第39話 リディの決意に応えて
リディを旅の友に迎え、五日目。
初日、二日と私が魔王でありカリンが影の民であることに混乱していたリディだが、日を重ねるごとに落ち着きを取り戻し、今ではそういったことを意識せずに接することができるようになった。
もっとも、私は魔王らしいところを見せず、また人間族の振りをしており、カリンは影の民とは言え、力の開放を行わないかぎり人間族にしか見えないため、意識する方が難しいのかもしれないが……。
一方カリンは、私のアドバイスを生かし、刀の扱いに磨きをかけるため、ツキフネを相手に剣の稽古に励む。
――夕刻
いつものように二人は夕食前になると剣の稽古を始める。
その彼女たちの姿を夕食の準備の手伝いをしながらリディが見物している。
すると突然、リディは決意を秘めた表情をこちらに向けて、貫太郎と一緒に夕食の準備をする私に話しかけてきた。
「あ、あの! アルラさんは魔王さんで魔法が得意なんですよね。私に魔法を教えていただけませんか!?」
「魔法? どうしたんだ、急に? あ、そこのニンジンを取ってくれるか?」
「はい、どうぞ。えっとですね、私も皆さんのお役に立ちたいんです。だけど、武器を持つには体が小さいですし。でも、魔法を覚えることができたら体の小さな私でも役に立つのでは、と。それにお母さんも魔法使いでしたから、同じことを学びたいと思いまして」
「やはり、君の母は魔法使いだったのか」
「え?」
「母の形見である指輪の宝石部分。それは魔法使いが好んで使用する魔石。魔力を籠めると杖などの武器に変化する一品だ」
「そうだったんですか!? お母さんが使っているところを見たこと無かったので知りませんでした」
「そうなのか? もっとも、君の形見に関してはそうであると自信はないが。私が知る魔石とは少し違うようで、何かしらの封印が施されているしな」
「そうなんですか?」
「すまないな、専門外なもので」
「いえいえ、そんな……あの、皆さんの力になりたいので、魔法を教えて頂けませんか?」
「実に殊勝な心掛けだ。だが、どこぞの誰かさんたちと違い、君はこうやって食事の手伝いで役に立っている。それだけでも十分だと思うが? 貫太郎、塩と胡椒の袋をリディに」
「ぶも」
「はい、ありがとうございます貫太郎さん……そういえば、カリンさんやツキフネさんはお料理の手伝いをされませんけど、どうしてですか? もしかして苦手なんでしょうか?」
「いや、煮る焼く蒸すの基本はできるぞ。ただ、料理の腕は私の方があるので私が担当になった」
「魔王さんなのに……でも、お手伝いくらいなら?」
「当初はしていたが、彼女たちは私の指示を無視して勝手に味付けを変えようとするんだ。だから、手伝いは丁重にお断りすることにしたんだ。貫太郎、底の浅い皿の入った荷物を。リディはそこから皿を」
「も~」
「おっと、お皿ですね。たしかに味付けを勝手に変えられるのは困りますね……えっと、話を戻しますが、やっぱり料理の手伝いだけでは心苦しんです。私も戦力として皆さんのお役に立ちたい。最低限、皆さんにご迷惑を掛けない程度に鍛えておきたいんです!」
ふんすと鼻から荒い息を飛ばして、真剣な表情で私の顔を見つめてくる。
この覚悟は本物のようだが、その思いに混じり、焦りのような感情もまた色濃く溶け込んでいる。
生まれてからずっと他者に忌み嫌われて過ごしてきた彼女には、ある日突然、捨てられる怯えでもあるのだろう。
たとえ、自分と同じ奇妙な境遇を持つ者たちに向かい入れられたとしても……。
私としてはその覚悟と怯えの払しょくに応えてやりたいのだが。
「う~む……」
「駄目でしょうか?」
「そうだな、魔法は教えられない」
「え、どうして?」
「私の使う魔法は遅れた魔法なんだ。それを教えると、後に、現代の魔法を覚えるときの足枷となるからだ」
こう伝えると、そこに訓練の終えたカリンとツキフネがやってきた。
「何の話をしてるの? リディちゃんに魔法を教えるみたいな話をしてるみたいだけど? あと、ご飯まだ? 今日もいい汗流してお腹ぺこぺこ」
「リディに魔法か? たしかに基礎魔法でも覚えておけば護身程度にはなるだろうが、お前の魔法は現魔法に通じぬからな。それで、夕食の準備は終えたのか? 腹が空いて敵わん」
「二人揃ってメシメシと……ダメな娘を二人持ったような気分だな。それはさておき、リディが戦力面で足手纏いになりたくないため、魔法を教えてくれてと頼んできたんだ。だが、ツキフネの指摘通り、私の古い魔法ではな……」
私はどうしたものかと包丁をまな板の上に置いて、農夫服の上に着用している真っ白なエプロンの上から腰に手を置いた。
すると、カリンが魔法について尋ねてくる。
「わたし、魔法に全然詳しくないんだけど、おじさんの使う古い魔法と今の魔法って何が違うの?」
「術式の根本が違うんだ。私の時代の魔法は単純な術式で制御に重きを置いていたが、現在の術式は複雑化して制御に少々難はあれど、威力が跳ね上がった。さらに、敵に解析されにくい。私の魔法は単純術式であるため、あっさり解析されて無効化されてしまう」
「えっと~、もうちょっとかみ砕いて……」
「そうだな。例えると、私の術式は足し算レベル。計算しやすく答えを出すのは簡単だが敵も同様。これに比べ、現代魔法は高等数学レベル。計算式は複雑で答えを出しにくいが、敵も同様に答えを得にくい。また、数字を重ねることにより威力を増している」
そう答えを返すと、リディが声を強めに言葉を返す。
「それでも基礎くらいなら教えて頂けても!!」
「その基礎自体が根本的に違うんだ。余計なことを教えれば、後に最新魔法を学びづらくなる。私は一度だけ最新の魔法を目にしたが、あれを私が学ぼうとしてもかなりの時間を要するだろう」
「そうなんですか?」
「新旧の魔法を術式の違いで説明するとややこしいので、剣で例えよう。手を使って剣を使っていたのに、これからは足を使って剣を振るえと言われるようなもの。旧魔法と現魔法はそれぐらいの違いがあるんだ」
「そんなに……」
「だから、君に余計な術式を教えられない。私の使用する旧魔法は現魔法には通じず、さらに現魔法の方が発展しているからな。教えるとしたら現魔法でないと。そしてそれを私は知らない。だから、魔法は教えられない」
と話を締めると、リディは悲しげな表情を浮かべた。
彼女はまだ十一歳であり、体格にも恵まれていない。さらにはオーヴェル村にいた頃は栄養が芳しくなく、通常の成長よりも遅れている。
そのため、剣や槍や弓などの取り扱いを教えるのはかなり厳しい。
すると、何かしてやれないかと貫太郎がこちらをじっと見てくる。
彼女は幼いリディにかなり同情的だ。パイユ村でカリンに頼られた時もそうだが、そんな彼女の優しさに私は引っ張られている。
もちろん、それが嫌だという思いはない。
むしろ、王として心から離れ、普通となった私の心を支えてくれていると思う。
そんな彼女の支えを無為にするのは忍びない。それに、リディとてせっかくの覚悟とやる気を削がれるのも嫌だろう。
そういうことで、リディでも行えそうな提案を促す。