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第29話 理不尽な交渉

――リディの家



 貫太郎とカリンとリディは先に家へ戻っていた。

 彼らは一様に渋い顔を見せている。


「戻ったぞ。何か困り事か?」

「あ、おじさん。えっと――ひっ!」


 カリンは突然怯えた声を上げた。良く見ると貫太郎とリディも怯えた様子を見せる。

 私は彼女たちの視線の先を追う……そこに居たのはツキフネ。

 先ほどの怒りが収まらないようで、それが顔に表れてしまっている。


「ツキフネ、抑えろ。皆が怯えている」

「あ、ああ、すまない。思い出すとどうにも……」


 恐る恐るカリンが尋ねてくる。

「何かあったの?」

「かなり不快な出来事があって、ツキフネはご立腹なんだ。そっとしておいてやれ。それよりもそちらは?」

「えっとね、水汲みなんだけど……」


 カリンから話を聞く。

 湧き水が出ているところまでリディに案内してもらったが、道が細く荷台は通れず、また荒れていたため、貫太郎の脇に載せた水甕から水が零れてあまり持ち帰ることができなかったそうだ。

 それでも、今日明日の分は確保できたらしいが……。


「甕の蓋はしっかり締めてたつもりなんだけど、悪路のせいで蓋が取れちゃったみたいで零れちゃって。あ~あ、貫太郎ちゃんにお水をたくさん飲ませたかったんだけどなぁ。一応、湧き水の場所でたっぷり飲ませてあげたけど」

「そうか、気遣いありがとう。近くの川は下流らしく、あまり飲み水に適していないようだし。井戸は……」



 ツキフネをちらり……怒り心頭に発している様子。彼らに金を払い井戸を借りるという選択肢は取れない。

 もっとも、私も別の理由で借りる気などないが。

 カリンへ顔を戻す。


「それほど道が悪かったのか?」

「うん、距離もあるし、子どもの足と体力だとあれじゃあ……」


 そう言って、リディへ瞳を動かす。

 細い足に細い腕。悪路から水を持ち帰るのは一苦労だろう。

 私はリディに尋ねる。


「リディ、いつもは一人で?」

「はい」

「大変だな」

「はい。でも、今日は貫太郎さんの背に乗せてもらったので行き帰りは楽でした」

「そうか、貫太郎はやはり優しいなぁ」

「ぶもぶも」


 私は彼女の首元を包み込むように抱きしめる。

 それを冷めた目で見ているカリンとツキフネに気づき、一言返す。

「なんだ、嫉妬か?」

「なんでそうなるの?」

「呆れているだけだ」



「フ、私たちの愛の美しさを前にすれば、嫉妬するのも無理はないな」

「あ、この人、全然話を聞いてない」

「本当に貫太郎のことになるとおかしくなるな」


 カリンはやれやれと言った感じで大きなため息を吐いてから、ツキフネにこちらはどうだったのかと尋ねる。

「何か収穫あった?」

「流行り病については心配なさそうだ。伝染性は低く、旅の者の中にも咳をし始めた者もいるらしいが、村から離れるとすぐに治ったそうだ。おそらくだが、村で悪い風邪が流行っているだけだろう」


