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牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~  作者: 雪野湯
第九章 百年間、得られなかった答えを手にする魔王
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第82話 宿題の答え

 私から言葉を受け取ったカリンは微笑みを見せると、すぐに顔を引き締めて、折り重なり迫りくる腐龍へ体を向けた。

 そして、皆へ指示を飛ばす。


「おじさんはピッツェちゃんを見てて。でも、書き換えも排除も無し。一度だけでいいからこの子と話し合う機会を頂戴」

「承知した」

「ありがとう。シュルマさん!」

「な、なんですか?」

「わたしと共闘するのは嫌だろうけど、今はお願い、協力して!」


 シュルマは一度腐龍を見て、顔を戻す。

「あれでは是非もないでしょう。ですが、あまり期待しないでください。どこぞの魔王のせいで本調子ではありませんので」


「ありがとう――ツキフネさんとヤエイさんも、シュルマさんと一緒に前線をお願い。三人は中型の龍を食い止めて!」

「了解だ」

「くっさいのであんま触りたくないが、仕方ないの」


「ラフィは後方から援護を!」

「ええ、承知しましたわ」

「貫太郎ちゃんとリディはおじさんの背を守って。すり抜けてきた小型の龍をお願い」

「ももも!!」

「わ、わかりました!! で、でも、大型の龍は誰が?」



「それはわたしが対処する! わたしが尖兵となり、大型の龍を引き付けるから、残りはみんなで対処して、お願い!!」


 敵であるはずのシュルマも巻き込み、カリンは次々に的確な指示を出していく。

 その姿を前に、私は瞳の中に彼女の王としての姿を描き、笑う



「フフフ…………信じて――ではなく、信じなさいときたか。らしからぬ彼女の威風に一時(いっとき)とはいえ心奪われ、呆然と答えを返してしまった。この私から心を奪うとは見事なものだ。さらに物怖じすることなく、今も自然と皆を引っ張っている。本当に見事な成長だ。それに比べ私は……」



 私は笑いに宿る思いをカリンの成長から、己への(あざけ)りへと変える。

「ふふ、私は、今の今まで、この選択肢を思いつかなかった」

 

 私の頭に過ぎるは、ファリサイの虐殺。

 この話を皆に伝えた時、ツキフネは私には選べない選択があると言った。

 そして、カリンはこう言っていた


『おじさんが浮かばない選択肢だけど、私ならもう一つの選択肢が浮かぶ。いや、二つかな? どっちも同じことだけど』



 今、ここに至って、彼女たちの手に宿った選択肢の意味を知る。



「頼るべき……だったのか……」


 ファリサイの虐殺の選択。

 ファリサイで死斑病(しはんびょう)に対応中に人間族が攻めてきた。

 私に浮かんだ選択肢は――



・病気の封じ込めを諦め、人間族の侵攻に対応する。

・人間族の侵攻を許し、病気の収束に対応する。

・病気の拡散を封じるために町を焼き払い、人間族の侵攻に対応する。



 この三つのうち、私は三番目を選択した。

 そう、選択肢はこの三つ以外なく、その中で最も正しい選択肢を選んだと信じていた。

 だが、四番目の選択肢が存在していたのだ。

 

 それは、仲間を頼ること……。

 己の力を過信して、仲間の力を信頼していなかった私には浮かぶはずもない選択肢。

 もし、あの時、頭にこの選択肢が浮かんでいれば、それはカリンの言うとおり二つあり、どちらも同じことだった。


 部下を頼り、死斑病(しはんびょう)の対応を任せて、人間族の侵攻を私が対応する。

 部下を頼り、私がファリサイに残り、人間族の対応を部下へ任せる。



 当時の自分の姿を思い描き、自嘲する。

「フッ、たとえ思いついたとしても選ばなかったであろうな。しかし、ここに至るまで選択肢そのものに気づかないとは……ティンダルたちと出会い、多少は変わったと思っていたが、ヤエイの指摘通り、何も変わっていなかったという訳か」



