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第35話 魔王には見えぬ選択肢

私はファリサイについて語る。


――百年前・魔族と人間族の国境地帯にある町・ファリサイ



 ファリサイ――人口は一万と中規模の町。

 人間族が軍事拠点化しようとしていたファリサイへ魔王四将軍が一人・弓の名手マルカブが攻め込み、見事、拠点を奪取した。


 しかし、すぐに流行り病が町に蔓延する。

 流行り病の名は死斑病(しはんびょう)。致死率50%を超える死の病。

 

 マルカブは病気の封じ込めに掛かり、街道を封鎖。封鎖しなければ、周辺の村々にも広がっていく。それは魔族の町だけではなく、人間族の町や少数種族の村々にも。


 しかし、その封鎖に住民たちは不満を唱え始める。

 死の病が蔓延する町。

 誰だって離れたいに決まっている。


 やがて、暴動が起き始める。

 その暴動は『何故か』規律を帯びていた。



 これに加え、マルカブの兵士の間にも死斑病が広がりを見せ始める。

 暴動・兵士たちの病気の蔓延。

 マルカブの手勢だけでは一万の民衆に対して抑えが追いつかなくなり、近くに駐屯していた魔王アルラ(ひき)いる軍が応援に駆け付ける。



 そこで彼らが見たものは――地獄そのもの……死体が町中に転がり、片づける者も病に倒れているため死体は放置され、腐臭が町を覆う。


 生き残っている者たちは町から脱出しようと試みて、マルカブはそれを必死に抑え込み、武器を持たぬ民衆に対して弓を引く寸前……彼は自身が汚名を着るつもりでいた。

 しかし、到着した魔王アルラによって町全体に結界が張られ、誰も脱出できぬよう、閉じ込めることに成功。

 中には、まだ健康な者もいた。同じ魔族の兵士もいた。幼子もいた。

 しかし、こうまで伝染病が広がってしまうと、もはや誰が感染しているのかもわからない。


 賛否はあれど、この結界に()る封じ込めで、伝染病の広がりを抑えることはできた。

 あとは時間をかけて、感染していない者を調べ上げて町から逃がす手はずだったのが……ここで、急報が入る。


 人間族の軍が一気に攻勢に出たと。

 しかし、魔王アルラは町を封じ込めている最中。動けない。

 だが、動かなければ、魔王軍は大きな痛手を負うことになる。

 決断が迫られる。

 そうして――



――――――

「私は決断した。町を焼き払うと。最大級の炎の魔法で、一瞬にして町を燃やし尽くした。犠牲になった民衆は一万と二千。私の兵士を入れるとさらに三千加わる」

「それが、ファリサイの真実か……いや、まだあるのだな」

 


 ツキフネはここまで聞いた話を反芻するように、目を閉じて深く息を吸う。

 そして、疑問の一文を口にした。


「暴動は『何故か』規律を帯びたもの……何者かが誘導したのか?」

「ああ、その通り。全ては奸計。わざと拠点を奪わせて、そこに死斑病(しはんびょう)という毒を仕込んだ。私たちが占拠すると、決死隊であろう保菌者の兵士が民衆に紛れ、煽り、暴動を起こす。これにより、手に負えなくなることを見越して。そして、近くに駐屯する私が出てくることを見越してな」


「やってきたお前は封じ込めに成功する。そこに人間族側が攻勢を仕掛け、またもやお前を追い詰める。そして、悪魔の選択肢を迫った」


「放置して病気を周辺に蔓延させるか。民衆を虐殺して封じ込めるか。動かず同胞である魔族軍が敗退するのを見ているか」


「その計を考えたのは人間族側というわけか。なんと、惨いことを」

「ああ、本当に――――見事な計だった」

「な、何を言っている?」



 ツキフネは残虐な選択肢を押し付けられたというのに、それを評価する声に驚きを隠さない。

 私はこう話を続ける。


「この計、病気が広がれば魔王が(おこな)ったと言うだろう。封じ込めれば虐殺したと言うだろう。動けずに迷えば、人間族の軍は魔族の軍を蹂躙できただろう。何がどう転ぼうとも、彼らに利する計。まんまとしてやられた」


「そのために同胞である人間を犠牲にしたのだぞ! それを見事というのか!!」

「行いは非道。だが、計としては見事だと思っただけだ」

「それが王という肩書きを背負う者の考え方という訳か。気に食わん!」



 ツキフネは(いきどお)りを隠さず、言葉を吐き捨てた。

 これは心を持つ者の当然のありよう。

 そこから遠ざかった私には生み出せない姿……。


「フフ、だからこそ私のような王が増えないように願っている」

「その第一歩がカリンと言うわけか。お前はカリンに何かを期待しているようだが、実際は己の過ちの是正をカリンへ押し付けているようとしているだけでは?」

「どうだろうか? そうなのか?」


「私にお前の心を聞いてもわかるわけないだろう」

「たしかにそうだな。話の締めはこうだ。これにより私の悪名は人間族側に広がり、魔族の間でも私に反発する派閥が武器を持たぬ民衆を虐殺した不名誉な王だと喧伝していた。しかし、魔族内の喧伝は立花が押さえ込んだ」


