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11話【狂気と脅威】


 そこにいたのはピンク鎧に身を包んだ美丈夫、


 オグトパス・キャンサーキルトだった。


 どうしても派手な見た目の彼にまず目が向いてしまったドンドだが、


 他にも彼と同行している受験者たちも、十人近くその場にいる。


 そして彼ら彼女らは、沈痛な面持ちでとある一点を眺めており。


 そこには、倒れ伏した四人の人間と、牙を血に染めた巨大な犬がいるのがわかった。


 それは胴体ひとつに首がみっつという、図鑑でも大きく取り上げられる怪物。


「ケルベロス……!」


 地獄の門番とも言われるその魔犬。


 村によく出没した熊くらいの大きさで、狼よりも硬く鋭そうな牙をしているその姿は、


 見るものを自然と怯えさせる獰猛さを宿しているのがわかった。


 だが、そんな凶悪モンスターよりも、この場の異様な状況にドンドは完全に硬直してしまった。


「ん? キミはたしか、ぼくの名を無礼にも間違えた男じゃないか」


 ドンドの声に気付いたオグトパスは、ケルベロスの背中を平然と撫でながら。


 なんでもないような口調で話しかけてくる。


「なに、してるんだべ」


 倒れている彼らはもはやどう見ても助からない様子ではあったが。


 それを襲うモンスターを揃いも揃って、眺めているだけの状況がドンドの理解を超えていた。


「再会するなり不躾な質問だね。まあいい。さすがに説明は必要だろうからね。実はこのケルベロスは、ぼくが密かに飼っているペットなんだよ」


「そ、それは、テイムモンスターってことだべか?」


 冒険者のなかには、モンスターを飼いならすテイムというスキルを持つ者がいるという。


 一応ドンドも知識として知っていたが、実際に見るのはさすがに初めてだった。


「まあ、そんなところさ。子犬の頃に父が闇オークションで競り落としてね。ここまで育てるのに苦労したよ。本来はこの試験にも持ち込んじゃいけないんだけど。衛兵に金を握らせて、こっそり通して貰ったのさ」


 悪行を得意げに話し、宝物を見せびらかす子供のように嬉々とした表情を見せる彼に、


 ドンドはわずかに吐き気すら覚えた。


「じゃ、じゃあ。その、倒れてる人たちは」


「あ、誤解しないでくれよ。先に手を出してきたのはコイツらの方さ。彼らはぼく達の仲間にならなかった受験者なんだがね。あろうことか、ぼくのペットを殺そうとしてきたのさ。どうやらぼくらが襲われていると勘違いしたみたいでね」


 やれやれ、と肩をすくめて溜め息をつくオグトパス。


「取り押さえて説明してやったら、今度はごちゃごちゃとぼくを非難しはじめてね。ムカッときたら、我が愛犬がぼくの意図を汲んで、コイツらを襲っちゃったというわけさ。参ったよ。人の肉の味を覚えてしまったら面倒なのに」


 まるで悪びれる様子もないその言葉に、ドンドは背筋が凍りそうになった。


 さっきまで感じていた恐怖とはまったく別の、理解できない異物への恐れを感じていた。


 その場にいる他の受験者たちも同様らしく、誰も彼も沈痛な面持ちで顔を俯かせている。


 女性の冒険者たちは、吐き気すら我慢している様子で顔を青ざめさせていた。


「いい加減にするだよ、お前! 一体どういう神経してるだ!」


「はあ? おいおい。言っておくがぼくは被害者なんだよ? ぼくのペットだって、あくまでモンスター避けの目的で連れてきただけなのに。こんなことになって迷惑してるんだ」


