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第68話 乾いた大地を守る狩人

――ひやおろしから離れ、二日後。枯れ果てた大地『歿砂原(ぼつすなはら)



 まるで境界線でもあるかのように、緑の大地の前に不意に現れる灰色の大地。

 そこには草木など一本もなく、ひび割れた灰色の大地が地平線の先まで広がっている。

 皮肉にも、雲一つない突き抜けんばかりの空の青がより一層の寂しさを産む。

 もし、世界に滅びというものが訪れたとすれば、このような光景が世界を覆うのではなかろうか。



 リディが乾きひび割れた大地を見つめ、体を震わす。

「こ、こんなところを通るんですか?」

「ああ。これより先は補給を行える場所などない。ひたすら、何もない大地を進む」


 ツキフネが屈み、ひび割れた大地の一片を手に取り、指先で(こす)る。 

 大地の破片は塵となり、風に舞い、消える。


「僅かの水気もないとは……雑草一つないわけだ」

「水気だけはなく、大量の塩分も含んでいる」


 貫太郎が鼻を大地へ近づけて、フンフンと匂いを嗅ぐ。

 そして、鼻を鳴らして、地を覆っている散りを舞い上げる。


「ぶもも!」

「動物たちが塩を求めるにしても塩気が強すぎる。普通の生命体ではここで生きていけない」



 ラフィは遠く霞む場所へ視線を投げて問いを漏らし、それにヤエイが答える。

「普通じゃなければ生きられる生物でもいるのでしょうか?」

「何やら、剣呑な気配が満ちておるな。おそらく、居るのじゃな。アルラ?」


「ああ、この大地の狩人と言われる生き物が……ところで、何故ヤエイがいるんだ? 男漁りはどうした?」

「その言い方はやめい。もちろん、子を成すための伴侶は探すが、それ以上にカリンの夢を聞いて、ワシも一口乗りたいと感じたのじゃよ。世界から爪弾きにされた者たちが(つど)い、生まれる国家。そのような場所ができれば、どのような男たちがやってくるか楽しみじゃ」


「まぁ、君は戦力として申し分ないからいいが……とはいえ、百年前よりもかなり衰えているな。当時の君は、力だけなら私よりも上だったはず」

「さすがに年じゃからな。寿命が二百年切ると維持もできん。これから先は衰えていく一方よ」

「老いか……戦力を期待すると言ったが、あまり無茶はするな。そうだ、カリンはいいのか? ヤエイが同行することについて?」



 辺りをきょろきょろと見回してたカリンへ問い掛ける。

「え? あ、うん。旅の仲間が増えるのは大歓迎だよ!」

「何やら、落ち着かない様子だが?」

「それだけど、私たちの後ろには森が広がってるのに、なんでここから何にもないんだろうと思って。いくら荒れ果てていても、こういうのって徐々にって感じじゃないのかな?」


 背後には生命溢れる緑の森。前は命の欠片すらない灰色の大地。

 これを見れば誰だって不可思議に思うだろう。

 この問いの答えを私が返す。



「ここは誰も寄せ付けぬように作られてた人工的な大地だからだ。そして、この大地を作るように命じたのは私だ」


 この言葉に誰もが驚きに口を閉ざした。

 その中でリディが震える言葉を産む。


「め、命じたって、どうやって、だれが、こんなことができるんですか? それにどうして、死の大地なんて作る必要が?」

「必要性を問われれば、誰一人、まほろば峡谷へ近づかせたくなかったから。となるな」

「何があるんです? その峡谷には?」

「それは着いた後に話す。その方が良いだろうから」


 これにツキフネが不満気な声を出そうとしたが、私は彼女へ瞳を向けて、問いに答える気はないという意思を伝える。


 カリンの方はリディが口にしたもう一つの疑問――――誰が作ったのかという答えに気づき、声を上げる。



「これをやったのは……私と同じ影の民だね、おじさん」


「正解、と言いたいが、正確には影の民の技術を使用しているだけで、運用したのはまた別の人物だ。その人物が影の民の技術を解析し、この大地を作り出した。その人物についても峡谷前で語るとしよう」

「どうして?」

「口に出せば、私の口が穢れるからだ。説明をするなら一度で終わらせたい」



 私はその人物のことを思い出して、なんとも不快そうに顔を歪めた。

 その表情を見た一行はこれ以上問いを重ねることはなかった。


 私は一歩前に出て、振り返り、彼女たちの姿を見つめていく。

「何も語らぬ私に不安と不満があるだろう。もし、不信を抱いているのならば、この先を進む必要はない。だが、これだけは約束しよう。まほろぼ峡谷の先には、国家を産み出せるほどの肥沃な大地がたしかに存在する。これは我が身命(しんめい)に掛けて、嘘偽りではないと約束する!」



 私の誓いに皆は戸惑いを見せた。

 しかし、カリンだけは戸惑いを見せることなく、こう言葉を返した。


「わかった、信用する」

「良いのか、そう簡単に信じて?」

「今までの旅で、おじさんの性根に問題はあるけど、意味のない嘘をつくような人じゃないのはわかってるし」

「いまいち、評価されてないな……」

「ごめんね。でも、これが私の素直な気持ち。まぁ、いまさら引き返してもしょうがないというのもあるしね。そして、私の夢の当ても、おじさんの情報だけが頼りというのもある。だから、進むよ、わたしは」



