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牛と旅する魔王と少女~魔王は少女を王にするために楽しく旅をします~  作者: 雪野湯
第九章 百年間、得られなかった答えを手にする魔王
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第79話 峡谷の入り口を守る番人

――――まほろば峡谷



 穢れた沼を抜けて、峡谷の前に立った。

 その絶壁の背丈は、瞳を上瞼に埋め込むほどの高さ。左右は目頭と目尻に瞳を埋め込むほどの広さ。

 土色に染められた壁の前で、ヤエイとラフィは後方の沼を気にしていた。


「結局、腐龍めは襲ってこななんだが……沼に身を潜め、いまだこちらを窺っているようじゃな」

「そのようですね。腐龍も気になりますが、他にも気になることがあります」

「なんじゃ?」


「沼を抜けた途端、あの鼻の曲がるような匂いが無くなりました。目の前にはまだ、穢れた沼が広がっているというのに」

「たしかに、言われてみればそうじゃな。どうなっておるんじゃ?」



 彼女たちの疑問に私が答える。

「枯れた大地も穢れた沼も、通常の空間から切り離されて生まれた場所。それぞれ見えない境界があり、それを過ぎると影響力が失われるというわけだ」


「空間を切り離すとは、開いた口がふさがらぬとはこのことよのう」

「乾燥や匂いといった軽い粒子の影響は受けなくても、荷馬車や人間など、ある一定の物量があるものは境界を乗り越えることが可能のようですね」

「ふふ、ラフィは賢い。さすがは魔導学園の生徒会長といったところか」



 この会話にシュルマの声が交わる。

 彼女は湿気を帯びた細道から乾いた大地を踏みしめ、次に目の前に広がる絶壁へ黒真珠の瞳を向けた。


「枯れた大地も穢れた沼も、そしてこの絶壁からも僅かな魔力を感じられます。全て、人為的に作られたものですね?」

「ほ~、さすがは教会騎士。気づくか」

「そのような褒め口上は不要です。これらを可能にしているのは――影の民の技術!」

 この声を、カリンが否定した。



「違う。たしかに一部は影の民の技術みたいだけど……何か別種の技術が使われてる。なんだろう?」

 カリンは瞳の内部に歯車を浮かべている。

 その様子から、瞳だけを覚醒でき、さらにその瞳には力を見通すような能力があるようだ。


 

 私は二人に力の正体を伝える。


「私たちの世界の技術。錬金術を使用している」


 錬金術――元々は卑金属から貴金属を生成、主に金を産み出そうと試みた術。転じて、魔法というものを原理(物事を成り立たせる根本的な法則)に基づいて紐解く学問となっているが……これは神に挑む学問だとして教会は推奨していない。



 シュルマは錬金術の名を耳にして、眉間に皺を寄せた。

「錬金術を用い、影の民の技術を追ったと?」

「そんな顔をするな。君たち教会だって行っていることだろう。推奨はしていないが禁止はしておらず裏で研究を行っている」

「私たちは影の民の技術の研究などしていません。魔導体系を神理ではなく原理の方面から迫っているだけです」

「ほ~、まったくしていないと?」

「……ふん」



 彼女の反応から見て、教会は影の民の技術の研究をしているが、彼女自身はそれに不満を抱いている様子。

 このことから、シュルマという女は影の民の力を恐れ、それを解析し、人間族、いや、この世界の者たちが、強大すぎる力を手に入れることを良しとしていないように思える。



「シュルマよ、何もそこまで恐れる必要はないだろう。使い方を誤らなければ、彼らの技術は有用なものだ」

「目の前の峡谷を見て、よくもまぁそのようなのんきなことが言えますね。1000kmに渡り大陸を縦断する壁を産み出す技術など、脅威でしかありません」


「その脅威の力ももう存在しないがな。これを産み出すだけでエネルギー切れを起こした。私たちの世界には充填を行える物質もない。また、峡谷内に残った道具類も破損がひどく使い物ならない」


「だから安心しろと? 馬鹿も休み休みに言いなさい。錬金術士がこれを産み出した事実。百年後の今、同等の才能を持つ者がいたとしたら、何らかの方法で力の充填及び道具類の再生ができる可能性があります。そうである以上、安心など。それに、この技術を紐解いたのはおそらく……」



