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第52話 迫る、教会騎士シュルマ

―――――オーヴェル村・シュルマ



 星天騎士団団長、教会騎士シュルマは影の民の気配を追って、オーヴェル村へ訪れていた。

 村は陰鬱な雰囲気に包まれており、すすり泣く声があちらこちらから聞こえてくる。


 彼女は村の中心にある井戸の前で、先端だけが鉄で覆われた木製のシャベルを手にしている複数の男たちへ声をかけた。


「あなた方、何かあったようですが、どうしたのですか?」

「誰だ、あんたは?」

「チッ、またよそ者かよ。さっさと村から出て行けっ……てえぇぇえぇぇ!? 教会騎士様!?」


「いかにも教会騎士です。それで、何が?」


 彼らから事情を聞く。

 その内容は、面倒を見てやってた半魔の少女が旅の者に唆されて、井戸に毒を投げ込み、そのせいで村人が十数名ほど亡くなったという話。

 彼らは亡くなった人々の埋葬のためにシャベルで墓穴(はかあな)を掘って、戻って来たばかりだったそうだ。


 村人たちはシュルマに訴える。

「貧しくも平和だったはずの村がこんなことに……」

「今もまだ、高熱にうなされている者もいます」

「村で唯一の井戸も使えないため、遠くの湧き水まで水を取り行かなければならない始末」


「「「教会騎士様! どうか、あの者らに神罰を!!」」」


 彼らの懇願の声を聞き、シュルマは軽く眉を折る。

(私を見るや否や、村から出て行けと言いましたが……ここは排他的な村のようですね。そこに住んでいた半魔の少女。果たして、本当に面倒を見ていたのでしょうか? ……まぁ、そのようなことはどうでもいいでしょう。尋ねるべきことを尋ねましょう)



「村に訪れたよそ者とは、オーガリアンの女性に十代の少女に太った男に牛ではありませんか?」

「え!? ええ、まさにその通りです!!」

「知っておられるのですか?」

「もしや、教会騎士様が直々に追っている異端者では?」


「そうではありません。ただ、その者らに所用があるだけです」

 シュルマは追っているとは言わなかった。もし追っていると返せば、一団を恨む村人たちが、無用に騒ぎ立てる様子が目に見えていたからだ。

 彼女は無言で物思いに耽る。


(ツキフネが毒を投げ込むという真似を少女へ指示するわけがない。また、理由は不明ですが、影の民と魔族は人々に手を貸している節がある。これは何かの食い違い? それとも、半魔の少女が単独で引き起こし、ツキフネらは濡れ衣を着せられた? 後者でしたら、半魔の少女の面倒を村が見ていたという内容のお粗末さが、容易に想像つきますね)



 シュルマは男たちへ向き直り、礼を述べる。

「情報、感謝します」

「いえいえ、教会騎士様に協力するのは当然ですから」

「そうですか。あなた方の教会に対する献身的な姿勢に、モリナ猊下も深く感激されることでしょう」


「おおお~、教会騎士様の声よりモリナ猊下様の名をお耳に賜るとは!」


 創造神カーディを敬い、その声を届けることのできる教会の指導者モリナ猊下の名を前に、村人たち大変ありがたがっている。

 その姿を見つめたシュルマは、顔には出さないが心の中では侮蔑の想いを抱いていた……モリナ猊下へ――。

(あの男の名を出すだけでこうまで喜色を表すなんて……知らぬというのは幸せですね)



 彼女は心に宿った穢れを払うかのように、さっと胸を撫でて村人たちへ向き直る。

「創造神カーディに仕える教会の騎士として、オーヴェル村の悲劇に祈りを捧げます」

 そう恭しく言葉を唱えると、シュルマは小さく柏手を打つように手のひら同士を合わせ、そこから手のひらをずらし斜めにして握り締める。

 そしてそれを口元近くに置き、祈りの言葉を捧げた。


「創造神カーディよ、鎮魂の調べにて死者へ安らぎを与え、天の庭園へと導き給え」


 教会騎士直々の死者への祈りとあって、村人たちは礼を口々にし、感激のあまり涙を流す者もいた。

 シュルマは彼らをこそりと覗き見て、心でこう唱える。


(彼らの偏狭さは村に教会が無く、徳義(とくぎ)を養う機会がなかったためでしょう。正教師(※教会の教えを伝える者)を送るよう、中央に書簡を送る必要がありますね)




――――魔導都市スラーシュ


 シュルマはオーヴェル村を離れ、魔導都市スラーシュへ訪れる。

 スラーシュの教会で情報収集を行い、その後、領主ユングナーの屋敷へ向かう。


 美術品や手織りの絨毯などで着飾った広々とした豪奢(ごうしゃ)な部屋。そこにある、厳かで重厚な赤色のソファに彼女は深く腰をかけて、相対するユングナーに話しかける。

 彼らを包む空気は重苦しい……。


「スラーシュの教会で話を聞いております。影の民が現れ、街を混乱へ導いたそうで」

「ええ、その通りです」


 彼は言葉に極めて感情を乗せず、非常に淡白な返事をする。

 だが、内心は焦りに心を焼かれていた。

(な、何故、教会騎士のシュルマ様が!? あの騒動からまだ十日も経っていないんだぞ!? 騒動を耳にしたには早すぎる! もしや、あのカリンという少女は、すでに捕捉され追われていたのか!?)

