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第30話 水泥棒

――村・広場・井戸前



 私たちが駆け付けた頃には、たいまつを持った大勢の大人たちが井戸を囲み、そのたいまつが煌々と広場を照らして、井戸傍でへたり込む少女の姿とそこから伸びる無数の影を映し出していた。

 カリンは頬に傷を負ったリディを目にして、群衆の中に飛び込み掻き分けていく。


「どいて! 邪魔!!」


 彼女は人々を押しのけて、リディの前に立っていた棒を持つ男たちを突き飛ばす。

 そして、全身を水に濡らしたリディを抱きしめて、頬の傷の具合を見る。


「大丈夫、リディ!?」

「は、はい、ちょっと平手打ちされただけですから」


 彼女はちょっとと言ったが、口元からは血が滲み出ている。

 それを目にしたカリンが村を震わすほどの大声を上げた。


「誰!? こんなひどいことをしたのは!?」


 これに、近くに立っていた棒を持つ男が答える。

「俺だよ」

「どうしてこんなひどいことを?」

「酷いって、水泥棒に罰を与えただけだよ」

「水泥棒?」

「そうだぜ。ほれ、それを見なよ?」


 男は無造作にふいっと棒の先端を振った。

 振った先にあったのは、割れた泥まみれの小さな水甕。


「リディの奴が無断で井戸の水を甕に移そうとしてやがったんだよ。まぁ、移す途中で桶を落っことしたせいで、甕じゃなくて自分が水を浴びることになったみたいだけどな。げらげらげらげら」


 男が笑い声を上げると、それに続くように他の男たち、女たち、老人たち……そして、子どもたちまでもが笑い声を上げる。

 カリンは村の人々の笑い声に怒りを感じながらも、リディへ意識を向けた。

 彼女はカリンが貸したオレンジ色のワンピースを濡らして、春の夜の冷たさに震えている。


「早く着替えないと。立てる?」

「は、はい」


 カリンの手を取り、リディは立ち上がる。

 そして、二人はここから立ち去ろうとするが……。


「おい、どこへ連れて行く気だ!? 罰はまだ終わってねぇんだぞ!」


 男は棒の先端で自身の手のひらをぱしりと打った。

 その音に怯えたリディが寒さと恐怖に言葉を震わせる。


「ご、ごめんなさいごめんなさい。貫太郎さんに、お水を、いっぱいあげたくて。ごめんなさい。ごめんなさい……」

「リディ……だから井戸に……」



 カリンは優しくリディを包み込む。そして、顔を男たちへ向けて空色の瞳に怒りを宿した。


「もう、罰は十分でしょう。どきなさい……」

「は? 何勝手なことを言ってんだ? よそ者がしゃしゃり出てくるんじゃねぇ!!」


 彼の言葉は村人の間に広がり、合唱のような罵倒がカリンたちへ降り注ぐ。


「そうだよ、よそ者が口出すんじゃねぇよ!!」

「村の法を破った奴に罰を与えるのは当然だろうが!!」

「そんな化け物娘に肩入れするなんて! これだからよそ者は!! 引っ込んでろよ!」


「「「そうだ、よそ者は引っ込め! 引っ込め! 引っ込め! 引っ込め! 引っ込め! 引っ込め! 引っ込め! 引っ込め!」」」


 村のあちこちから響く、悪意の言葉。

 しかしそれを、一人の戦士がただの一刀にて両断する。


「黙れ!!」


 ツキフネが大剣を振り下ろし、地面を叩きつけた。

 剣圧より生まれた風が突風のように村人の間を通り抜けて、彼らの言葉を粉微塵にかき消す。

 だが、それも束の間。


 別の誰かが悪意の(やいば)を飛ばすと、それに続き止め処なく(やいば)が降り注ぎ始める。


「な、なんだよ、お前はよ! よそ者のくせに!」

「は、所詮はオーガリアン! 化け物同士、気が合うのかもな」

「ほんと、化け物ってのはルールを守らねぇな!!」



 集団の恐ろしさと言うべきか。

 少数であれば、臆病な彼らではオーガリアンの戦士に食って掛かることなどできないが、大勢といるというだけで気が大きくなり、非常に危険な(あざけ)りを続ける。


 このまま放っておいては、事態はさらに悪化していくだろう。

 仕方なく、私が事態を収めるべく前へ出ようとした時だった。

 リディが誰よりも大きな声を上げた。


「やめてください! 私が悪いんですから!!」


 ツキフネとカリンは荒ぶった心を忘れ、リディへ瞳を振った。

 リディは桃色の髪に隠れていない深紅の右目から涙を流し、しゃくり声を漏らす。

「ひっく、ひっく、わたしが、わたしが、わるいんです。だから、やめてください。ばつはうけますからぁ……」


 涙ながらの彼女の言葉。これに、カリンとツキフネは絞り出すように声をかける。

「リディ……だけど……」

「それは、駄目だ。ここは私たちが――」



「だからよそ者は引っ込んでろって言ってるだろ!!」


 二人の声を邪魔する男の声。

 彼は棒を大きく振るって井戸の端を激しく叩く。

「鬱陶しいんだよ! よそ者のお前らに村の法を破る権利があんのか? リディが罰を受けるって言ってんだから話はこれでおしまいだろうが!? だろ、リディ!!」

「は、はい……」

「棒叩き三回で勘弁してやるから、後ろ向け! リディ!!」


 男は棒で地面をガンガンと叩きながらリディへ近づいていく。

 リディの方は罰を受けると言ったものの、激しく音を立てながら近づいてくる男の姿に怯え、歯をがちがちと震わせていた。

 それを見たカリンとツキフネは彼女を庇おうとしたが……。


「ひっ!!」


 リディは恐怖に負けて、この場から逃げ出してしまった。

 彼女はスカートの裾をまくり、子どもたちが集まっている場所へ向かい走り、彼らを突き飛ばして野原に続く小道へと消えていく。


「いやぁあぁぁあぁぁ!」

「いって! リディの奴! 俺様にぶつかりやがって」

「逃げたぞ! どうする?」

「決まってるよな!!」


「ああ、逃がすかよ。あいつは罪人だ。俺たちが棒でぶっ叩いてやる!!」


 たいまつを持っていたリーダー格っぽい少年を中心に、三人の男の子が逃げたリディを追って、小道へと駆け出した。

 カリンとツキフネもそれを追う。


「ツキフネさん!」

「ああ!!」


 だが、奥へ続く小道まで来たところでリディと子どもたちの姿を見失った――


「どこに行ったの! リディ!!」

「リディ!! 返事をしろ! 私たちが守ってやるから!!」


 しかし、返答はない。

 私は二人に近づき、リディが向かいそうな場所を声に出す。

「地の利は地元民にあるが、この小道を突っ切ればリディの家の裏手に出られるのでは? だが、私たちでは迷いかねん。来た道を戻り、リディの家へ向かおう」


 二人はこくりと頷いて、リディの家へと戻る。

 私たちの後ろから村人たちも追いかけてきているが、今はそれらを無視してひた走る。

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