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10話【予想外の事態】


 ドンドが去ったあと、ジェイコブは急いで手近な茂みに身を潜めていた。


 うなだれている時間も、なぜこんなことになったかについて頭を巡らせる時間も惜しい。


 リーリィはいまだにマルスの腕の中で遮二無二暴れ回っていたが、それを叱責する余裕もなかった。


 ズズズズズ……という地響きにも似た足音が、やがて近づいてくる。


 茂みからわずかに顔を出して覗き込むと、


 ざっと見た限り、二、三十近くもの数のモンスターが通り過ぎて行った。


 かすかな望みを賭けて、そのなかにマジックタートルがいないかを目の皿のようにして探した。


(マジックタートルさえ倒せれば、試験終了で衛兵かギルド職員が森の中へ助けに来る可能性がある……!)


 だがしかし、無情にもそれらしきモンスターの影は見当たらず。


「くそっ!」


 ジェイコブは、歯噛みして拳を地面に叩きつける。


 そうこうしているうちに、モンスターの群れは通り過ぎて行った。


 肩の力が抜け、自分が安堵していることがわかり、ジェイコブは心底自分の弱さを呪った。


「なにか、なにか考えつけよ! このクソ底辺のロートル冒険者が! お前の仲間がピンチなんだぞ!」


 軽く額が切れるほどガンガンと木の枝に頭をぶつけ、自身を奮い立たせようとするジェイコブだったが。


 そう都合よく打開のアイデアが出る頭ならば、とっくに自分はA級冒険者になっているだろうと、もうひとりの自分が冷めた様子で囁くのが聞こえた気がした。


「俺っちは…………なんて、どうしようもねぇ野郎だ…………」


 そうして悲嘆に暮れるなか。


 ふと、背後であれだけやかましかったリーリィの声がしなくなっているのに気が付いた。


 騒ぎ疲れたか、意気消沈してしまったか、あるいはマルスが眠らせる薬でも嗅がせたか。


 そう思いながら振り返って、ジェイコブは自分の目を疑った。


 そこにあったのは、自身が思い浮かべたすべての選択肢から外れた光景だったからである。



 ドンドは、枝や木の葉で顔や腕が軽く切れるのも気にせず、森の中を駆け続けていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 息切れしながら、自分の行動を俯瞰する。


 これが最善の方法だったのは間違いない。


 あのままなら、きっと自分を切り捨てるような選択を彼らはしてくれなかっただろう。


 ガリッド達とは違う、本当の仲間を得た喜びと、それを失った悲しみを感じつつ。


 自分以外に蜜がかからなかったのは不幸中の幸いだった、とドンドは本心から思っていた。


「さあ落ち着け、落ち着くだよ。冒険者ドンド。カッコ悪くても、最後まであがいてみせるだ!」


 振り返れば、後ろからもう足の速いモンスターが追いついてきているのが見えた。


 くすんだ黄色い毛並みの、キツネにも似た四足歩行の獣。


 尻尾には尾がよっつあり、口に獰猛そうな牙がびっしりと生えているのが印象的だった。


「確か、あれは。フォレストフォックスとかいう、モンスターだべな」


 群れで狩りを行い、大きな動物も集団で襲って喰らうという危険なモンスター。


 そんな相手が、六匹も追いかけてきている事実に背筋が凍りそうになるが。


 ドンドとて、無策で逃げ続けるつもりはなかった。


(このままじゃ、間違いなく捕まるべ。戦っても、大振りな斧なんてあっさり避けられてお陀仏だべな)