 そう言葉を置くと、シュルマは忌むべき存在を睨みつけるように峡谷を見た。

 やはり彼女にとって行き過ぎた技術というのは恐れの対象であり、悪に準ずるものがあるようだ。


 それぞれの想いはバラバラだが、皆は峡谷を見つめ続ける。

 その中で貫太郎とリディが峡谷の隙間を見て声を上げた。

「ももも」

「そうですね、ここを通るみたいです」

「ぶもも」

「はい、かなり広いから大丈夫そうですけど、落石が怖いですね。あの、アルラさん、今からあの道を?」


「ああ、そうだ」


 巨大な峡谷に挟まれた細道。細いといっても峡谷の大きさと比較してのため、実際は貫太郎の荷馬車が横一列に十台並んでも十分通り抜けられる広さはある。


 リディが目を細めて峡谷の入り口を観察している。

「う~ん、気のせいでしょうか? 入り口部分に透明な幕があるような」

「よく気がついたな。あれは結界だ」

「結界、ですか?」

「大地も沼もそうだが、今は安全とは言え、調律者の出入り口がある場所。念のため、誰も近づけぬよう方策を重ねてある」



 これにカリンがジトッとした目を向けてくる。

「そんな場所に国を作れと……おじさん」

「その話は済んだ話だろう。あくまでもこれらは念のためで、今は安全だ」

「それにしては厳重過ぎのような……」


「シュルマの言葉を借りることになるが、才気ある者が訪れ、調律者に悪さをする可能性を考えてだ。仮にこの結界に何かあった場合、私が知ることになる。幸い、この百年、そのようなことはなかったが」


「まぁ、慎重になるのはわかるけど、世界を滅ぼす存在が居るわけだしね……悪さってできるの?」

「できないはずだ。少なくとも私はできない。だが、できる存在が居ると仮定してこれらを作った」

「なるほどね」


 私は峡谷の入り口を覆う結界へ顔を向ける。

「あとはあの結界を解くだけだが、それを行うために門番に挨拶をせねばな」

「門番? そんな人がって、これが創られて百年以上経ってるんだよね? 門番の人って魔族みたいな長命種の人なの?」

「いや、普通の生命体ではない」

「ほぇ?」

「ともかく、まず門番と会うとしよう」



――――峡谷入り口・結界前


 遠くからでは細く見えた入り口の道は、近づくととても広く、私たちを飲み込んでもまだまだ足らぬ広さで道を通す。

 しかし、その道の前には巨大な透明な幕が下りており、何人(なんぴと)たりとも通すことを許さない。


 私たちが結界へ近づく。

 すると、結界前に光の粒子が集まり始めた。

 皆が警戒を示す中で、私は一歩前に出て、粒子の塊に話しかける。



「久しいな、ピッツェ」


 呼び名に応えるかのように粒子の塊は人型を模して、多様なフリルが重なる真っ赤なスカートに、漆黒をベースとした紫の差し色が交わるゴスロリを纏った十歳程度の少女を生んだ。

 少女は三日月の(やいば)が乗る杖を握り、その先端近くでぶら下がる小さな熊の人形のストラップを揺らしつつ淡褐色(ヘーゼル)の瞳をこちらへ向ける。


 揺れる瞳には十歳の少女と思えぬ妖艶さが宿る。

 肌はしなやかでありながら潤いを帯びて弾み白い。

 静謐を纏い、手折(たお)れる花の美しさと儚さを併せ持つ少女を前に、誰もが息をすることさえ忘れ、ひたすら見つめ続ける。


 私がピッツェと呼んだ少女は恭しく頭を下げ、耳を心地良くくすぐる愛らしい声を漏らして挨拶を行う。


「まほろば峡谷の守護を任されているピッツェと申します。皆様にお会いできて光栄の至りですが、今すぐ立ち去ることをお勧めします。警告に従い、立ち去るなら良し。去らないと仰るならば…………今すぐてめえらをミンチにして腐龍の餌にすっぞ、ああん!!」

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