7 記者の人
夜空が話題を変えて、問いかける。そのトーンから特に相手をいたわる様子はない。
「……それで、これからも続けるのか?」
「うん……だって私は亜人を倒さないといけないから……ッ」
美雨の脳裏に大切な二人の顔が蘇る。温かい眼差し、優しい声が鮮明に思い出される。夜空はその表情と決意から察した。
「復讐か?」
「ッ…………吸血鬼に昔……」
その時、女性がにゅっと会話に割り込んできた。
「先日の事件。【夜の王】の仕業かもしれませんね!!」
バーのマスターが誰も気が付かない程度にチラリと彼女を見たが、すぐに仕事に戻る。
「うわ!! だ、誰っ……」
夜空は女性に驚く様子もみせずに答えた。
「桜だ。自称記者で。たまにここにくる暇人だ」
「自称とは失礼な!! 暇でもないですよ~!! 私は立派な記者です!!」
突然の出来事に動揺する美雨。
「へ、へーそうなんだ……それで夜の王って?」
「あ、バカ……」
その言葉に桜は目を輝かせた。夜空は数席開けて距離をとって座るとクリームソーダを注文する。
「え!! ご存じない!!? 数年前に話題になった最強最悪神出鬼没の吸血鬼ですよ!! 白髪で真紅の瞳をもつイケメンでぇ。身長は180㎝以上あってぇ……それにそれにぃ。胸板が分厚くてぇ素敵な筋肉を持っててぇ。良い匂いがするのぉ。それでそれでぇっ」
夜空が遠くから美雨に言う。
「その話長いし。ほとんど妄想だぞ」
「ぅえ……っ」
三十分が経過した頃、桜はハッと急に正常の思考を取り戻した。
「あ、ごめんなさい。私ったら初対面の人に!!」
「い、いえ……大丈夫かも……アハハハ……」
「てかそんな吸血鬼、見た事ねぇよ」
「絶対いますよ!!!!! ……だって……私を助けてくれたから……」
最後の言葉は聞き取りにくかった。しかし、話が長くなることを恐れて聞き返さない。
「それで、今日はなにしにここに?」
「イキ……夜空さんたちにお話をうかがおうかと思いまして!!!」
「ふっ……誰もが恐怖する凶悪な吸血鬼……それに最初に立ち向かったのはまさしく俺だった。まるで壁のように襲いかかる闇の魔法……」
美雨は気にせず彼の話を遮る。
「あ、私も山井さんも意識なかったので詳しく分かりませんよ。山井さんは開幕、生きているのが奇跡なくらいの重傷を負いましたからね」
桜はもちろん知ってますと言わんばかりの顔をしていた。
「……今から盛り上がるところだったんだが」
美雨がその言葉をスルーして言う。
「そうだ。不可解と言えば……変な実を食べると急激にパワーアップしました……Eランクという話だったのに。Bランク相当に……一ランク上昇ならまだしも、あり得ない上昇です。これはギルドも対策を練らないと思うのですが……」
「……ほう。実を……それはもしかして真っ赤な?」
「知っているんですか!!? ギルド職員でさえそんな事は起こらない。私の勘違いだとっ」
美雨はその情報を簡単に打ち明けた。情報規制はされていないらしい。
「いやぁ全然? 小耳にはさんだくらいでぇ~。ただの都市伝説ですよ。都市伝説」
「ん。でもあれ? どうしてEランクの吸血鬼の話を? 最強最悪ならSSS+は確定なのでは……」
「おや? 疑問に思わなかったのですか? Bランク以上の吸血鬼が……言い方は悪いですが、貴方たちに倒された事が……」
夜空がそれを否定しようとする。しかし、話が面倒になると感じた桜。彼女は席が離れている事を利用し、彼の席に背を向け、二人の間に素早く入る。
「しかもただ倒されたのではありません。あの殺しても死なないような吸血鬼相手にですよ。無駄な外部損傷は一切なく、たった一撃。寸分の狂いもなく見事に急所を貫いていた……遺体を見れば明らかです」
話を続けている中、背後からうるさい視線を感じるが二人は全力で無視をした。
「……そう言われてみると。たしかに奇妙ですね……偶然で急所を狙える相手でもないし……」
「実はそれ、俺の隠された力が」
夜空の声をかき消すように桜は言う。
「余程の実力者に遭遇しない限りは起こらない事ですよ」「あの、力が」
「それじゃ……六郎じゃなくて。他の者があれを倒した、ってことですか?」「ちから」
「貴方はどう思っているかは分かりませんが、私はそう思ってます」
「……そんな」
あまりの鉄壁に負けた夜空は大人しく数本目のクリームソーダを堪能していた。予想外に資金が増えたので少し贅沢をする。
「そうでした。今こんな話をするのはとは思うのですが、別の吸血鬼討伐を受けた者たちがいまして」
「大丈夫、分かってます。悲しいですけど。いつまでもくよくよする訳にはいきませんから!!」
「仲間を亡くされたばかりだというのにお強い。さすがはギルドの一員。十分に承知してるとは思いますが、ソロでの活動はオススメ出来ません。パーティーを探すのがベストかと」
「先ほどの討伐を受けた人と組めってことですか?」
「はい。臨時パーティーに入れば色々な人と出会えますから」
背後から桜の姿を見つけ近寄ってきた男女のパーティーがあった。
「この人か?」
「ええ、先日の吸血鬼から生き残った人ですよ」
「そ、そんな。私は気を失っていて……」
「まっ。運も実力のうちさ」
「げ……」
いつの間にか隣に座っていた男を見て、女性が低い声を出した。遅れて男性も気が付いた。
「……”チキンラビット”ッ」
夜空が深く頷いた。
「あ~、分かる。久しぶりに飲食店でナゲット食いくなる時あるよなー」
「ちげーよ。お前の事だよ。”チキンラビット”なッ。桜さん聞いてないぜ~」
「大丈夫。彼はクリームソーダでも与えてりゃここで大人してますよ」
「て、訂正してください!! 山井さんはチキンラビットじゃないですよ!! 蛮勇にも一番最初に飛び込んで行ったんですから!!」
「お、お前……」
そこで美雨が怒りをぶつけた。その言葉に少し感動する夜空。短い間だが、初対面の人に声を荒げる人物じゃないという驚きもあった。同じく驚いていた桜が言う。
「じゃ……イキリさんですかね」
「……だ、妥当ですかね」
「おい?」
「山井さん。それじゃぁ私はこれで。あ、クリームソーダ、奢るよ」
「マジぃ!! 超いい奴じゃーん」
夜空はアイスを食べながら三人を見送るのであった。
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