第61話 かしましい……
――風呂
カリンたちは旅の間に蓄積した疲れと汚れを洗い流すため風呂に訪れていた。
視界を白く染めるほどの湯気が満たされた湯殿はとても広く、十人は足を伸ばして入ることのできる檜風呂。
まずは風呂に入る前に、体を洗い始める。
木製の湯口から絶えず流れるお湯を桶に入れて、軽く汗を流す。
次に、花の香りのする石鹸を目の粗いタオルにこすりつけて泡立てる。
泡立ったタオルを使い、体をごしごしと洗っていく。
皆が体を洗う中、リディがツキフネの身体をじっと見ていた。
背が高く筋肉質で逞しく、薄曇りのような空鼠色の肌の全身には稲光のような青い入れ墨が走る。
戦士としても実に迫力のある筋肉を持つが、柔らかな胸や太もももそれに負けていない。
少女であるリディでも目を奪われるほど、大きく艶やかで美しい。
よく見ると、その美しい肌には細かな傷に大きな傷とたくさんの傷が刻まれていた。
だが、それさえもツキフネの戦士としての美しさ強調するかのようで、リディの赤色の瞳は美に酔ってしまう。
リディは酔いを醒ますために数度頭を振り、次はラフィを見た。
流れるような細やかな金髪。ツキフネとは対照的で傷一つない透き通るような肌。ピンと張ったまつげに揺らめく紫の瞳。
人形のような美しさを纏いながら、妖艶さを醸す。
胸はツキフネよりもやや小ぶりながらも、とても弾力に富み柔らかそう。
胸から視線を下へ降ろすと、はっきりとわかるくびれ、男性の視線を釘付けにしそうなお尻。
そうだと言うのに、足はすらりとしていて、衆目を集める舞台女優と言っても過言ではないスタイル。
リディは「はぁ~」と惚れ惚れするような感嘆の声を漏らして、頭を洗っているカリンへ瞳を振った。
烏の濡れ羽のように美しい黒色の髪は白い泡に包まれているが、一本一本の髪にしっかりとした芯が通っており、潤沢な毛量が黒を重なり合わせ一層の美しさを引き出す。
瞳を肌へ向ける。
白の中に幽かにオレンジ色が混じる絹のような艶やかで柔らかな肌。
そこには目立つほどではないが、長い旅で負った細かな傷が刻まれている。
視線を胸の部分でピタリと止める。
ツキフネやラフィと比べると見劣りするが、髪を洗う振動で揺れる胸は年相応の物よりも大きいと感じる。
また、ツキフネほどではないが腹や背は筋肉質で、戦士としてのカリンの姿をそこから感じ取ることができた。
リディは三人の肉体を観察し終えて、自分の身体を見下ろした。
白寄りの象牙色の肌。村の人々に殴られた傷痕。長い炊事に疲れたガサガサな爪先。
そして、まな板のような胸に、くびれなど皆無な腰に、小さな尻に、細すぎる足。
「はぁ~、皆さんと比べると全然……」
「どうされました?」
声をかけてきたのはラフィ。彼女は温かなお湯を吸い蒸気する肌に包まれ、胸に張り付いた髪を指先ですくい、自身の背に流している。
その姿を目にしたリディはまたもや溜め息を漏らし声を返す。
「みなさん、私なんかと比べて綺麗だな、と思いまして」
「あら、リディも可愛いですわよ」
「可愛いですか……ありがとうございます。でも、綺麗に憧れます。ラフィさんはとてもスタイルが良くてお綺麗ですし」
「わたくしは可愛いと言われたいですけどね。スタイルの方はこれからでしょう。リディはまだ十一歳なんですから」
「う~ん、こんなぺったんな体から期待が持てるんでしょうか?」
「たしかなことは言えませんが、これからが成長期なのでそう気に病まない方がよいですよ。それに、リディは可愛さだけでも十分魅力的ですから」
「可愛いはお子様みたいでやっぱり、ちょっと……」
「うふふ、リディは大人に憧れる時期なのかもしれませんね」
ここで二人の会話にカリンとツキフネが交わり、ラフィが返す。
「大人? 何の話をしてるの?」
「戦士に憧れているのか?」
「いえ、戦士ではなく、リディが大人の女性に憧れているようでして」