 鈍足の自分が、モンスターに襲われて窮地になることはこれまでに何度もあり。


 だからこそ、いくつかの逃走方法は身についていた。


 そのなかのひとつが、地形を利用すること。


 この森は地面の起伏が激しいせいもあり、ここを住処にするモンスターと言えど、そう簡単に取り囲んで獲物を襲うことはできない。


 加えて、斧が当たらないことは、攻撃が当たらないことと同義ではないということだとドンドは理解していた。


「おりゃあああああああ!」


 ドンドは手ごろな木を見定めるや、駆け抜けながら思い切り横薙ぎに斧を振るった。


 ガゴン、という鈍い音が響いたのち、メキメキとその木は近くの木を巻き込みながら薙ぎ倒される。




 それに対し、フォレストフォックス達はというと。


 獲物の浅知恵にフンと軽く鼻を鳴らし、倒れた木を難なく跳び越えて追撃を再開しようとした。


 だが。


「ガアッ!?」


 さらに、次から次へと周囲の木が自分達めがけて倒れてくれば、さすがに目を剝かざるをえなかった。


 視界の先では、獲物である人間がめちゃくちゃに武器らしきものを振り回し、木々を伐採しながら逃げるさまが見えた。


 やがて倒れてきた木を避けられなかった仲間の一匹が、無様にも下敷きになり動けなくなる。


 さらには他の仲間が、木を避けた勢いでそのまま進行方向にあった木の根にぶつかって伸びてしまう。


 それに動揺し動きを止めた別の仲間が、木の上から落ちて来た果実に脳天を直撃され倒れてしまった。


 そこでようやく残った三匹は、忌々しげに獲物の逃げた先を睨みつけながらも、その足を止めたのだった。




「よぉし、うまくいったべ……!」


 背後を見て、連中が諦めたのを確認したドンドは斧を振るのを止め、わずかに走る速度も落とした。


 フォレストフォックスは、群れの過半数が傷つけられるとその時点で撤退することがあるという。


 それは、地元を出る前にモンスター図鑑の内容を三日三晩、徹夜で叩き込まれた成果だった。


 窮地を乗り切ったことも合わさって、思わず笑みがこぼれたが。


「はぁっ、はっ、はっ」


 それでも、たった一度の戦闘でかなりの体力を消耗していることも自覚した。


 動悸がおさまらず、額からは滝のように汗が流れ、斧を持つ腕もあきらかに震えてきている。


 短期決戦上等で臨んだこととはいえ、こんなやり方を連続でできるわけもない。


「ギャア! ルギャア!」


 しかも、そうして休むことさえドンドには許されていなかった。


 唐突な鳴き声と共に、木々の隙間を縫うように飛来してきたのは、一匹の鳥だった。


 だがそいつは、体の色が緑一色という、森の中で完全な保護色となる擬態をとっていた。


 おかげで判断が遅れ、剣のように鋭い嘴がドンドの鼻先をかすめ、のけぞった拍子に後ろへよろけてしまう。


「くっそ、お次はカメレオンバードだべか!」


 ドンドはそのまま背後にあった大木に、背中を預ける形になる。


 カメレオンバードは、しばし中空で旋回したのち再びドンドめがけて突っ込んでくるが。


 今回は、相手の狙いが正確なのが良い方に転がった。


 狙う箇所が、ハニービーの蜜をかぶった頭部だと当たりをつけたドンドは、


 相手が飛び込んでぶつかるまさにその瞬間を狙い、横っ飛びで身体をずらせた。


 直後、ビィィン、という鈍い音が響き渡り。


 カメレオンバードの自慢の特攻は、大木に嘴を突き刺す形になって止まった。


「ギュ、ギャア! ギギャア!」


 バサバサと羽を動かしてもがいているが、抜けなくなったらしく無様に鳴くしかないようだった。


「悪いだな。エサは、他のものを探してくれだべ」


 とどめを刺す間も惜しんで、ドンドは早々にその場から離れた。


 緊張に次ぐ緊張にも関わらず足を止めることはできないため、ドンドはかるく眩暈がしてきた。


 しかし、死中に活を求めるのをやめるわけにはいかなかった。


 もはや後ろを振り返ることもせず、木々をかき分けて進んでいく。


 とっくにもう出口に着いてもいいのではと疲労感は訴えていたが、


 実際の距離としては来た道を半分も進んでいないと、冒険者としての冷静さが分析していた。


 そもそも出口への方角が本当に正しいのかどうかすら、若干怪しくなってすらいたが。


 それ以上は恐ろしいので考えるのはやめた。


「ん?」


 そんな折、ドンドはわずかに開けた空間に出た。


 正確には、なぜか幾本もの木々が揃ってへし折れて、その一帯だけ木が存在していない形になっていたのだが。


 そんなことは、一瞬でどうでもよくなっていた。


 なぜならその中央には、ドンドにとって目を疑いたくなるような、予想外のものがあったからである。



 このとき、ドンドの嗅覚はハニービーの蜜のせいで完全にバカになってしまっていたため。


 ここまでの至近距離になっても気づくことが出来なかった。


 周囲に漂っていた、鉄臭い、血の臭いに。





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