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第28話 腐り果てた者たち

――次の日、早朝


 

 私とカリンはわだかまりを残しながら、各々役割を帯びて別れ、夕方にリディの家で合流することになった。


 カリンとリディと貫太郎は森の湧き水まで水を汲みに。

 私とツキフネは村で情報収集。特に流行り病について気になることがあるので、それを中心に行うつもりだ。


 私はカリンに気をつけるようにと声をかけるが、彼女はそれを無視して貫太郎とリディを引き連れて、獣道のような道を歩き、川傍にある森へと向かっていった。


 残るツキフネが話しかけてくる。

「何故、そこまで強固に反対を?」

「リディを連れて行く方が危険だと思ったからだ」

「それは本心ではないだろう。何を考えている?」

「そうだな。何を考えていると問われると、形が虚ろで答えはまだない。としか言えないな」

「何を……?」

「まぁ、形になったら君には伝えるとしよう。それよりも流行り病だ。もし、最悪の予想が当たれば、早々に村を立ち去り、近隣の村に警告を発しなければならない。たとえ、私が魔族と知られようとも……」



 私はリディから教わった村へ向かう道へ足を向ける。

 その後ろではツキフネが私を睨みつけるように見ていた。

「どうした、ツキフネ?」

「いや、なんでもない」

「それ、もう四度目だぞ」

「お前と同じで私もまた、形が虚ろな考えが頭を支配しているだけだ。行くぞ、アルラ」

「ああ、そうしよう」




――オーヴェル村・中央


 古ぼけた井戸を中心に置いた広場。

 周囲の家は、ここまでの道中で見てきた家と同じで襤褸屋(ぼろや)ばかり。

「はぁ、パイユ村よりも貧しい村だな。それに暗い」

「ああ、陰鬱な雰囲気が村全体を覆っている」


 ツキフネは周囲に首を振る。

 幾人かの村人たちがよそ者である私たちを(いぶか)しそうに見ている。

 彼らは一様にゴホゴホと咳き込み、それが陰鬱な村に拍車をかける。


 私たちが井戸の前に立ち、それを覗き込もうとすると、一人の中年男性が声をかけてきた。


「旅の者のようだが、勝手に井戸を使われては困る。それは村の共有財産なのでな」

「それは失礼した」

 私は井戸から離れる。

 男の方はちらりとツキフネに視線を振った。


「オーガリアンと旅をしているなんて珍しいな」

「彼女は護衛で雇ったんだ。たまたま、目的地が同じだったというのもあるがな」

 

 そう言って、私は懐から酒の入った水筒を男へ手渡す。

 彼はそれを受け取り、くいっと喉へ流し込み、咳き込んだ。

「ごほごほっ」

「おいおい、大丈夫か。それほど強い酒ではないのだが?」

「いや、今の咳はそうじゃない」

「そう言えば、みな、咳をしているようだが……病か?」

「ああ、ふた月ほど前からな。だが、安心してくれ。簡単に移るものではないようだしな」


「何故わかる?」

「お前さんら以外にも旅の者が訪れたが、誰も病気に掛かっていない。数日滞在した奴の中には咳き込む奴もいたが、村から出ると症状もすぐに快復したそうだ」


「そうか。一応、尋ねておくが、死人は?」

「出ていない。だけど、最近は熱を出す奴も出て……ま、春先とはいえまだ寒い。冬の悪い風邪が今頃出てきたのかもしれないな」

「それは大変だな……」



 私は咳き込む子どもたちや老人たちへ視線を振って、男へ尋ねた。

「手足に、白い斑点のようなものは出ていないか?」

「斑点? そんなものは出ていないな。それが出てるとどうなるんだ?」

「悪い病気か気になっただけだ。気を悪くさせて済まない。だが、出ていないというならば、君の言う通り、ただの風邪なのだろうな」

「ああ、暖かくなればこの病も収まるだろうよ。お前さんらも気を付けなよ」

「ありがとう」


 礼を述べると彼は水筒を返して、井戸から離れて行った。

 それを見計らい、ツキフネが話しかけてくる。


「今の質問……死斑病(しはんびょう)を疑っていたのか?」


 死斑病――致死率50%以上と言われる伝染病。初期症状は風邪に似ていて、病状が進むと手足に白い斑点が浮かび、さらに病状が進むと斑点から血が滲み出て、高熱を出し、下痢と嘔吐を繰り返して死に至る。



