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第42話 魔導都市スラーシュ

 私たちの旅は続き、魔導都市スラーシュを目指す。

 到着までにひと月はかかるが、その間にリディへ基礎体力を付けさせて、ナイフの扱いを指導していく。


 彼女は半分魔族であるため人間族よりも回復力が高く、十分な栄養を伴った食事を取ることによって、痩せこけていた手足は十一歳の少女本来の健康な肌と骨と筋肉を取り戻してきた。


 また、ナイフの扱いに才能があったのか、その才をめきめきと伸ばしていく。

 護身術もそう。


 これもまた半魔であるため、健康であれば幼子であっても人間族の青年並みの力を持っており、その力と子どもとしての柔軟な体が相まって、そこらのチンピラ程度ならば彼女の敵ではないと太鼓判を押せる。

 ただし、実戦経験がないため、その時が来ないと体が訓練通り動いてくれるかはわからないが……。



 リディを鍛えつつ、カリンはツキフネの胸を借りて腕を磨き、貫太郎は私たちの荷を運んでくれて、私は食事当番を続け、ひと月――ついに魔導都市スラーシュに到着した。

 



――――魔導都市スラーシュ


 白き堅牢な城壁に囲まれた都市。鳥の目を借りて城壁を望めば、魔導の力を高める六芒星の形を見ることができるであろう。


 都市とあって十分な警備がされてあると思いきや、自由都市を標榜していることもあり、旅人には寛大だ。

 それは私たちのような怪しい集団であっても……メンバーに賞金稼ぎとして武名を博するツキフネがいたおかげで門番が通してくれた面もあるが。



 ともかく、私たちは百を超えるの人々を一息に飲み込むことのできる石製の巨大な門をくぐり街の中へと入る。

 太陽の光を隠す門内を数十歩を歩み通り抜ければ、白い光が瞼を焼く。

 

 しかし、それも束の間。


 すぐに光に慣れた瞳は広々としたメインストリート、背の高い多くの建物、商店に露店。そして、目も眩むような人々の行き交う様を映す。



 この中で都会を知らぬリディはカリンから譲り受けたオレンジ色のワンピースを纏い、貫太郎の背に乗ってはしゃぐ思いを抑えきれず、あちらこちらに指と瞳を動かしてはカリンに話しかけてころころと笑う。


 因みに、幼いリディにカリンの服が合うように調整したのは私だ。


 料理に裁縫と、私は何をやっているんだろうな……と、思うところはあるが、罪深く心に傷を負う少女から笑顔の一つを産み出せたので、その苦労は十分補える、ということにしておこう。

 


 私は二人の微笑ましいやり取りも見つめ、小さく笑いを立てつつ、ツキフネに話しかけた。


「ふふ、リディは楽しんでいるようだ。私が貫太郎の背に乗れず、リディが乗っているところは納得できないが……。ツキフネ、君はこの街に訪れたことはあるのか?」

「いや、初めてだが、それでも噂には聞いている。西方一の魔導都市であり、魔導学園グラントグレンの名はクラムエンシェント王国中に響く。現在、宮廷魔導師の三分の一がこの学園の出身者だそうだ」


「ほう、それは凄い話だ。ということは、最先端の魔法を学ぶ機会を得ることができるわけだな。リディも魔法に興味があるようだし、少々長居しても良いかもしれん」

「その予定は落ち着いてからにしよう。まずは宿だ」

「そうだな、貫太郎も休むことのできる宿が必要だ」

 


 そう言葉を出すと、貫太郎が声を返してきてくれた。

「も~」

「ふふ、貫太郎はどんな宿が望みだ?」

「ももも~、も~」

「ふむふみ、厩舎(きゅうしゃ)が広く水がうまい場所が良いと。では、そういう場所を選ぶとしよう。食事の方はいつも通り、師匠直伝私アレンジ配合の飼料だ。ただし、今日は特別に果物を多めにしよう」

「ぶも!」

「あはは、喜んでくれて嬉しいよ。さて、そうなると宿選びとなるが……」



「わたしが誰かに聞いてくるよ」


 声を上げたのはカリン。

 彼女は手を上げると、私の返事を待たず近くを歩いていたおばさんに声をかけている。彼女の行動力とコミュニケーション能力は私たちの中で群を抜いている。


 数分後、カリンが戻って来た。なぜか、両手にお菓子を抱えて。

「えへへ、おばさんから貰っちゃった。はい、リディ」

「うわ~、飴とクッキーがいっぱい! いいんですか?」

「うん、でも、食べるのは宿についてからね」

「はい、皆さんでゆっくりお茶にしましょう!」



 見知らぬおばさんから大量にお菓子をせしめるとは……私が彼女と初めて出会い頼み事をされた時や、パイユ村での村人からの慕われ振りを見ると、彼女にはやはり人を惹きつける魅力というものがあるようだ。

 これは王を目指す者には必須の才能。


「カリン、お菓子はいいが、宿は?」

「もちろん、ちゃんと聞いたよ。宿場街があるんだって。その場所の地図を書いてもらったから、私が案内するね」


 そうして、カリンを先頭に宿場街を目指したのだが……。



―――宿場街?