 

「あら、ユングナー様? いかがされました?」

「え? それは、どういった意味で?」

「いえ、ユングナー家の三女であらせられるラフィリア様が影の民に(くみ)したというのに、ずいぶんと落ち着いておられるので」


「だからこそです。心の内は嵐のように感情をかき混ぜられているからこそ、それを内に留め置こうとしているのです」

「さようですか。さすがは十万都市を預かる御領主…………ですが、その御領主であらせられる三女ラフィリア様の教会批判は頂けませんね」



 絶大な力を持つ教会。

 彼らは創造神カーディの代弁者。そのような存在に対して批判を行うことは、神に向かい唾棄するに等しい行い。


 シュルマが発した言葉は実にゆったりとしたものであったが、言葉の一音一音に圧を籠めてユングナーの心を()し潰そうとする。

 しかし、彼は涼し気な仮面を崩さず、シュルマの闇夜のような瞳をじっと見つめ、言葉を返す。


「ラフィリアに敬称は結構。すでにあの者は娘ではなく、グバナイト家とは何ら関係のない存在ですから」

「フフ、そうでしたね。衆目が集まるの中で親と子の縁を切ったそうで」

「ええ、その通り。影の民に(くみ)し、教会批判を行うなど言語道断。あのような痴れ者、私の娘ではありません」

「一応の筋は通した、というわけですか」



 この言葉にユングナーは語気を強める。

「一応とは無礼な! 我がグバナイト家は創造神カーディの信徒であり、教会の教徒でもある! 何故(なにゆえ)に、そのような無体な言葉を!?」


「これは申し訳ありません。言葉が過ぎました。では、私は役目があるため、失礼させていただきます。影の民を捉える役目がありますから……」



 彼女がソファから腰を上げると、それに合わせユングナーも立ち上がる。

 その彼へシュルマは妖艶な笑みを見せた。

「ふふふ、ラフィリア様……いえ、賊徒のラフィリアが抵抗を試みるようであれば、切り捨てることになりますが、よろしいのですね?」

「先程も申しましたが、我が一族はカーディの信徒であり教会の教徒。そして、アレはもはや娘ではない」

「そうですか。では、私は遠慮なく役目を務めさせて頂くとしましょう」



 ソファから離れ、扉へと向かっていく。

 ドアノブに手をかけて、開き、重苦しさに(さいな)んでいた部屋へ爽やかな風を通す。

 そして、一歩、外へ足を出すが、シュルマは動きを止めて、ユングナーに顔だけを向けた。


「中央への書簡。北の街道を経由したそうですが、あちらは崖崩れで復旧に時間がかかるはず。まさか、娘が追手から(のが)れられるように報告を遅らせようとしたのではないでしょうね?」

「その報告を受けたのは、書簡を届けるように指示をした後であったためですよ。役目のため疑念を抱かれるのは致し方ないとはいえ、先程から少々非礼ではありませんか、シュルマ様」


「非礼であれば、そちらの方が良いのですが……十万都市の領主の御心に二心がありとなりましたら、それこそ一大事ですので」

「ふふ、お戯れを。そのようなもの、微塵もありません。ですが、やはり、御言葉が過ぎるかと……お引き取りを」



 しばし、二人は互いに瞳を見つめ合う。

 そこに力など決して入れず、ただ、本当に見つめ合っているだけ……。


 シュルマは笑みを見せて、言葉を軽く跳ねる。

「北が駄目と聞いたならば、すぐに南を利用すれば良かったと思いますが?」

「新たに報告書をまとめるよりも、そのまま北を経由させた方が幾許(いくばく)かは早いと思いましてね」

「ふふ、そうでしたか。それでは致し方ありませんね。数々のご無礼、申し訳ございません」

「いえいえ、重責は理解しておりますので」

「ご理解に感謝いたします」


 シュルマは深く頭を下げる。

 そして、頭を戻して再びユングナーの瞳を見るが――――そこには凍てつくような殺気が宿っていた。


「ユングナー、これは私個人の判断による寛容な裁定です。罰が、娘一人で済んだことに感謝しなさい」

「――――あ、うっ」


 彼はシュルマに何かを語りかけようとした。

 だが、瞳から放たれる針のような視線が彼の口を縫いとめて声を束縛する。

 部屋はまるで寒風に晒されているかのように空気が凍え、突き刺すような痛みが肌を(さいな)む。


 シュルマは踵を返し、部屋から去っていく。

 彼女の姿が瞳から消えたところで、ユングナーはへたり込むようにソファへ崩れ落ちた。

 全身から冷や汗を吹き出して、彼は声を震わせる。


「な、なんという、殺気。深さ。恐ろしさ……あれが教会騎士シュルマ。ふふ、ふふふ、わたし如きではどうすることもできない。大魔法使いと呼ばれた私が斯様(かよう)にちっぽけな存在だったとは…………名も知らぬ男よ……どうか、どうかあの深淵から――ラフィリアを守ってくれ!」

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