第54話 答え
カリンの様子から重要な話と受け取った私は食後の後片付けを終えた後に、皆から離れ、木々に囲まれる中でぽっかりと開いた小さな広場へやってきた。
彼女はす~っと鼻から息を吸って、口から大きく吐き出す。
その様子は、何かの覚悟を決めるかのような仕草。
息を吐き終えると彼女は空色の瞳を私の黄金の瞳にぶつけて、まずは魔導都市スラーシュでの出来事を持ち出し、次にある問いをしてくる。
「スラーシュでの火事で、おじさんは魔法で火を消したよね」
「ああ、消したな。君もその場にいたから見ていただろう」
「うん……それじゃあどうして、オーヴェル村ではリディの家の火を消さなかったの? おじさんならあの時、燃えるがままに放置しなくても済んだはずじゃ?」
この問いに、私はわずかに瞳を開き、すぐに細めて小さな笑みを生む。
「フフ、すでに君の中で理由は……いや、答えはわかっているのではないか?」
こう返すと、彼女は眉をひそめ、下唇を噛む。
そして、訥々と言葉を漏らし始めた。
「火を消したおじさんを見て、何故スラーシュの火事では火を消したのに、リディの家の火は消さなかったのか? という疑問が頭に浮かんだ。その時にまず出てきた答えは、スラーシュの火事の場合、消火に協力しておけば何らかの益がある。だけど、リディの家を消火しても益はない。おじさんはそう考えたのかと思った」
「たしかに、オーヴェル村では礼は望めそうにないが、スラーシュではそういった期待が持てる。しかし、君の答えはそこで落ち着かなかったのだろう」
「……うん、もう少しだけ深く考えた。リディの家の火を消さなかった理由を。それは消す必要性がなかったんじゃないかって。そう考えると、それに対しての理由が生まれる」
「なんだ?」
「それは、リディが私たちの旅の仲間になる理由。火事のせいで全てを失ったリディを放っておくわけにはいかない。そうすると、リディの旅の同行を嫌っていたおじさんに対する説得材料になる。もっとも、この時点で私はおじさんが強く反対していなかったことを知っていたけど。火をつけた人は知らなかったから、その覚悟をおじさんは黙って受け取ることにした」
「ふむ、面白い」
「次に、元々本気で反対していないのになんであんな意地悪なことをおじさんは言ったのか? 思い至った理由は二つ。私の覚悟を試すためか……リディに何らかの疑いがあり、それを炙り出すためか」
ここでカリンは一度言葉を切り、リディたちが寝床の準備をしているであろう場所へちらりと瞳を振った。
彼女は軽く頭を振り、話を続ける。
「私の覚悟を試す。そういった部分もあったと思う。でも、それはどうでもいい。問題は私の中にリディへの嫌疑が生まれてしまったこと。それは私の中には全くなかったもの。だけど、スラーシュの火事をきっかけに、思考はそこへ至ってしまった。そうなると、リディへの見方が……変わってしまう」
「どう、変わったんだ?」
「私はオーヴェル村での出来事を逆算して考えてみた。燃え盛るリディの家。誰が火をつけたのか? 真っ先に疑ったのは少年たちの存在。だけど、リディに対する疑念が生まれたせいで、もしかしてあの子が火をつけたのでは? そんなことを考えてしまった」
「では、彼女はなぜそんなことを?」
「それは最初に話したものと同じ。旅の同行を反対していたおじさんを納得させるため。リディが全てを失えば、おじさんを説得しやすい。そして、私がそんなリディを絶対に見捨てたりしない。この火事は……リディがそこまで計算して行い、少年たちに嫌疑が向くような状況を演出し、自分の家に火を放った」
彼女は自身を抱きしめるような仕草を見せて、両手で体を覆い、つめ先を立てる。
「リディは私の優しさを利用しようとした。おじさんはそれをわかっていたから、あえて火を消さず放置した。リディの行動と思惑が何なのか? それが私に対する宿題として……」
涙は流していないが、目頭を押さえる。感情は高ぶっているようで、体は小刻みに震える。
それでも、彼女は言葉の歩みを止めない。
淡々と残酷な真実へと近づいていく。
カリンはオーヴェル村の出来事を遡っていく。
――リディは何故、深夜に村の井戸へ行ったのか?
それは貫太郎へたくさん水を与えたかったから。
――何故、貫太郎に水を与える必要があった?
