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第47話 最新の魔法と魔王の魔法

――火事の現場



 魔導都市とあってすでに大勢の魔法使いが集まり、水の魔法を使用して消火に当たっていた。

 だが、水を撒いているのは出火元の店舗の周りだけ。

 あれは延焼を防ぐための行為。


 出火元である店舗はいまだ激しく炎を巻き上げているが、誰も消火に当たっていない。

 店舗から吹き上がる炎は勢いを増すばかりで、赤色の炎だけではなく青や緑の炎と混じり合い、色彩豊かなダンスを見せている。

 このまま放っておくと火の粉が周囲に散り、いくら延焼回避のために水を撒いてもいつかは火がつき、火が広がっていく。


 だが、誰も火元の消火を行わない――何故ならば、出火元に水をかけることができないからだ。



 私は息切れを交えながら、炎に踊る店を見つめた。

「ぜぇぜぇぜぇ、やはり急に走ると駄目だな。しかし、出火元が魔道具屋とは……」


 魔道具屋――読んで字の如し、魔法の道具を扱う店。取り扱う物の中には危険な薬品も混ざっている。

 そのため、下手に水を掛けようものならば、その水に反応して炎の勢いが増す可能性がある。下手をすれば大爆発だって起きかねない。

 だから、大勢の魔法使いが居ながら誰も水をかけることができないでいるのだ



 先行していたカリンは魔法使いに混じり軽い火傷を負った者の世話をしながら、周囲の者たちへ指示を与えている。

 そのようなカリンの姿を目にすると、彼女は生まれながらにしてリーダー気質なのだなと感じさせる。


 カリンと一般の協力者たちは軽傷者を中心に診て、治癒魔法が使える魔法使いたちは深い火傷を負った重傷者を診ているようだ。

 私はざっと周囲を見回す。


 店は内側から食い破られたように損傷していた。様子からして、内部で爆発があったと思われる。

 そのため炎だけではなく、爆発が周囲に大きな被害を与えて多くの怪我人を生み、癒しを操る魔法使いの数が足りていない。

 リディは大声を上げてやじ馬が近づくことを制して、貫太郎も不用意に近づこうとする者の邪魔をしている。

 


 人々が混乱する中で、最前線に立つラフィが領主の娘として魔法使いと警備兵たちの指揮を執る。

「怪我人を早く遠ざけて安全な場所へ! その場所で冒険家であるカリンさんの指示に従って! 野次馬は下がりなさい! まだ、爆発が起こるかもしれません!! 魔法を操れる者は名乗り出て。出火元には魔力を充てないように!」



 魔力を充てるなという指示の意味は、店舗内に残る魔道具が魔力に触発され起動しないようにするための処置だ。

 私は忙しなく手と口を動かしているラフィに状況を尋ねる。


「ラフィ。鎮火のための機構はないのか?」

「え? あ、アルラさん。それはもちろん、商店街ですもの、火事には最大限の警戒を行い、どの店舗にも鎮火の機構を備える法があります。魔道具屋にはそれ専用の……ですが、このお店は!」

「法を破り、備えてなかったわけだ」

「その通りです! まったく、僅かなコストを嫌いなんて真似を! 今は魔導専門の消火部隊が到着するまで、被害の拡大を防ぐのがやっとで……」



 ツキフネが私たちの会話に交わる。

「店自体を結界で覆い、酸素を遮断しては?」

 この言葉にラフィは顔を横に振った。

「燃えている物は薬品や魔道具を燃料とするもので、中には酸素が含まれているものもあります。ですから炎は消えませんし、むしろ結界の力に反応して新たに魔道具が起動する可能性も」


「そうか、厄介だな」

「ええ。ですけど、そうね……魔道具が魔力に反応しないように、結界の範囲を広範囲にすれば…………延焼止めに回っている皆さん! 一時退避してください! 店を包む広範囲の結界で一時封じ込めて、消火部隊が来るのを待ちましょう!!」



 そう言って、彼女は左手の人差し指にはめている、青い魔石の表面を指で(こす)った。

 すると、魔石は光を放って魔道具を形作り、その姿を現す。


 ラフィは魔道具を左手に持ち、ドンと地面を叩きつけた。

 その形は杖や(こん)錫杖(しゃくじょう)などとは違い、まったくもって魔法使いらしからぬ道具。

 彼女は巨大な大槌(おおづち)を片手で持ち上げて、店先へ向ける。


 横っ腹に青い宝石の埋まる漆黒の大槌を目にした私はぼそりと唱え、それにツキフネが答えた。

「どうして、大槌なんだ……?」

「大槌を振るう魔法使いなど初めて見るな。重そうに見えるが彼女は見た目より頑強なのだろうか?」

「いや、見た目は重そうに見えるが、おそらく軽いのだろう」



 私たちがラフィの魔道具に対して感想を述べ合う中、彼女は魔力を大槌に集めて、大きく振るい地面を叩く。


広域結界(キャカデュル)!」


 出火元に隣接する店舗の一部を破壊しつつ、広範囲を包む結界が生まれた。

 結界壁は出火元から十分に距離を取っている。あれならば、店舗内に残る魔道具に魔力の影響は及ばないだろう。


 彼女は結界を維持しつつ、周囲に大声を張り上げた。


「結界で破損した店舗はこのグバナイト家の三女ラフィが保証いたします!! 延焼止めにご協力をしていただいた魔法使いの方々は結界の補助を!」


 指示に従い、魔法使いたちが結界に魔力を注ぐ。

 私はその様子を見て、深い溜め息を漏らす。


「はぁ、やはり、最新の魔法は術式が複雑だ。これでは私の魔法などあっさり解析されるはずだな。だからと言って、旧魔法に慣れ親しんだ私では学び(がた)く。何ともはや……」



 瞳を結界から出火元へ向ける――そこで気づく!


