渡り。
意外なほどあっけなく、二次試験は終了となった。
そして、
『それでは皆様、森の受付までお戻りください。あ、ひとつだけ注意を申し上げますが。半刻ほどで衛兵の皆様が森に入ります。その時間までに受付に戻られない受験者は、合格取り消しとなりますのでお気をつけください』
続くギルド職員の発したその文言に、ジェイコブは思わず歯噛みする。
どうやら今回の二次試験の肝は、ここにあったらしい。
一次試験では、残り時間は最初に説明されていた。
しかし今回の二次試験は事前に時間制限の説明はなく、やや不親切とも言える。
だが実際のダンジョンに潜れば、仲間のケガや爆破トラップなどで、急に時間に追われる事態に陥ることは珍しくない。
そうなったとき、きちんと対応できるかもA級冒険者の資質であるということなのだろう。
(これなら、本当に森の入り口近くでただ待ってただけでも良かったくらいだな。くそ)
今思うと、受験者の間で”森の入り口で誰かがクリアしてくれるのを待つのは愚行”という噂が広がっていたのも、この試験を作った者の思う壺だったのかもしれない。
そしてその壺にまんまとはまっているジェイコブは、
仲間と離れ離れになり、共にいる相棒は眠りこけて頼りにできず、受付がどっちかもわからない。
完全なお手上げ状態だった。
そんなジェイコブに残された選択肢は、
なんとも情けない、ひとつしか無かった。
*
マジックタートルを撃破したラヴァンは、早々に森の受付へ戻る道を進んでいた。
事前に仕入れた森の地理と、綿密に作ったマップとの差異を照らし合わせながら、迷いなく歩みを進めていく。
道中、ポイズンマッシュなどのモンスターにも遭遇したが。
それを難なく蹴散らし、余裕すら感じさせる足取りで三人は行動していた。
おかげで、背後に存在している人物にも、とっくに気が付いてた。
「ご主人様、気づいてますか?」
「アア、尾行されてイルナ」
「あ、あが、て、てき、たおす?」
「放ってオケ、どうセ道に迷ッタろくでなしダロウ」
「そうですね。変に絡まれてもいやですし」
「ん、んん、わかた」
そうして、背後に確認した無精ひげの男を、無視することにした三人だったが。
なにより、ラヴァンには他に気がかりなことがあった。
帰り際に出くわすモンスターが、やけに雑魚ばかりであることに。
強敵に分類していたモンスターを発見することもあったが、
それらはどいつもこいつも死体になって打ち捨てられていたのである。
(一体、誰が……?)
一抹の不安を感じながらも、一方で得体の知れぬ強者の存在を感じ、
ラヴァンは密かに口元を綻ばせたのだった。