水汲みの帰りに、水甕の蓋が緩んでいたため零れてしまったから
しかし、カリンはしっかりと封をしていたはず。それが何故か取れていた。
つまり、蓋を外した者がいる。それは同行していたリディしかいない。
――では何故、リディがそのようなことを行ったのか?
それは深夜に水を汲みに行くという都合を生むため。
――なぜ、深夜に水を汲みに行ったのか?
それは『誰にも見つからないようにするため』。
だが、見つかった。しかし、これは『計算通り』。
その後、わざと少年たちにぶつかり、彼らをおびき出してリディの家に火をつけた容疑者としてカリンの前に並べた。
リディを思うカリンにとって、リディは犯人に成り得ない。そこまで計算して。
ここで問題になるのは『誰にも見つからないようにするため』と『計算通りに見つかったこと』
矛盾――その矛盾に対して、カリンは苦しそうに息を吐きながら言葉を続ける。
「リディに何か目的があると感じた私は、あの子とのやり取りを思い出す。その中にあった、とても不自然な出来事。それは――――擂り鉢を落として割ったこと。私の方が傍にいたのに、リディは飛びつくように擂り鉢へ手をかけて、落とし、割った。あの時は気遣いが過ぎただけだと思ったけど……違う」
「何が違うんだ?」
「あれは、私に使わせたくなかったから」
「何故、使わせたくない?」
「……村では風邪のような病が流行っていた。私はここまでの思考で気づいてしまった。風邪のような症状を見せる毒の存在に。リディはそれを擂り鉢で磨り潰していた。だから使わせたくなかった。使えば、自分も毒を摂取することになるから……」
「毒とはなんだ、カリン?」
「それは、それは、それは…………リディの家に大量にあったモイモイの実! あれは生活が苦しいから食料として置いていたわけじゃなかった。これを使い、『誰にも見つからないように』井戸へ投げ入れた。その後、『見つかることで』私たちの同情を誘い、自分の行為を隠蔽した。そうして村の人たちを――――くっ!」
続く言葉を産み出せず、カリンは口元を覆い、呻き声のような言葉を一言漏らす。
だが、真実から逃げることなく、核心へ至る言葉を漏らした。
「リディは、自分が井戸を使えない立場を利用して、この計画を思い至った。そして、あの日、リディは私たちの旅についていく覚悟を決めて、深夜に止めとなるモイモイの実を井戸へ投げ入れた。それは村の人々の命を奪える十分な量。リディは旅の同行理由となる決め手と、復讐の完遂を同時に得るために、あの水甕の蓋を取っていた……」
涙は決して見せず、言葉だけに涙を乗せる。
これは許されざる所業。その罪に対する当惑。同時に、十一歳の少女をそこまで追い詰めていた村への怒り。
リディの罪と嘆きに、カリンの心は引き裂かれていく。
私はカリンへ、短く言葉を返す。
「宿題、完遂だな。見事だ。百点満点をやろう」
「いらないよ、そんな点数」
「そうか? では、代わりに捕捉を伝えよう」
「捕捉?」
「リディの家に置いてあった、彼女の財産が入った袋。あれはリディが村から出て行く準備を行っていたものだ」
「あ……あれって、そうだったんだね。おじさんはその時からすでにリディに対して疑念を抱いて、わざとつらく当たり、リディの様子を見ていたんだ」
「そういうことだ。もっとも、最初に出会ったリディは本気で死ぬ気だったので判断は鈍ったが……君との出会い。君の優しさに触れたことで、生きることへ心が強く傾いたようだ」
「リディの決断は、私のせい、なのかな……」
「生きることへの決断には影響を与えているが、彼女の罪に対しては関係ない。あの子は私たちが来る前から準備をしていて、すでに井戸に毒を投げ入れ、村人の身体をゆっくりと蝕ませていた」
「そう……そう、なんだ。私のせいだったら、よかったのに……」
ゆっくりと頭を沈めて肩を落としていくカリンは、リディに宿った殺意が自分のせいであればよかったのにと呪う。
そうであれば、己を責めることでリディを庇ってやれる――だが、それはできない。
私は彼女から視線を外して、暗闇に問い掛ける。
「君たちはいつまで盗み聞ぎしているつもりなんだ?」
問いの答えとばかりに、暗闇から四つの姿が現れた。
貫太郎・ツキフネ・ラフィ……そして、リディ。