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第38話 え、魔王に影の民!?

 仕方なく、刀を抜いて鞘のみをカリンへ返す。

 私が両手で刀を構えると、すぐさまツキフネが飛び掛かってきた。

 その速度はカリンとやり合っていた時の比ではない。


 風切り音と共に大剣が振り下ろされる。

 私は刀の末端である柄頭(つかがしら)を用いて振り下ろされた(やいば)を弾き、その衝撃に体を揺らしたツキフネへ二段突きをお見舞いする。

 すぐさま、彼女は右に避けて突きを交わすが、私は突いた(やいば)を返して薙ぎ払う。

 ツキフネはそれをしゃがみ躱すが、すでに(やいば)は軌道を変えて、彼女の頭に振り下ろされていた。


 (やいば)は頭に触れる間際で止まり、勝敗が決した。

 ここまで、三秒にも満たない攻防。

 


 勝負を終えた私はカリンへ話しかける。肩で息をしながら……。

「ぜぇぜぇぜぇ、この通り、ロングソードよりも、変幻自在に扱えるのが、刀の特徴だ。ぜぇぜぇ、また、力を受け流しやすく、受け方を間違えなければ、ツキフネのような…………はぁ、大剣使いの剣でも弾くことが……はぁ、はぁ、はぁ――」


「おじさん、凄いんだけど。疲れすぎじゃない?」

「君な、はぁはぁ、ツキフネほどの、はぁ、使い手相手だと集中力がどれほど必要だと思っているんだ。彼女も手加減抜きで掛かってくるし、ぜぇぜぇ、この体であの速度についていくのは、はぁはぁはぁ」



 言葉は最後まで続かず、息を整えることに意識を集める。

 十数秒後、ようやく息が落ち着いてきたところで、私はカリンへ刀を返した。


「はぁ、疲れた……ほら、返すぞ」

「うん……おじさんって、何者なの? 龍を消し飛ばす魔力に、一流の賞金稼ぎのツキフネさんに勝っちゃうなんて」



 この言葉にツキフネが眉をひそめて声に凄みを見せる。

「負けた覚えはない。互いに本気ではないからな」

「え、その、ごめんなさい。え~っと、それでだけど、剣も魔法も凄いおじさんって、何者なの?」

「それは以前も言っただろう。私は魔王アルラ=アル=スハイルだと」

「その冗談はもういいから。魔族のお偉いさんっぽい感じはするけどね」

「お偉いさんどころかその頂に鎮座する――ん?」


 リディが右目を見開いてこちらを見ている。

「どうした、リディ?」

「アルラさんは、魔族なんですか?」

「ああ、そう言えば君に言っていなかったな。その通り、私は魔族だ」


「で、でも、お目目が真っ白で、私の黒目の左目みたいに不気味じゃないですし」

「不気味か……人間族と暮らしていたからそのような価値観になるのだな」

「あ!? ごめんなさい!」


「構わん。君の場合、魔族の血のせいで差別されていた。そのため、魔族を忌む気持ちが生まれるのもわからないでもない」



 この言葉にリディは申し訳なさそうに顔を沈めていく。

 村人たちは魔族を蛇蝎の如き嫌い、それを元にリディを責めていた。

 リディにとって、魔族とは己の境遇を地に貶めた象徴でもある。

 だが彼女は、一度は沈めた顔を上げて、寂しくも悲し気な笑みを生む。


「でも、お父さんの血ですもの。悪く思ったらだめですよね……」

「そうだな。それは素晴らしい思いだ。しかしながら、人の中で生きていくとなれば、その血が仇になってしまう。だから、その素晴らしい思いに贈り物をしよう」

「え?」



 私は彼女へ近づき、まずは自身の瞳を見せた。

「このように、私の瞳は人間の瞳のように白い。だが……」

 片手で瞳を隠し、外す。そこに浮かぶのは黒目に浮かぶ黄金の瞳。


「本当の姿はこの通りの黒目だ」

「え!? どうやって?」

「魔法で誤魔化しているだけだ。そして、それは君にも行える」


 私は右手を桃色の髪に隠れたリディの左目に添える。

 そして、僅かばかりの魔力を籠めて離した。


「これで、君の左目は白目になった」

「ほ、本当に?」

「ふふ、鏡で確認してみるといい。カリン?」

「うん」


 カリンは貫太郎が曳いていた荷台に乗って、私物から手鏡を取り出す。

 それを持って、リディの前に立つ。


「はい、リディ。鏡を見てみて」

「は、はい……」


 リディは恐る恐る、自分の左側の髪を上げて、鏡に映る左目を見つめる。

「あ…………白い……人間の目だ。人間の……人間の……人間の……う、うう、ぐすん、ぐすん」

 彼女は白目に浮かぶ赤色の瞳を見つめて涙を流し始めた。


 人間ではないことに嘆き、哀しみ、日々を過ごしてきた。

 だが、偽りとはいえ、魔族の象徴である黒目を失い、人間の白の目を手に入れた。

 だからリディは感極まり、涙を流す。

 それをカリンが優しく宥めているが…………魔族の私からすれば釈然といかない。




「そんなに黒目が嫌なのか? 白目だろうが黒目だろうが、その人物の本質を左右するものではないだろうに」

 これにツキフネが抑えろと言う。

「リディは半分魔族であるという理由で差別されてきたからな、仕方なかろう」

「それはわかっているが……君から見ても黒目は不気味なのか?」

「私は別にどうでもいいと思っているが、人間族の大半が不気味に感じているようだぞ」


「まったく、人間という種族は狭量で……まぁ、そうでもない人間がいることを知ってしまったのだが……」

「何を言っている?」

「いや、大したことではない。しかし、理由はどうあれ、身体的特徴を拒絶されるというのはあまり愉快なことではないな」


「そうぼやくな。お前は魔王だろう。狭量な人間とは違う、な」



 そう言って、彼女はにやりと笑った。

 私はそれに頭を掻いて言葉を返す。

「ふふ、これは一本取られたな……まさかと思うが、先ほどの手合わせの意趣返しか?」

「違う。蒸し返すのならば、もう一本、願いたいな」

「やめておくよ。実際のところ、命の取り合いになれば私の体力が持たんよ、あはは」

「魔法を持っている以上、そうは思えんがな、フフ」

 

