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第72話 魔王アルラ

 私はシュルマの前に立つ。

 彼女は私へ槍の穂先を向けて、先端を震わせる。

 今、彼女の心は恐怖に満たされているのだろうか?

 しかし、教会騎士としての矜持(きょうじ)があるようで、恐怖に支配された唇へ意思を伝えることはできるようだ。


「な、なんですか、この者は? 先ほどまでとは別人……あなたは、何者です!?」

「これは失敬。君から名を戴いたというのに、私の方は名を名乗っていなかったな……私は魔王。魔王アルラ=アル=スハイル。元、だがな」

「ま、ま、魔王!! ば、馬鹿な、そんなこと――」

「信じられないか? 以前とは全く違う容姿であるから、それは仕方ないかな?」



 こう問いかけると、彼女は槍をしっかと握り締めて、震えていた槍の動きを無理やり止めた。

「い、いや、信じましょう。あなたほどの化け物が、そうそう居てはたまりません!」

「ふふ、やはり、力による証明が容易いな。で、どうする? 星天の教会騎士シュルマよ。君の前に立つは音に聞こえし魔王。そのようなか細き槍で、私の血肉を穿(うが)とうというのか?」


「くっ!」


「槍の震えを抑えた剛勇は認めよう。しかし、足の震えは止まっていないぞ。鼓動は早鐘のようになっているぞ……心は、恐怖に支配されているぞ」

「だ、黙りなさい!!」

「威勢は良し。だが、いつまでそこで案山子のように突っ立っているつもりだ? 聖女トリルの刻印が宿りし聖槍(せいそう)を手にしながら、真なる戦いを前に怯え、児戯に興じることしかできぬのか?」


「だ、だ、だまれええぇぇえぇぇ!!」


 シュルマは恐怖を否定しようと震える足先で一歩踏み込んだ。

 私もその動きに合わせ、一歩踏み込む。



 命を穿(うが)たんとする槍へ、私はさらりと右手を振った。

 次なる時には、彼女の瞳は青色に染まり、こう思うだろう。

(なぜ、私は空を見ている?)


 次なる時には、瞳は灰色に染まる。

(なぜ、私は地面を見ている?)



 最後には、全身に衝撃が走り、地へ叩きつけられ、彼女の思考は醜い雄叫びを残して暗闇に閉ざされる。


「がはぁあぁぁあはあぁあぁ!!」


 激しい衝撃音と共に乾き切った細かな砂が舞い上がる。

 私は衝撃によって生まれた椀上(わんじょう)の窪みへと叩きつけられたシュルマをちらりと見て、瞳を空へと向けた。


「はぁ、二秒がやっとか。ふ~、きつい……」


 私は両膝を地につけて、次に全身を地に横たわせた。



――――カリン


 カリンが小さな声を漏らす。

「なにが、おこって? シュルマさんの身体が回転したかと思ったら、いきなり地面に叩きつけられて……?」


 辛うじてアルラの動きを目にすることのできていたツキフネとヤエイがこの声に答えた。

「な、なんという男だ。あれでは、シュルマは何をされたかもわからないだろう」

「カリンよ、シュルマは体をぐるぐるに引っ掻き回されたのじゃ」


「ど、どういうこと?」


「シュルマが槍を突き出した瞬間、その穂先に触れると力の流れを変えて、あやつの体を回転させたのじゃ。その勢いを利用して、ひたすら上下左右に円を描くように回し続ける。緩急をつけてな。シュルマは(かん)の時だけ、瞳に景色が映ったであろうな。おそらくそれは、空と大地……」


「私にはただ、シュルマさんがただ一回転して地面に叩きつけられたようにしか見えなかった」

「あまりにも素早い動きにおぬしの瞳が追いつかなかったのじゃろう。ワシらが束になっても敵わなかったというのにのぉ……これで全盛期の半分の力とは、恐ろしい話じゃて」


「あれで、半分?」

 目の前で起きた出来事なのに、何が起こったのかさえわからなかった。それほどの戦いがアルラにとって半分程度の力。

 カリンの両手が打ち震える。

 それは恐怖なのか、絶対的な力に対する敬意なのかはわからない。


 ヤエイは言葉をこう続ける。

「魔王アルラは孤高の王じゃった。それもそうじゃろうて、あれほどの力を有しておるのじゃから。あやつに並び立つ者は無し。政治軍事に隙は無し。これでは、他者に期待など掛けぬようになるじゃろうな」