そうラフィが促すと、リディは自身の何の引っ掛かりもない胸を手のひらでさっと流す仕草を見せた。
それを見たカリンとツキフネは察する。
「ああ、そういうこと。わたしがリディくらいだった頃は同じくらいだったかも?」
「私はすでに膨らんでいたな。邪魔で仕方がなかった。今も邪魔だが」
「邪魔ですか、それはもったいないような……でも、カリンさんは私と同じくらいだったんですか? それじゃ、いつくらいから? どうやって?」
「十四くらいから安定してご飯が食べられるようになって、食べて、寝てを繰り返してたらこうなった」
「私も同じだな。たくさん食べて、十分な休息を取る。すると、勝手に膨らんだ」
「言われてみれば、わたくしもそんな感じですわね。特に何かを行ったわけではありませんが、十分な栄養が決め手だったのかもしれません」
「だとすると、栄養が取れてなかった私は……」
「いやいや、リディはこれからでしょう? 今はおじさんの栄養満点の料理を食べてるんだから、これからぐんぐん成長すると思うよ、背も胸も筋肉も」
「そうでしょうか? そうだといいんですが……背と筋肉はそこそこが良いですが」
「背と筋肉は戦士には必要不可欠なものだ。そこそこでない方がいい」
「ツキフネさん、リディは戦士としてよりも、大人の女性としての魅力に憧れていますのよ」
「そうか? 何も女性の魅力とやらが胸や尻に限るとは思わないが……リディがそれを望むなら私が口を出すべきことではないな。それならば、私よりもラフィやカリンが適任だろう。私は黙っているとしよう」
「指名されてしまいましたので、ここはリディのために何かアドバイスを上げたいところですね、カリンさん」
「う~ん、そうだねぇ。と言っても、何かあるかなぁ。良くある通説くらいしか思いつかないなぁ。牛乳いっぱい飲むとか」
「それ、効果が薄いようですよ。ですが、やはり栄養を取ることが大事でしょう。そう言えば、東方のマッサージにそういった効果が……」
彼女たちはリディの肉体の成長を願ってやんややんやと盛り上がる。
隣の男性浴場で風呂に浸かっていたアルラは大きな溜め息を漏らし、彼女たちの話を聞いていた。
彼は長い緑の髪の上に畳んだタオルを置いて、たゆんたゆんな巨漢で浴槽のお湯を押しのけつつ、でんっと巨大な尻を浴槽の底につけて、柔らかなお湯と温かさを体の芯に届けている。
その彼は隣へ声を掛ける。
「君たち、こちらまで聞こえているぞ。自重しなさい」
「え、聞こえてたの? おじさんのエッチ!」
「盗み聞きとは褒められた真似ではないな」
「はわわわわ、聞いてたんですか!?」
「アルラさん、デリカシーというものを学んだ方が……」
「とんだとばっちりだな。君たちの声が大きすぎるのが原因だ。こちらは聞く気のない話を聞かされただけだぞ。大体、そのようなくだらない話に興味はない」
「くだらない!? いいねぇ、その喧嘩買った!」
「さすがに余計な一言ではアルラ?」
「くだらない……ですか?」
「リディ、落ち込まないでください。男というのはそう口にしていても、女性の身体に興味津々なんですよ。アルラさんも、実際のところは女性の胸に興味がおありなんでは、フフ」
アルラはただ静かにしてほしいだけであったのに、のそりと話が盛り上がろうとしている。
だから彼は、この話をスパッと切るつもりで言葉を出したが……それが余計に騒ぎを大きくする結果となる。
「胸胸胸と……興味も何も、おそらくだが君たちよりも私の胸の方が大きいと思うぞ。それ以下の胸などに興味はない。わかったな」
「うわ、最低な返しだ」
「さすがの私もそれはないと言うのはわかるぞ」
「それはお胸じゃなくて完全なる脂肪です!」
「その通りです。女性のそれとは価値が違うんですよ価値が!」
と、騒ぎが大きくなり、アルラは湯船に口を浸けて誰にも聞こえぬように声を生む。
「ブクブクブクブクブクブク」
(ああ、かしましい。頼むから、静かにゆっくりと風呂に浸からせてくれ……)