 私は誰も信じない。誰も頼らない。

 なぜならば、他者は愚かだからだ。

 私が容易く為せることを為せない。そうだというのに、無用に悩み、私から時間を奪う。

 だから、私がやる。全てをやる。他者は役に立たないからだ。

 

 私はカリンから与えられた宿題を解き、己の傲慢さをまざまざと見せつけられる。

「人間族との和平以降、私は玉座に興味を失せて、誰ぞが奪えばいいと放置していたが、それすらも傲慢だったのかもしれぬな。心のどこかで、たとえ私がいくら王の責務を放棄しようと、無能な者たちは指を咥えて見上げるだけしかできぬと思っていた」


 自分を俯瞰してみると、どれほどまでに痛々しい存在なのか……。

「この傲慢さに力なき存在であったはずの民が拳を突き上げて私を見限ったのだな。それでも、最後の最後まで諫言をしてくれていた立花という奴は……ふふ、相当なお人よしだ」


 今になって、唯一の友であった立花の苦悩を想い、情けなさに笑いを漏らす。

 そして、その情けない自分を気付かせてくれたカリンの姿を黄金の瞳に映す。


「腐龍は手強いぞ。だが、君を信じよう。いや、君たちを信じよう。私はピッツェを守り、ここで待っている」



――――カリン


 黒と白の羽を持ったカリンは空を舞い、大型の腐龍を刀で切り刻む。

 しかし、腐れた肉がドロリと崩れて刻んだ傷を覆い隠し、腐龍の力が衰える様子はない。

 そこへシュルマが声を張り上げる。


「光です! ラフィ! 光の加護を全員に与えなさい!!」

「ぜ、全員ですか! くぅ~~、いいでしょう! やってやりますよ!!」


 ラフィは自分の身に宿る全魔力を光の魔法に還元して、それをカリンたちへ与えた。

 光の膜が皆を包む。

 ラフィはそれを見届け、片膝を地面につく。


「も、申し訳ありません。しばらく動けそうにありません」


 これにツキフネとヤエイが答える。

「十分だ、休んでいろ!」

「おお~、光に触れた龍どもの身体が崩れおるわ! これなら何とかなりそうじゃの!!」


 前線の隙間を縫って後方へ迫る小型の腐龍へ貫太郎が後ろ足蹴りをぶちかまし、リディが眉間を狙ってナイフを投げる。

 蹴られ、飛び散る腐肉に、ナイフによって生まれた眉間の傷から黒い核を落とす腐龍。

 リディはその核に気づき、すかさずナイフを投げて砕く。


 すると、腐龍の身体はドロドロに崩れ落ちて、腐れた血肉を地面へ染み込ませていった。

 リディが皆へ伝える。


「龍には核みたいなものがあります! それを壊せば、光がなくても消えるはずです!!」

 シュルマが槍を構え、目に見えぬ早業で数十の突きを放つ。

 刻まれた腐肉片の中から、黒い核が飛び出す。

 それを一突きすると、中型の腐龍は形を溶け崩した。



「どうやら人工の腐龍のようですね。光の加護で肉を削ぎつつ、核を見つけて破壊すれば倒せます!」

「核だね!」


 言葉を発したのは、空を大地として立つカリン。

 彼女は瞳に浮かぶ歯車へ影の民の力を伝える。


「歯車よ、万象を見通せ!」

 カリンを狙う五匹の大型の龍。

 その腹部・心臓・尾・顎・首に黒き核が埋まっている。

 彼女は刀を突くように構え、五匹の龍へ突貫を試みる。



「やあぁぁあぁぁあぁ!!」


 全身をラフィの光の加護で包み、一筋の光の矢となって、次々に龍の肉壁を穿(うが)ち、突き破っていく。


 矢が一つ突き抜けるたびに、腐龍は完全なる死を恐れ(いなな)き、形を崩す。

 

 穢れし沼の(あるじ)たる腐龍――彼らはカリン・貫太郎・ツキフネ・リディ・ラフィ・ヤエイ・シュルマの七人の女性の前に(ぬか)ずき、己の姿を崩して、この世界から消え去っていった……。

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