 壁高く立派な門と屋根を持った、これもまた立派な屋敷が建ち並ぶ光景が広がる。

 どう考えてもここは――


「貴族街だな……カリン?」

「あ、あれ、おっかしいな? 地図通り歩いてるはずなんだけど」

 横からツキフネが地図を覗き込み、眉間へ皺を寄せる。



「先ほどの曲がり角で道を間違っているのではないか?」

「え、本当!?」

「おそらくこの分岐で右の下り坂へ向かわないといけないところを、左の上り坂に入っている」

「あ! そ、そうかも。みんな、ごめんなさい!」


 初めて訪れた街。

 地図があったとしても迷うのは仕方ないこと。

 だから、誰もがカリンの謝罪を受け入れたが、それを許さない者たちが現れた。



「ちょ~っと、いいかな君たち? 一体何の用事で貴族街に?」


 話しかけてきたのは街の警備兵二人。

 彼らは貴族街にらしからぬ(やから)がいると通報を受けたのか、はたまた巡回中に私たちを見咎めたのか? なんであれ、彼らは私たちへ職務質問を仕掛けてきた。


 まぁ、貴族街に牛と農夫姿の男と幼い女の子と冒険家の少女とオーガリアンの女性が訪れたら怪しまれるに決まっている。

 貴族街でなくとも、私たちは一風変わった集団に見えるというのに……。


 ツキフネが警備兵の二人に受け答えをする。

「私はツキフネ。賞金稼ぎをしている。当方は道を迷っただけだ。すぐに来た道を戻り、宿場街を目指す」

「ツキフネ? あ~、あなたがあの有名なツキフネさん!」

「いやはや驚いた。たしかに強そうだ。オーガリアンであることを差し引いても、並々ならぬ気配を纏っているな」



 彼らはツキフネのことを知っているようだ。それも好意的な方で。おかげでやんやと盛り上がる。

 これなら注意のみで解放されるだろうと思いきや、その目算は崩れ去る。


「あの~、悪いんですけど、貴族の方から通報がありまして、一応形式的にも取り調べをしないとならないんです。ツキフネさん、詰所の方までご同行願いできませんか?」

「私の身分が不明というのならば、この街の冒険宿に問い合わせてもらって結構だ。冒険宿に賞金稼ぎの登録名簿が置いてある」


「いえいえいえ、ツキフネさんのことは十分にわかっています。この威風に大剣を背負うオーガリアンの女性はそうはいないでしょうし」

「ですけど、他の方々の身分の方を照会させて頂きたく……」


 ここで私が話し加わる。

「照会と言っても私たちは旅の者だ。この街に戸籍など置いていないし、また、戸籍を持ち歩いているわけではないぞ」

「それはわかっています」

「ですので、書類に出身と旅の目的などを記していただきたく、ご同行を」



 同行するのは簡単だが、詰所には彼ら以外にどんな人間がいるかもわからない。

 彼らはオーガリアンのツキフネに好意的だが、そうでない人間がいれば、余計な手間が掛かる可能性がある。


 また、私たちの腹を探られるのは非常に危うい。もちろん、いくらでも誤魔化せるが、万が一ということもある。

 できれば、お目こぼしをして欲しいが……彼らも仕事。


 巡回中に目に入った職務質問ならともかく、貴族からの通報を受けてとなれば形式的にも取り調べが必要なのだろう。

 だから、ツキフネに配慮して言葉は柔らかくとも、譲る気はないという意思がしっかり伝わってくる。


 さて、どうしたものかと思案する。

 そこに女性の声が響く。



「その必要はありませんよ」


 

 皆が一斉に声が響いてきた警備兵の後ろへ顔を向けた。

 そこに居たのは、多様なフリルとラメを散りばめられた瀟洒(しょうしゃ)な赤いドレスを纏った貴族の少女。

 輝く金の長い髪に、絹のようにきめ細やかな白い肌を持つ。年齢はカリンとさほど変わらないと見える。


 しかし、幼さが残るカリンとは対照的で、大人の女性としての蠱惑さと知性を感じさせる怜悧な紫の瞳を揺らし、深いスカートの上からでも分かる長い足とその先にある細い足首にヒール。そして、男たちの欲望の瞳を固定させるふくよかな胸を持つ。


 さらには、左の人差し指に蒼い魔石の指輪。

 あれはリディの母の形見と同じで、魔道具……つまり、この少女は魔法使い。



 少女を見た警備兵がぴしりと背筋を伸ばして言葉を交わす。

「こ、これはラフィリア様!」

「な、何か御用でありましょうか?」


「あなた方に御用はありませんよ。ただ、旅の方々を困らせていたようなのでお声をかけただけです」


 ラフィリアと呼ばれた少女は顎に手を置きつつ、人差し指で頬を押さえて柔らかく微笑んだ。

 ただそれだけの所作であっても気品というものを漂わせる。貴族は貴族でも、かなり(くらい)の高い貴族と見える。


 彼女に対して、警備兵は事情を説明するのだが……。

「いえ、あの、貴族方から怪しい者がいると通報がありまして~」

「それで、念のために詰所まで~」

「わたくしが必要ないと言っているんですよ? そうだと言うのに、あなた方は必要だと仰るの?」


「い、いえ、そんな滅相もない! な、なぁ?」

「え? ああ、はい、その通りです!」

「でしたら、ここはわたくしにお任せして、お二人は職務へお戻りになっては?」


「は、はい!」

「そうさせていただきます!」



 警備は背筋を伸ばして敬礼を見せると、この場から逃げ出すように立ち去った。

 彼らには何ら落ち度なく、職責を果たそうとしていただけなのだが……少々、申し訳ない気がする。


 彼らの姿を見送り、貴族の少女は後ろ脚を少し下げて、スカートの裾を軽く持ち上げて、頭を小さく下げた。


「初めまして、旅のお方。わたくしは魔導学園グラントグレンの生徒会長であり、魔導都市スラーシュの領主が三女、ラフィリア=シアン=グバナイトと申し上げます。どうか、気軽にラフィとお呼びください」

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