「立花……魔王アルラの側近にして、現在は魔族軍の総指揮を任されているという、あの」

「総指揮? 立花め、ずいぶんと信頼を得ているようだな。まぁ、私の代わりにずっと彼が軍務政務を行っていたからな」

「その立花は何をしたのだ?」

「まずは私の功を広めた。死斑病(しはんびょう)を抑え込んだことにより、一万五千の犠牲で、百万の民を救ったと」

「それで納得できるのか?」


「人間族なら理解はできても納得できまいが、魔族は人間族と違い、命に関する割り切り具合がはっきりしている。たいていの者がこれで納得した。しかし、納得しない者もいる。それらは立花が……」

「なるほど、恐ろしい」


「これで私に対する弾劾の声は消えた。するとなぜか、同時期に、人間族側でこの計を画策したと思われる連中が不審死を遂げた」

「な!? まて、すると、もしや!?」


「そうだ。人間族側に魔族と通じた者たちがいる。主に教会の連中だったがね。彼らは私に反発する勢力・反アルラ派と結託して、お互いに利益を得ようとしていた。反アルラ派は私を追い落とし、人間族側は反アルラ派と密約を交わし、彼らが権力を握った際に領地の割譲と停戦の合意を計っていたそうだ」


「教会がだと!? 民の味方である教会が……そのために、そんなことのために町を一つ!」



 ギシギシと拳を握り締め、奸計のために犠牲になった者たちを思い、怒りを表す。

 そのような彼女を横目に、私は月を見上げる。


「あの頃はまだ勇者ティンダルが現われたばかりで、彼が大きな舞台に立つ前の話。私は一人、強すぎた。魔王に人間が滅ぼされるやもと誰しもが思っていた。魔族の中にも強すぎる私に恐れを抱く者もいた。そのために、このような計に至ったのだろう」



 私は目を細めて、あの時代、あの場所、あの時の光景を遠くに見る。

 すると、ツキフネが一言漏らす。


「決断を、後悔しているのか?」

「ん? いや、後悔はしてない。あの時も正しいと思っていたし、今でもそう思っている。ただ、あの頃とは違い、多少なりとも犠牲者に心を割く自分がいるだけだ。と言っても、自責の念に駆られるほどではないが……」


「王にとって民とは、その程度の扱いと言う訳か」


「そう、つんけんするな。王が民の一人一人に向き合えば全てが滞る。王がやるべきは全体の安全と幸福を保証すること。君とて、戦場で一人一人の兵士に思い馳せる指揮官などごめんだろう」

「それは……」



 刻一刻と変化する戦場。

 そろばんで犠牲者を弾き、より良い結果を瞬時に生み出す。

 時に、数万の犠牲を払うとわかっていながらも国家の安全のために決断を下す。


「指揮官としては正しい決断。だが、人としては断じて許されない決断。しかし、それに気を病めば、歩みを止めて大勢の死を招く。私のような立場にいた者は犠牲を背負っても、それを振りほどき歩まねばならぬ」


「たしかに、導く役目を負う者は人の心を捨てなければならないだろう。私には無理だな……それをカリンに背負わせようと?」

「私が背負わせるのではなく、彼女自身が自ら背負う覚悟を負うべきだ」



 私は絶えず形を変える水面(みなも)を瞳に映す。そして、その瞳を動かし、夜の暗闇に塗りつぶされた遥か先を見つめる。

「カリンには理想がある。それはまさに茨の道。迫害されし者たちが許される居場所など、誰も認めるわけにはいかない。それでも、その居場所を作ろうとするのならば、その道半ばで多くの犠牲を生む取捨選択を迫られる」


「そのようなこと、カリンにできるのか?」


「私はできると思っている。できるように指導するつもりでもいる。そして、彼女の選択は私と違ったものになることを期待している」

「違ったもの?」


「私は背負うべき犠牲を振り払い、歩んだ。だが、彼女は背負い続けるだろうな。そういう女性だ」

「それではカリンの心が持たんぞ!」

「ああ、だからこそ私が露払いをするつもりだ。そうして、私とは別種の(いただき)に立つ存在として、彼女の行く末を見つめたい、と思っている」



 私は暗闇に背を向けてツキフネを見た。

 彼女は大きく首を横に振る。

「やはり私には、自分が行えなかった理想をカリンに背負わせようとしているようにしか感じないな。そして、それをしてしまうお前は、後悔している」

「何にだ?」


死斑病(しはんびょう)を気にするお前はあの出来事に対して心に影を落としている。だから、違う選択肢を選ぶ人物を求めている。お前では選ぶことのできなかった選択肢を……」

「私が選ぶことのできなかった選択肢、か……あれ以外にどんな選択肢があったのだろうな?」


 これは問い掛けではなく、自問と言って良い言葉。

 しかし、ツキフネは笑い声を立てて、私の問いへ答えを返す。



「ふふふ、魔王様はもう一つの選択肢が見えないと見える」

「もう一つ?」

「私ならそうするという選択肢がある。そして、カリンもまたそれを選ぶだろう。いや、お前でなければ、誰もが頭に宿す選択肢だ」


「それはなんだ?」


「答えはやらん。ヒントもやらん。お前は賢いからな。やれば、すぐに気づいてしまう。それにこれは、自分で気づかなければならない選択肢…………ただ、カリンから学べとだけ言っておこう」


 そう言って、ツキフネはカリンたちがいる場所へと戻っていく。

 私は洗い終えた食器類を両手に抱えて立ち尽くす。

「私には見えない選択肢? カリンから学ぶもの? ……フフフ、三百年生きてきたが、私もまだまだというわけか。今後は若者たちから大いに学ぶとしよう」

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