プロローグ・昇級試験の真っ最中に追放された話
「お前とは、ここでお別れだ」
ドンドは最初聞き間違いかと思った。
初級ダンジョンの最下層、強者の門を破壊した直後に告げられた言葉。
ドンドの目の前にはパーティの三人がいる。
パーティのリーダーである『短剣使い』ガリッド。
味方を補助する魔法が得意な『魔杖使い』ラミリネ。
遠距離から敵を射撃する『神弓使い』ロンブルス。
三人は誰かも彼もが、ニヤニヤとした目つきでドンドをに視線を向けていた。
「す、すまね。オラ、なにか聞き間違いしたみたいだべ。もう一度言ってくれねか?」
「聞こえなかったか? お前とはここでお別れ、俺たちのパーティから出てけって言ったんだよ」
やや苛立ちすら籠ったように吐き捨て、ガリッドはブーツで地面を叩いた。
「そういうことよ。要するにクビ、ってことなの。わかったー?」
「やれやれ。相変わらず理解力が無いようですね。これだから低脳は困りますよ」
ラミリネとロンブルスも、ガリッドに同調する。
嘘や冗談の類ではないことは、さすがにドンドにも理解できたが。
できたからこそ、わけがわからなかった。
「な、なに言ってるだ? みんな、今がどういう状況かわかってるだか?」
「ああ。わかってる。俺たちはいま、A級昇格の一次試験をクリアした」
ガリッドは、強者の門を超えた先の小部屋に置かれていた赤色のオーブを手に取る。
「これであとは、地上に戻るだけなんだが……。実は事前にロンブルスがいい情報を仕入れていてな」
「実はですね。地上帰還までの最速タイムを更新できたパーティは、二次試験を免除される特典があるんですよ」
「つ・ま・り。鈍足なアンタはお邪魔ってことー。キャハハ」
そう言われ、ドンドは自分の体格を鑑みる。
大柄な体格に重装備の斧を背中に背負っており、鈍重なのはドンドも自覚している。
十六を超えた現在では、まるでオークのようだと他の冒険者からよく揶揄われていた。
「ここまではラミリネの魔法で、なんとか速く来られたが。俺ら三人だけならもっと速く帰還できる」
「で、でも。それならオラが一緒でもべつに」
いいじゃないか、と続けようとしたドンドだった。
「そもそもなぁ!」
ガリッドがまた床を蹴りつけながら、先んじて言葉をぶつけてきた。
「マジでお荷物なんだよ。お前の斧、確かに攻撃力はすげぇが、当たらなきゃ意味ねぇんだよ」
「そーそー。ここまでのモンスターにも、めちゃめちゃ攻撃避けられてたしねぇー」
「そもそもここまで連れてきたのも、ただ単に強者の門を破壊する人員が欲しかっただけですからね」
ラミリネとロンブルスも、擁護の余地はないと言いたげに頷いている。
それを聞いて、ドンドは言い返すことができなかった。
事実、自分の斧はすばやく動き回る敵には不向きであり。
動きも鈍く敵からの攻撃をくらいやすいため、回復への手間が増えてしまう始末。
女神の恩恵のなかでも、ドンドの『斧使い』は冒険者のなかでも不遇の存在として扱われている。
昇級試験の際にパーティに誘ってくれた際、ドンドは嬉しくて涙すら流したものだったが。
今は、悲しさの涙すら出なかった。
「あ、はは……そう、だべな。オラ、みんなの足引っ張ってばかりだったべ」
ドンドの苦笑いに、誰もなにも言わずその通りだと言いたげに冷めた目をしている。
仲間と思っていたのはドンドだけで、彼らは単なる門を壊す道具としか見ていなかったのだ。
「まあ、心配すんなよ」
ガリッドは再び口を開く。
「試験中、パーティが解散なんてのは意外とある話だ。お前はお前で、別のオーブを探してゆっくり帰ってきな」
「できるもんなら、だけどね。キャハハ」
「ふたりとも、そろそろ行きましょう。役立たずに説明する時間も、そろそろ惜しいですからね」
三人はそうした言葉を告げたあと。
「じゃ、やるよー。”兎よ兎、なにみて跳ねる、十五の月を、見て跳ねる”……兎の如く!」
ラミリネは俊足の魔法をドンド以外にかけ、そのまま早々にこの場を去っていった。
さよならの言葉すらなかった。
悲しかった。
寂しかった。
「はは……まあ、こんなもんだべ。オラなんて」
ドンドは、それなりに頑張って来た。
女神の恩恵が発現したときには、家族に大いに喜ばれ。
貧しい村のみんなの期待を一身に背負い、王都に出てB級冒険者となった。
たくさん仕事をこなして、いずれA級冒険者になり、
いつかはその上のS級になって沢山仕送りをしようと意気込んでいた。
だが、不遇の斧使いに与えられるのはせいぜい木こりの仕事ぐらい。
たまに来るモンスター退治やダンジョン攻略の際も、いつも同業者の足を引っ張っていた。
「今回こそはと、思ってたオラが馬鹿だったべ」
信頼できる仲間のためなら、あるいはと思っていた。
でも、それは儚い夢だったらしい。
やがて周りが暗くなってきた。
さっきまではラミリネの灯りの魔法のおかげで、視界に問題はなかったが。
その魔法もどうやら切れかかっているらしい。
それを理解して、ドンドはよろよろと歩き出す。
絶望の最中にいても、さすがに死ぬのはドンドも御免だった。
とはいえ、マッピングを行っていたのはガリッドであり。
ロンブルスのようなダンジョンの知識もない自分には、どっちへ行けばいいかわからない。
仕方なく、当てもなく歩みを進めるドンドだったが。
『だれか……』
「ん?」
そこへ、どこからともなく声が響いてきた。
もしや試験中の他の冒険者パーティでは、と思い。
ドンドはその声のする方向へと歩みを進めることにした。
このとき。
ドンドは、自分が世界の運命の左右する分岐点に立っていたことに、最後まで気が付くことはなかった。
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