水と風と土と、太陽の伝説。
あるところに、水がありました。
それは、水とだけ呼ぶのが正しいのでしょうが、ここではわかりやすく、水の神と呼びましょう。
そこには、水の神だけがいました。
水の神以外は居なかったのですから、水の神だけが、世界を広げ、そして水に沈めました。
水しかない世界には、水面も、海底も、海岸もありません。
水の上から照らす太陽もありませんでした。
ある時、そこに住む水の民たちが言いました。
「水の神様は水とは違う。きっと神様は特別なんだ」
彼らは、神様というものを見ようと、神様を呼びました。
風の神様が現れました。
水の民たちは、風に吹き散らされて、空に消えました。
風の神様は、風の世界をつくりました。
水の世界に、小さな空を、あるいは大きな泡を作り出しました。
けれど、せっかく水を広げて沈めた世界に、勝手に空を作られてはかないません。
水の神は怒って、空も海に沈めようとしました。
風の神様も抵抗しましたが、世界のほとんどは水に沈んでいました。
風の神様に味方するものはいません。
空は沈みそうになりました。
風の民たちは、神様に祈りました。
どうか、どうか、この空が続きますように、水に沈みませんように、と。
土の神様が現れました。
風の民は土に埋もれました。
土の神様は、いきなり風を吹かしてくる風の神に怒って、戦おうとしましたが、すぐに世界が水に沈んでいることに気付き、まずは水から埋めようとしました。
風の神様が吹き散らします。土の神様が水を埋めます。
徐々に、徐々に、水の神は追い詰められていきました。
そして、世界の水が、広がった空と、大地と同じぐらいになった頃。
土の神様は気付きました。
もしこのまま水の神を倒したとしても、現れたのは風の神の方が先です。
それはつまり、風の空の方が広いということで、水の神様を倒したとしても、その後土の神は、風の神に負けてしまうでしょう。
風の神もそれには気付いていましたが、水の神を倒せれば良かったので、そのまま戦い続けました。
水の神は、たとえどちらが相手でも、負けるわけにはいかなかったので、やはり戦い続けました。
風の神と、水の神が戦っているうちに、土の神は大地を広げ、土の民が生まれ、その者たちのための建物も土の上につくりました。
土の民たちは感謝し、神様に祈りました。
光の神様が現れました。
土の民たちは焼かれて光に消えました。
光の神様は、全てを照らそうと、光を遮る地上の全てを、そして建物や住み家だけでなく、大地までも焼き払い、溶かそうとしました。
同じように、深く深い海の底まで照らそうと、水を焼き、海を蒸発させていきました。
慌てて、土と水の神様は呼び出しました。
光を止める神を、光を抑え、止め、倒せる神を。
闇の神が現れました。
光の神は、すぐに闇の神を倒しに向かいました。
闇の神は、まず地上のほとんどを照らそうとする光に対抗するため、地中と深海の闇を奪いました。
自分の多くを奪われた土と水の神は、まだ溶けていない地上と、浅い水だけの、小さくなってしまいました。
そして闇の神も、光の神を倒しに向かいました。
互いに、互いの片方がいる限り、もう片方は世界を広げられないと気付いていたからです。
風の神だけが、光を通し、光に灼かれず、悠々と空を広げていました。
土と水は、光に焼かれず、闇にも奪われないよう、平たく、薄く、大地と水を、川を広げました。
大地は、光に対してまっすぐに、鋭く、塔のように伸ばすことで、光を遮る、影を作らないようにしました。
そして川も、そこに広がり、大河となりました。
風の神は、空を広げるため、土と大地、海と河に襲い掛かりました。
土と水はもうたくさんでした。
なぜ、こうも奪われ続けねばならなかったのでしょう。
闇の神も焦りました。
土と水が失われてしまえば、ほんの少しでも影が、闇が減ってしまうからです。
土の神と水の神は考えました。
光と闇を封じる神を。
鏡ではダメです。光を返すだけで、闇は減りません。
透明でもダメです。風と同じように、光には何もできません。
屈折でもだめです。光と闇を拡げたところで、何も変わりません。
減衰でもダメです。光が減っても、闇は減りません。
そうして、光と闇は、何が間にあっても共存できないからこそ争うのだと気付きました。
土と水は呼び出しました。
自分達を助ける神を。土と水を増やす神を。
水は沼を呼びました。土は泥を生みました。
水も土もある泥は泥沼となり、河と、大地と一緒に、世界を広げていきました。
太陽は焦り、より多くの光を生み出す、炎の神を呼びました。
しかし、水と土は、さらに多くの神で、炎を封じました。
山の神は炎を遮り、崖の神はより大きな影をつくりました。
すると、今度は森の神が呼ばれました。
森の神は水を吸い、土に根を張り、炎に焼かれ、燃え広がりました。
土の神は鉱脈の神を呼び、根を塞ぎ、そのまま木々を断ち切りました。
そうして戦っていくうちに、神々は気付きました。
互いに新たな神を呼び出すなら、いつまで経っても戦いが終わらないと。
戦いが終わらないなら、戦いに勝つこともできません。
勝つこともできないなら、世界を広げることはできません。
世界を広げられないなら、沈められないなら、海を、空を、大地を、広げ、埋められないなら、戦う意味もありません。
水の神様、風の神様、土の神様。
古い神から順に、戦いをやめて、眠りについていきました。
それでも、光と闇は戦い続けましたが、やはり決着はつかず、互いを排除できなければ、やはり、世界を広げるために、真っ先に邪魔となる相手を倒す意味もありません。
結局、最後には全ての神が眠りにつきました。
そうして、争いは終わり、何も増えず、減りもしない世界が始まりました。
神々が眠った以上、新たな神が呼び出されることはないでしょう。
そう、戦うため、敵を倒すために、神を呼び出す必要はないのですから。
ですから、神が呼び出されるとしたら、一つ限り。
最初に風が、そして土の神が呼び出されたように、人が、今の民が、神を呼び出せるようになり、また世界の均衡が崩れた時だけです。