「迷惑だと、この野郎……っ!」


 ドンドは拳を握りしめ、オグトパスに向かっていこうとしたが。


 その前に三人の神官服の男たちが立ちふさがり、押しとどめられてしまう。


「というかキミ。さっきから気になってたけどその匂い、ハニービーの蜜だろう? かなり臭うよ。大方、仲間に囮役でもさせられたってところかな?」


 オグトパスに言われて、ドンドは自分の状況を今更ながら思い出す。


 本来なら彼らを巻き込まないようすぐにでも離れるべきだったが、それも忘れてしまうほどに、ドンドは頭に血が上っていた。


「モンスターが騒がしいと思ったら、そういうことだったのか。しかし、なるほど。それならば……」


 ふいにオグトパスは、大剣を鞘から引き抜くと。


 すばやく神官たちを押しのけ、ドンドに向かって斬りかかって来た。


 ドンドは突然のことに目を剥くが、反射的に斧を構えてその攻撃を受け止める。


「ほう、意外にやるね」


「なっ、なんのつもりだべ!」


「おいおい、敵意を向けてきたのはそっちが先だろう? まあ、とにかくだね。ちゃんと囮役の本分を果たさせてやろうと思ってね」


 ギリギリ、と大剣を押し込んでくるオグトパスだが。


 力勝負ならばこちらの領分だとばかりに、ドンドも負けじと押し返していく。


 それに対しオグトパスはチッと舌打ちしたかと思うと、すぐにニヤリと笑みを浮かべて口を開く。


「ほら、みんなも。ボサッとしてないで手を貸さないか。早くしないと巻き添えを食うだろう? 指示がないとそんな判断もできないのかい? 愚鈍なヤツは、ぼくのペットにおしおきさせようかなあ」


 その言葉を受け、成り行きを見守っていた面々も、ドンドを囲むように動き出し。


 女性冒険者のひとりが「ごめんなさい……」と小さく呟きつつも、腕を掴んできたのを皮切りに、そのまま一斉に襲い掛かられてしまう。


 疲労が重なっていたことに加え、多勢に無勢ではどうしようもなく。


 ドンドは十秒足らずで簀巻きになって地面に寝転がされてしまう結果になった。


「よしよし。これで、コイツに群がってきたモンスターの中にマジックタートルがいればよし。いなければ、再度捜索を続けるとしようか」


 オグトパスの嬉々とした様子とは対照的に、周りの受験者たちの顔色は相変わらずすぐれない。


 ドンドは一縷の望みとして、彼らの情に訴えて助けを求めようとしたが。


「お前たち。ハニービーの蜜が万が一ついてしまっていたら面倒だ。さっさと近くの川で流して、ついでに水も汲んできてくれよ。コイツの末路は、ぼくがちゃあんと見ておくからさ」


 オグトパスは、そうした心中を見透かしたように命令にも似た指示を告げていた。


 受験者たちはわずかに逡巡したようだが、そそくさとその場を後にしてしまい。


 わずかな可能性も潰えたことを、ドンドは理解せずにはいられなかった。


「さて。さすがにそろそろぼくも少し距離をとらないとな。ではさよならだ、名も知らぬ少年」


 オグトパスとそれに付き従う神官服の男たちも、ドンドをかるく嘲笑して歩き出そうとした。


 そのとき。


 ドンドはかすかな違和感に気が付いた。


 こちらにやってくるであろうモンスターの気配が、多くなるどころか少なくなっていたのである。


 運よく他の受験者が遭遇して倒してくれたにしても、さすがに数が減るのが早すぎる。


 少なくとも背後からは、もうモンスターの群れが追いついていてもおかしくない頃合いだった。


「グルルルル……」


「ん? どうしたケルベロス」


 そんななか、ケルベロスが唸り声をあげ、ドンドが走って来た方向をじっと見据える。


 まるでそちらから、なにか得体の知れないものが来るかのように警戒を崩さないその様子に、


 オグトパスと従者たちも、怪訝な顔でそちらに目を向ける。



 やがて、木々の間から姿を見せたのは、


 銀色の髪をした、か弱そうな少女だった。



ようやくここから、メインヒロインが目立っていく……と思います。

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