 カリンの言葉に貫太郎、ツキフネ、リディ、ラフィ、ヤエイが続く。


「もも~ももも!」

「貫太郎はアルラを信頼しきっているようだな。私はカリンに借りを作ったままだ。だから、彼女と行く」

「私にはもう帰る場所なんてありません。それに私は、カリンさんと一緒に居たいんです! だから行きます!」

「敬愛するカリンさんが道を示し歩むなら、そのお手伝いをさせてもらいます。進みましょう」

「よいのよいの~、若人たちの純粋で眩しいばかりの絆は。その絆がそこの魔王もどきに穢されぬよう、ワシが見張るとするかのう」



 皆はカリンのために、カリンを支えるために共に道を歩むと言う……ヤエイのことは無視しよう。


 私は軽く笑みを漏らして、まほろば峡谷を目指し、足を前に出す。

「では、行こう。まほろば峡谷へ」



―――変わり映えのない、灰の色に染まる大地をひたすら歩む。


 時折、荷台の車輪が大地のヒビに挟まって足を取られるが、そのたびにツキフネとヤエイが荷台を持ち上げて事なきを得る。

 リディは自分と同じくらいの背丈のヤエイが軽々と荷馬車を持ち上げる様に驚きを見せる。

 ヤエイは鬼族。見た目は少女でも、オーガリアンであるツキフネ並みの怪力を有している。


 歩き始めて、三時間。

 皆に疲れが見え始めてきた。

 そろそろ休憩といきたいところだが……。



「ふむ、この大地に棲む、唯一の生命体の出迎えが来たようだ」

 私は先にある空を指差す。

 そこには、青々とした空の絵画に黒の筆をトンと置いたかのような真っ黒な円が浮かぶ。

 円はブブブと羽音を響かせてやってくる。


 目を凝らして先を見つめるカリンが素っ頓狂な声を上げた。

「うん? え~っとあれって――――――魚!?」


 彼女の言うとおり、真っ黒な鱗を纏った魚の集団が空を飛びこちらへやってきている。

 魚たちは私たちの近くまで来ると、ぐるりと周りを囲むように遊漁し始めた。

 彼らには鋭い牙があり、がちがちと歯音を鳴らしながら、こちらの隙を窺っている様子。

 この異様な光景に皆が臨戦態勢を取る中、私が彼女たちの武器を降ろさせた。



「安心しろ、こいつらは襲ってこない。私がいるからな」

 カリンが刀の鞘に手を置いたまま問い掛けてくる。


「どういうこと?」

「こいつらはこの大地に踏み入れた不届き者を追い返すために作られた魔法生物だ。通常であれば、侵入者に食いつき追い返すのだが、(あるじ)である私がいるので何もしてこない」


 ラフィとヤエイが得心(とくしん)を得たとばかりに声を上げる。

「なるほど、これが狩人ですか」

「奇妙な気配はこいつらのモノじゃったか。本当に食いついて来ぬだろうな?」


「大丈夫だ。仮に私たちが侵入者であっても、こいつらは噛みつくだけの代物。見た目ほどの攻撃性はない」

 そう言って、私は一匹の牙ある魚に指を伸ばす。



――ガブリ


「……いったぁぁああああ!?」

「こやつ、アルラの指を()んでおるぞ!!」

「ひっ、舌先をべろんべろん回して、血を吸っていますわ!?」



「こっの、離れろ! 離れろ!」

 私は指先を振り回して、噛みついてきた魚を引き剥がした。

 ばっちり歯形が付き、血が流れ落ちる人差し指を見る。


「ば、ばかな!? 何故、私を襲う? 私は彼らの(あるじ)だぞ。しかも、この攻撃性。指の肉を一部食われた? こいつらに食欲などなく、中央制御室からのエネルギー供給で生きているはずなのだが?」


阿呆(あほう)! 冷静に考え込んでおる場合ではない。来るぞ!!」



 私たちの周りを飛び、囲んでいた魚たちが一斉に襲い掛かってきた。

 ツキフネが大剣で密集した一角を崩すが、魚たちは分散して牙をがちがち鳴らしながら向かってくる。


 それをラフィが魔法で焼き払う。

 背後に回っていた魚たちが、ラフィの背中を狙う。

 すぐさまカリンがラフィの背中を守り、刀を振るう。


 魚たちの一部が私たちの死角となる真上から急降下してきた。

 ヤエイが懐から魔力に近しい力である霊力の宿る()を取り出し、それに念を籠めて魚たちへ放った。

 見えない壁が急降下してきた魚たちを弾き、弾かれた魚を私が素手で叩き潰す。

 地面に落ちた魚にはまだ息があったが、それは貫太郎が踏み潰して止めを刺した。


 ヤエイが焦りの声を飛ばす。



「こ、これはいかんぞ。数が多すぎる! いずれ守りに穴が生まれ――――リディ、地面じゃ!!」

「――え?」


 短剣を使い正面の魚を切りつけていたリディの真下から十数匹の魚たちが現れた。

 魚たちは誰にも気取られぬように地面へ潜り、一気に地上へ躍り出てリディへ襲い掛かってきたのだ。


「間に合うか!?」

 私は拳に気を籠めて、魚へ衝撃波を放つ。


 リディと魚の間に衝撃波が届く――が、それよりも一歩早く、何者かが無数の魚を同時に穿(うが)ち、影がリディを庇うように前へ立った。



「ようやく、追いついたと思いきや、よくわからない状況ですね」



 その者は白銀の鎧に身を包む、真っ白な外套を纏った女性騎士。

 ツキフネが彼女の名を呼ぶ。


「シュルマ? なぜ?」

「お久しぶりですね、ツキフネ。だけど、残念。昨日(さくじつ)の戦場では味方でしたが……今日は敵です!」

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