 私たちは互いに強者と認め合い、笑いを交わす。

 そこに、話を横で聞いていたカリンと涙がすっかり引いたリディが交ざってきた。



「ちょっと待って。ツキフネさんはおじさんを魔王だと思ってるの?」

「アルラさんは本当に魔王さんなんですか?」


 問われたツキフネはこう返す。

「ああ、この男は魔王アルラ=アル=スハイルだ。間違いない」

「「えええええええ!?」」



 重なり合う声。

 カリンは混乱に声を上擦らせ、リディは思い描いていた魔王像とのギャップに驚きを隠せない。


「いや、え、でも、ほんとに、なんで?」

「で、でも、私が聞いた魔王さんって、厳冬迎える凍てつく風よりも心冷たく、灼熱の炎よりも激情で、人の命を刈り取る暴虐だけど、瞳に映る輝きは太陽を退けて、()の者の美しさは万里を焼くと言われるくらい美形と聞きましたけど?」


「また、輝いている。それも、褒めてるのか(けな)しているのかわからない表現で……たしかに現在の見目はこうだが、私は魔王アルラ=アル=スハイルだ」


「そう言われても……」

「ですよねぇ……」


 二人して疑心を見せて、ツキフネに顔を振る。

 彼女は二人の疑心に向かい、自身が魔王と確信した理由を口にする。ファリサイの虐殺のことは伏せて……。



「教会の中枢、さらには影の民すら知らぬ影の民の情報。前人未踏のまほろば峡谷の情報。底知れぬ強さ。並々ならぬ洞察力。これらを併せ見て、彼は嘘偽りなく魔王だと判断した」

「……言われてみれば、普通の人じゃ知らないことを知り過ぎてる。ねぇ、おじさん。おじさんは魔族の貴族の四男坊じゃなかったんだ?」


「君の中でその設定はまだ有効だったのか?」

「もう、おじさんったら、それならそうともっと早く言ってくれればよかったのに」

「それは理不尽だな! 私はここまで三回も自分が魔王だと名乗ってるぞ!」


「だって、説得力がないんだもん……だいたい、なんで魔王のおじさんがこんなところにいるの?」

「魔王と知ってもおじさん呼びは変わらないんだな」

「駄目?」

「構わんが」


「そう、よかった。いまさら魔王様ですって言われてもどんな風に接していいかわからないし。それで、おじさんはなんでここに?」

「それは……なんだな……」


 何とか正解を外さず、悪印象を与えない説明を考えようと言葉が詰まる。

 しかし、ツキフネが余計な一言を投げ入れる。

「民に見限られたそうだ」

「ツキフネさん? どういうこと?」

「民から見捨てられ、王としての立場を失い彷徨(さまよ)っているそうだ」

「……え?」



 ギギギとカリンは錆びついた人形のように、首をこちらへゆっくり動かしてくる。

 そして、今の言葉が真実かどうか尋ねてくる。


「本当なの? 王様なのに国民に見捨てられたって?」

「……その通りだ」

「ええ~、何をやったの?」

「何もやらなかったらこうなった」

「わけわかんない……」


「ゴホン、ともかくだ。私は魔王アルラ=アル=スハイルだったが、今はただアルラだ。そして、事情が事情なだけあって、魔族側には戻れない。だから、居場所を探して彷徨(さまよ)っている。ここは君と同じだ、カリン」

「え、全然違う。一緒にしないで」

「そう、照れるな」


「照れてない! 照れる要素ゼロ! と言うか、本当に大丈夫なの? 人間と魔族が戦ってるのに、魔王がここにいて?」

「立花がいるから大丈夫だろ。それに私は不要とされたんだ。ならば、自由に生きるさ」


「いい加減すぎる……。これが王様って……あれ、立花って? もしかして?」

「ああ、ちょくちょく話に出ていた私の副官であった影の民だ」

「じゃあ、その人が私と同じ影の民で、しかも伝説の永燭(えいしょく)の管理官?」

「そういうことだ」


「はぁ、なるほどねぇ。そんな人が魔王の副官をやってたんだ。だから、おじさんは私たちのことを――あれ? リディ、どうしたの?」



 リディは頭から湯気を出しながら私とカリンへ交互に瞳を動かして、指までも動かす。

「あ、あの、アルラさんは本当に魔王? それでカリンさんが影の民。え? え? え? ど、どうなってるんですか? 影の民? 魔王? え? ええ? 何が、どうして?」

「だ、大丈夫。リディ!?」


 彼女は情報過多になってパニックに陥っている様子。

 それをカリンが両肩を掴んで必死に元に戻そうとしている。


 そんな二人を置いて、私とツキフネは今後のことについて考える。

「これからも旅仲間が増えるようであれば、早めに説明した方が良いな」

「そうだな。だが、早めに説明しても魔王に影の民。しっかり消化できるか疑問だが……」

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