 自分に勝る存在はなく、劣る存在たちを導いていく王。

 彼の思考は百の先を望み、千の道を考える。

 だが、凡俗にはそれを理解できない。

 王たる存在が何を目指し、何を考えているのかわからない。

 いつしか魔王アルラは他者を見下し、信を置くことを止めて、諭すことも理解を得ることも諦めた。

 

「じゃが、この百年で多少なりとも変化があったようじゃな。百年前よりも凡俗の心を知ろうとする努力を垣間見せておる。じゃが、根底にあるものはそう変わっておらぬようじゃ。それは易々と変化するものではなかろうぞ」

「……私たちのことも、信頼してないのかな?」

「おそらくな」

「そっか……」

「カリンよ、そう気に病む――」


「だったら、おじさんから信頼を得られるように頑張らなくちゃ!」

「カリン?」

「そして――おじさんの凝り固まった偏見をぶっ壊してあげないと!」



 カリンの決意にヤエイは口元を緩め、瞳を大きく開ける。

(フフフ、面白い娘御(むすめご)じゃ! 絶対的な力を目にして、臆する無くこと前を進み、さらに相手を変えようとする気構え……性格は全然ちごうておるが、アルラが唯一認めた人間――勇者ティンダルに似ておる。どうりで、アルラが気に掛けるはずじゃ)


 心の中で笑い声を漏らし、ヤエイはカリンに問い掛ける。

「心意気は買うが、それはとても険しいことじゃぞ。覚悟はあるのか?」

「もちろん」

「即答か。よい!」

「それにさ…………あのおじさんの姿を見てると、変えることできそうな気がするんだよねぇ」



 そう言ってカリンが指差した先では、灰色の地面にベローンと横たわり、ぜぇぜぇと息を漏らし続けるアルラの姿があった。

 

 カリンは両手を腰に置いて話しかける。

「もう、せっかくカッコ良く決まったのに情けないな~」

「ぜぇぜぇぜぇ、やかましい。久しぶりに、まともに、はぁはぁ、動いたせいで、足腰がよう立たない。み、水、水を、水をくれ~」


「ククク、カリンの言うとおり、今のあやつは隙だらけじゃからの。いくらでも心に食い込めそうじゃ。ほらほら、アルラよ! いつまで煮過ぎた餅みたいにのぺ~となっておるつもりじゃ。のぺ~っと」

「シャキッとさせたいなら水をくれぇ~!!」


「私が渡してきます」


 リディが荷台から金属製の水筒を取り出してアルラの元へ向かう。

 そして、首を上げるのがやっとのアルラへ給水を行った。

「ゆっくり飲んでくださいね。喉を詰まらせちゃいますから」

「ごくごくごくごくごく、ぷはぁ……はぁ、はぁ、人心地ついた。だが、体が動かん」



 リディは椀上の地面に埋まり、ピクリとも動かないシュルマを見る。

「死んじゃったんですか?」

「いや、死んではいない。手加減なしで叩きつけてやったというのに丈夫な女だ」


 これにヤエイの声が飛ぶ。

「手加減なしではなく、手加減する余裕もなかったのじゃろうが。わざわざシュルマを挑発して、先に手を出させておる。あれは、近づいてもらわんと体力が足らんかったのじゃろ?」

「うぐ、よく見ているな。はぁ、気を失わせる程度に加減するつもりだったが、加減できるほどの余裕がなかった。そのせいで、彼女の戦士としての命を絶ってしまったな」


「どういうことです、アルラさん?」

「脊椎を破壊してしまった。もう、シュルマは手足さえ満足に動かせず、誰かの手を借りなければ生きていくことも不可能であろうな」

「そ、そうなんですか……」

「もっともそれは、このまま治療せずに放置すればだが……カリン、どうする? このまま放っておくか? 放っておけば、魚たちが食らい尽くしてくれて後腐れもなくて良いと思うが」


 カリンは瞳をシュルマに向けず、横たわり身動き一つできないアルラの姿を細めた目で見つめる。

「のぺってるおじさんも放っておくと魚に食べられそうだよね……」

「私はちゃんと連れていけ! それで、どうするのだ?」

「そんなの、聞かれるまでもないよ――」

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