「ラフィ! 結界が内部から破壊されるぞ!! 今すぐ解け!!」

「え!? きゃぁあぁあ!!」


 出火元の内部から魔力が膨れ上がり、ラフィたちの結界を吹き飛ばした。

 魔力を帯びた結界の破片が爆風に混じり、周囲へ飛び散る。


 飛び散った結界の破片が甚大な被害を与えることは想像に容易い。

 ラフィは爆風によって巻き上がった砂煙に瞳を痛め、激しい爆発音に耳から音を失いながらも周囲へ意識を向ける。



 しかし、爆発による驚きの悲鳴は聞こえるが、痛みに(さいな)む声は全く聞こえてこない。

 彼女は何が起こったのかと、砂が残る瞳をしばしばと開け閉めしながら前を見た。



 そこには結界。

 とても単純な術式で、魔法使いならばいとも簡単にかき消すことが可能な結界があった。

 だが、それとは裏腹に、注がれる魔力はラフィたちが生み出した結界とは桁違いであり、壁は重厚。

 そのような壁が、出火元の全周囲を囲むように張られ、先程の爆発から人々を救っていた。


 もちろんその結界を張ったのは、この私だ。

 魔力源が私であることに気づいたラフィが小さな言葉を落とす。

「あ、あなたが……」

「ああ、そうだ。私の魔法は古く稚拙なため、お見せするのは恥ずかしいがそこは勘弁してくれ」

「い、いえ、助かりました。あの、先程の爆発の原因は?」

「魔道具屋の中に結界破りらしき道具があったようだ。さらには~~」



 私は店舗内部を覗き見るかのように目を細めて見つめる。

「おいおい、爆弾類があるぞ。あれに引火したらことだ。炎力(えんりょく)を宿したオーブまである。これだけのものを扱いながら、鎮火のための機構をケチったとはとんだ家主だ」

「ど、どうして、内部にある魔道具がおわかりになるですか?」

「使える術式は拙いが、魔力感知には自信があってな」


「感知って……様々な魔導具類が発動し、干渉しあっている中で、それを正確に読み取ることができるなんて。そんなの、そんなの、私はおろか……」

(お父様にだって不可能よ……)



 何やらラフィが(ほう)けているが、彼女に構ってやる暇はない。

「ラフィ、消火部隊を待っている間に残った爆弾やオーブに引火しそうだ。私が火を食い止めるぞ」

「え!? ですが、魔力の干渉が魔道具に!!」

「干渉しないように制御できる。まぁ、見ているがいい」


 

 私は人差し指と中指を立て、(そろ)え、横にスッと振った。


極大氷呪文(バラフ=シャディラフ)


 さらりと流れるように生まれた言葉と共に、時までも凍てつかせる風が巻き起こり、それは燃え盛る炎に触れた。

 すると、炎は自身の形を残したまま凍りつく。


 炎の形の氷はぴしりぴしりとか細い音を立てながら炎を侵食していき、内部へ内部へと熱の宿らぬ澆薄(ぎょうはく)な痛みを届け、やがては全てを無音へと返した。


 炎たちが熱情を振りまき踊り狂うダンス会場は冷冷たる支配者に封じられ、完全に熱を失った。

 あるのは、静謐な冷たさのみ……。



 冷たさは人々の言葉まで凍りつかせる。

 私は最新の魔法を操る者が(つど)う場で、旧式の魔法をお披露目したことを恥じらう。

「いやはや、君たちにお見せできるような魔法でなく恥ずかしいね」


 そんな私を、ラフィは紫の瞳を限界まで見開いて睨みつけていた。

(な、なんですか、この方は? たしかに術式はお粗末ですが、魔道具が溢れる場でありながら、一切の干渉を起こすことなく魔力を制御するなんて。しかも、旧式とはいえ、氷系最強の呪文を細部まで制御し操るなんて!!)


 ラフィは瞳を揺らめかせて、私から逸らし、顎元に手を置くと、人差し指を頬に食い込ませるほど当てる。

(魔王……そう仰いましたが……まさに、魔王でなければ行えない魔法……ですが、真に魔王でしたら、何故、このような古い術式しか扱えないのでしょうか? 何故、国から離れ旅を? 何故、カリンさんと共に旅を?)


 何やら無言で頭を悩ませ続けているラフィへ、私は声を掛けようとした。

 だが途中で、奇妙な視線に気づく。

 視線の主はカリン――どういうわけか、彼女は(いぶか)しがる目を私へ向けていた。


(カリン?)

 意識をラフィからカリンへ移そうとしたとき、そこへ――



「ほ~、どうやら、すでに消火は終えていたようだな」

「ん?」


 私は声へ顔を向ける。そこに居たのは中年の男性。

 彼は自身の名を唱える。


「あなたが協力してくれたのかな? 私は魔導都市スラーシュの領主ユングナー=フッカ=グバナイト。ご協力に感謝する」

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