「そうなんだ。怖い病気じゃなくて良かった」

「あと、金さえ払えば井戸を使っても良いと言われた。ただし、法外で払う気などないがな」

「そうな……あれ?」

「どうした?」

「う~ん、ま、いっか」



 カリンは何かに違和感を覚えたようだが、さらりと流してしまった。

 しかし、これは仕方がないこと。

 今の話だけでは色々なことが考えられるからな。


 ここは、違和感を覚えただけでも良しとしよう。


 私は貫太郎の首元に数度頬を擦ってから、彼女たちへ向き直り、両手を組んで首を傾ける。


「水だが、荷台にある旅用の水もそろそろ変えたいところだ。さらに、貫太郎のことを考えると心許(こころもと)ない。どうしたものか?」

 この自問自答のような言葉にリディが一瞬だけ声を上げようとして――

「あ、あの!」

「なんだ?」

「あ、いえ、すみません。何でもないです……」


 こう、言葉を下げた。何か思いつめた表情を見せて……。



――夜


 食事を終えて、カリンから家の外へと呼び出される。

 話の内容はリディについてだろう。


 家から十分に距離を取ったところで、カリンから話を切り出した。


「やっぱり、私はリディを放っておけない。連れていくべきだと思う」

「……リディに話は?」

「水汲みの時にした。お母さんと過ごした場所から離れるのに戸惑いはあったみたいだけど、それでも……」

「はっきりと彼女がついてくると言ったのか?」

「ううん。でも、雰囲気でわかる。これは私の勘違いとか思い込みじゃないと、はっきり言っておく!」


 とても強い口調を見せて、カリンは私を見据える。

 闇夜であっても輝きを失わない空色の瞳に迷いはない。 

 私はその瞳に微笑みかける。


「ふふ」

「なに?」

「いや、君はどこまでもまっすぐだなと思ってな。薄汚れた世界をその身に味わいながらよくもまぁ、そこまで純粋でいられるものだ」

「茶化してる?」

「いやいや、そんなつもりはない」


「ほんとに? まぁ、それはいいとして、おじさんはそれを許さないと言ったよね。リディを連れていくなら自分は旅の同行を辞めるって」

「ああ、言ったな」

「おじさんにも何か色々考えがあるんだろうけど……それ、絶対に許さない。一緒に来てもらうからね」

「……クス、クククク」



 私はあまりにも身勝手な言葉に笑いを吹き出してしまった。

 それを(おこ)り顔で睨みつけてくるカリン。


「なんで笑うの?」

「おいおい、何故君が怒る? 理不尽に晒されているのは私だぞ。君は自分の要求を100%通そうとしているのだからな」

「そうだけど……ここからが交渉。リディも連れていく。おじさんも連れていく。それを納得させるための交渉」


「ほう、私に何を提示するつもりだ?」

「何も提示する気はない」

「なに?」

「ただ、譲歩してもらう」

「ん?」


「リディは連れていくけど、安全に暮らせる場所が見つかり次第、別れる。それで納得して欲しい」

「無茶苦茶だな。私に何のメリットもない」

「おじさんはわたしを暇つぶしに使っているんでしょ。その暇つぶしはリディの存在一つで捨てちゃうものなの?」

「……ほぉ」

「おじさんから教えてもらったまほろば峡谷のこと。あの内部のことは誰も知らない。これは重要情報のはず。それをわたしに教えたということは、それだけわたしに対する暇つぶし――つまりは、大きな興味がある。それを捨ててもいいの?」



 嫌なところを突いてくる。

 たしかにリディを連れていく連れていかない如きで、彼女の成長を見届けなくなるのはもったいない。


「私が君に見出している価値を計り、それを人質に取ったか。そして君もまた、私を利用するという腹だな。悪くない」

「それで、返答は?」


「そうだな……一つ、質問をいいかな?」

「どうぞ」

「リディについてだが、彼女ははっきりとは口にしないが、態度で着いていきたいという(ふし)を見せていた……と言うわけだな?」

「ん? ええ、そうだけど」



 私はリディの家がある方角へ顔を向ける。

「面白い。いや、素晴らしいというべきか……?」

「何を言っているの? 今の質問に何の意味が?」

「さて、なんだろうな?」

(これはなかなか思い切った決断をするやもな。もっとも、追い詰めたのは私であり、その程度の覚悟を示して欲しいという思いもあったわけだが)



「おじさん、どうしたの? 急に黙って」


「大したことではない。先程の質問は忘れてくれ」

「ほぇ?」

「そんなことよりも、君が提示してきた条件についてだが…………全面的に飲もう」

「ほんとう!?」

「正直な話、別にリディを連れていくことには反対でもなんでもないからな」

「……はっ!? じゃ、じゃあなんで昨日の夜はあんな意地悪なことを?」

「必要だったからだ。何故必要だったかは……宿題にしておこう」

「は?」

「回答期限は無期限だ。良く考えるといい」



 私ははてなマークに囲まれているカリンを置いてリディの家へ戻ろうとした。

 そこにツキフネがやってくる。足取りと声に少々の焦りを乗せて……。


「おや、ツキフネ? どうした?」

「こちらにリディは来なかったか? トイレに行くと外へ行ったきり帰ってこないのだが?」

「こちらには来てないな」

「あの、おじさん…………私、何か嫌な予感がするんだけど」

「奇遇だな、私もだ」


 そう言葉を返したと同時に、村の方から怒鳴り声が響いてきた。

 声は夜の静けさを切り裂き、私たちの鼓膜を良く振るわせる。


「おじさん! 今のって!?」

「ああ、村へ急ごう」

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