 問われた私は答えを返す。

「まぁな。流行り病で一番怖い病気だからな。だが、ふた月以上も風邪の症状が続いているのに白い斑点が出ていないところを見ると、死斑病ではなさそうだ」

「……そうか」


 またもや、ツキフネがこちらを窺うような瞳を見せる。

「なんだ?」

「なんでもない」

「……ふむ。では、次はあそこでこちらを睨んでいる男たちに話を聞くとしよう」



 男たちはくたびれた酒屋の前にテーブルを置いて、酒を煽りながらこちらを鬱陶しそうに睨みつけていた。

 その彼らに近づき、茶色の液体が入ったグラスを揺らす男に声をかける。


「やぁ」

「何か用か?」

「用というほどではないが、旅先で訪れた村や町でいろいろ話を聞くのが趣味なんだ」

「は、趣味ねぇ。だけどな、よそ者に話すようなことは何もないぜ」

「そうか、それは残念だ。それでも、一つだけ……村の外れに住む少女についてだが?」


 リディのことを尋ねると、途端に男たちの顔色が変わった。

 すると、グラスの男が思い出したかのように声を上げる。

「そういや、リディのところに誰か来てると聞いてたが、あんたらか?」

「ああ、そうだ。宿を借りている」


「けけけ、物好きな奴だぜ。あんな、化け物の家に泊まるなんてよ」

「リディは人間と魔族の血を引く半魔のようだが……君の口振りからして、あまり良く思われていないようだな」


「はんっ、当たり前だろ。魔族の血が入った化け物だぜ。良く思う理由がねぇ」


 グラスの男に同調するように別の男たちが声を上げる。

「そうそう、あんな化け物を村で飼ってるなんてろくでもねぇ話だぜ」

「だけどよ、俺たちは優しいから面倒を見てやってんだけどな」

「うまく育ちゃ、母親みたいになるかもしれねぇからな」



 この言葉に、ツキフネが疑問を投げかける。


「どういうことだ?」


「あん? リディのおふくろさんは中々の美人でよ、そんで楽しませてもらってたって話だ」

「そうそう、飯欲しさに簡単に股を開きやがるからな。魔族なんかに股を開いただけあって、好き者だってことだろうよ。病気で死んじまったのがもったいなかったな」

「な~に、リディがもうちょい育ったらまた楽しませてもらおうぜ。そんときには、母親がどうやっててめぇに飯を食わせてやってたのか、ベッドの中で教えてやるとしよう」


「「「ゲラゲラゲラゲラゲラ!」」」



 魔族の夫を持つリディの母は村八分を受けて孤立していたのだろう。それでも、娘のためにこのような下種たちに体を売って、彼女を養っていた。

 それを彼らは(あざけ)り笑う。


 そして、リディもまた食い物にしようとしている。

 これには冷静なツキフネも拳に力を乗せた。

 それを私は止めに入る。


「やめておけ」

「――チッ」


 彼女は彼らと同じ空気を吸っていられないとばかりにここから離れて行く。

 私は残り、彼らに愛想笑いを浮かべる。

「あははは、なかなか面白い話だった。ありがとう。礼にここの飲み代は払っておくよ」

「お、よそ者なのに気が利くじゃねえか」


「それはどうも。そうだ、あの井戸だが、使わせてもらえないか?」


「それは駄目だ。あれは村のもんだからな。よそ者には使わせられねぇ」

「礼をはずむと言っても?」

「あ~、それなら考えないでもない。高くつくけどな」

「いくらだ?」

「これくらいだな」


 男は指先を三本立てて、私はそれに(しか)(つら)を見せる。

「すまない。今は手持ちがないな」

「そうか? ま、近くに川があるからそいつを汲んで使いな。下流の川だから腹を壊すかもしれないけどな、あはははは」



 話を切り上げて、ツキフネの後を追う。

 彼女に追いついたところで井戸の話をした。


「金さえ払えば井戸を使えるらしいぞ。ぼったくりだが」

「あんな連中に払う金などない!」


 ツキフネの方は相当ご立腹の様子で怒りを隠さない。

「おやおや、さすがの君も今の話に感情を抑えきれないか」

「当たり前だ。あのような下卑た話を笑い話のように語るとは……お前が止めなければ殴り殺していたところだ」

「それは止めてよかった。しかし、感情が先行し過ぎて大事な情報が目に見えてないようだ」


「大事な情報?」

「ま、見えてなくても良い情報だ。気にするな」

「気にするなと言われると逆に……」

「それは後で伝える。今はリディの家に戻ろう」

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