第80話 マッドアルケミスト
清楚と儚さを纏った真紅と漆黒のゴスロリ少女、ピッツェ。
彼女は急変し、中指を立てながら汚らしくこちらを罵り始めた。
「こっから先は誰も通さねぇぜ。それでも通りてぇってなら、通行料はその首だ。クソの価値もない首だが、腐龍の餌にはなるだろうよ、へへへ」
あまりのギャップの差に、今度は別の意味で皆は息をすることさえ忘れひたすらピッツェを見つめ続ける。
シュルマが私に問い掛けてくる。
「なんですか、この子は? 見たところ、魔力の素である魔素粒子を凝縮した人工生命体のようですが、あなたが創ったのですか?」
「私はこのような少女趣味など持っていない。いかついゴーレムにしろと注文したのだが……あの、存在価値すらない錬金術士が勝手に……」
「やはり、あの穢れた存在ですか。影の民の技術を根幹に峡谷を作った錬金術と聞いて、薄々は感じていましたが……魔王アルラ、魔族とはいえ、あなたには最低限の道徳はないのですか!?」
「あったので依頼完了後、しっかり殺しておこうとしたぞ。逃げられたがな。それに、教会もアレを利用していただろう」
「それは……たしかに、当時の教会もアレを利用しており、用済みになり次第処分しようとして失敗したと記録が残っていますが……」
この私たちの会話を聞いて、ラフィが件の錬金術士の正体に気づく。
「まさかと思いますが、お二人が話してるのは……加虐の錬金術士アリス、のことですか?」
「「その名を口にしてはならない、魂が穢れる!!」」
私とシュルマは全く同じ言葉でラフィへ言葉を投げつける。
すると、その錬金術士を知るヤエイがすっごく嫌そうな表情を見せた。
「ああ、本名は誰も知らぬが可愛らしい少女の名前に憧れて改名したという、あの毛深くお腹がポッコリしたおっさんか。あやつは稀代の天才錬金術士でありながら、小児性愛者。その愛は歪で、少年少女を剥製にして飾り、早世した幼子の墓を暴き、その脳や臓腑を食みことで性的興奮を得ており、棺の中には遺体の代わりに己の子種を置いて去って行ったと聞く」
この説明を聞いたカリンとツキフネが顔を歪めた。
「ええ、何それ? 存在しちゃいけない変態じゃん」
「幼子を好む? ヤエイも狙われたのか?」
「ロリババアに興味ないとか言ったので全力でぶん殴って首をすっ飛ばしてやったわ。すぐに再生する化け物であったので無意味じゃったが。まぁ、興味を持たれても困るがの」
「そ、そうか」
リディと貫太郎が仰け反るような様子を見せて私に問い掛けてくる。
「そんな人の協力を得たんですか?」
「ももも~もも~も?」
「引くのはわかるが、残念なことに影の民の技術を精細に分析し利用できる者は、天才のアレしかいなかった。だから、利用した後にきっちり殺しておくつもりだったのだが……逃げ足が想像以上でな」
これにシュルマが続く。
「教会やそれ以外の組織も存在してはいけない存在だと認識していまして、アレを利用した後に命を奪おうとしたようですが、全て失敗に終わっています。そのため、逃げ足だけならば世界一だとも言われていますね」
「アルラさんもそうですが、いくら優秀な人だからって教会もそんな人を利用しなくても……」
「ぶも!」
「責める気持ちは痛いほど理解できますし、私自身もこれはさすがに教会の過ちだと思っていますが、悪評を上回る才能があったのは確かなのです。当時、私がその場にいたのならば、利用するなと強く反対していたと思いますが……」
話は私に帰り、アレの顛末を語る。
「逃げ足は天下一品だったが、あれは結局、この峡谷を作った一月後に殺されている」
ラフィとシュルマがこれに食いついた。
「誰にです?」
「初耳ですよ。私たちの間では行方を晦まして、それ以降、姿を見た者はいないとなっていますが?」
「アレが創った少女を素体としたホムンクルスにだ。アレは人工生命体の創生に躍起で、理想の少女を産み出そうとしたようだ。しかし、感情の形成が上手くいかない。そのため、少女素体のホムンクルスに人間の意識を入れる実験を行い、それが成功した」
「人間の?」
「それもまた少女ですか、少年ですか?」
「いや、奴隷だった中年男性だ」
「「……え?」」
「アレ曰く、中年の男性が突如少女になった時の反応がたまらない、だそうだ。そしてそれを無理やり、その反応も……だそうだ」
「変態……ですわね」
「まさに、滅ぼすべき存在のようですね」
「だが、見た目は少女であっても中身は中年の男性。男性はアレに従順な振りをして復讐の機会を窺い、見事それを果たした。アレの再生能力を封じてな。私もその男性……見た目は少女になるわけだが、その子から報告を受けて、念入りに調査している。間違いなく、アレは死んでいた」
「それは良い報告ですが……」
「その少女となってしまった男性はどこに行ったのです?」
「それ以降会っていないので行方は知らない。ただ、彼はアレがいなくなったため体のメンテナンスができずに近いうち死ぬだろうと言っていたな。それまで世界を旅して、奴隷だった時には得られなかった自由を満喫すると言って去って行った」
「前向きな方ですわね」
「幸福な結末とは言えませんが、最悪の不幸は回避できたというところでしょう」
「おいおい、てめぇら! なに、俺を無視してくれちゃってんの? だべりてぇなら、どこかよそへ行けよ」
存在を無視されていたピッツェが声を荒げて入ってきた。
ヤエイが眉を折りながら私に話しかけてくる。
「なんでこやつは、こんなにがさつなんじゃ?」
「よくわからないが、アレがメスガキを作ってわからせたいとか言ってたな。だが、クソガキができてしまった! と言って、机を蹴っ飛ばして、その衝撃で足の爪を剥がしてもんどり打っていた」
「なるほど、わからせか。アルラは知らぬようだが、それはの――」
「結構。君が知っているということは下の方面のことだろう。リディの情操教育によろしくないので黙っててくれ」
「なんかムカつくの~。まぁいいのじゃ。で、どうするのじゃ? このクソガキを説得するんじゃろ?」
「ああ、私には逆らえないように設定してあるからな」
私はピッツェの前に立ち、改めて彼女に挨拶を交わす。
「百年ぶりになるか、ピッツェ。故あって、この先に用がある。通してくれるか?」
「あん? な~に、気安く俺の名前を呼んでんだ、この肉団子?」
「に、肉団子? いやいや、忘れたのか? 私だ! アルラだ!」
「……はぁ! 惚けたことぬかすなよ肉団子! アルラ様がてめぇみたいな醜い肉体をしているわけねぇだろうが! マジミンチにしてマジ肉団子にしてやろうかぁぁっぁ!」