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第26話 貧しき財産

 リディの家へ向かう。

 彼女の家は村の外れにあり、人気(ひとけ)もなく、人通りも少ないため、道は整備されていない。

 雑草が生い茂る、まるで獣道のような道を歩む。


 その道中でリディとオーヴェル村についての情報を集める。

 


 リディ――人間族の母と魔族の父の間に生まれた、黒目と白目に赤き瞳を浮かべる娘。年齢は十一歳。

 父は物心をつく前に他界。五年前に母とともにこのオーヴェル村に流れ着いた。その母も二年前に病気で失っている。

 以降、リディは一人で暮らしているのだが、村との関係はお世辞にもよくない。

 リディは人間族と魔族の間に生まれた子供。


 差別対象として、老若男女問わず、皆から忌避されている。

 しかし、村人たちは彼女を追い出すような真似はしていない。

 おそらく、娯楽のない村にとって、リディをいじめることが唯一の娯楽なのだろう。

 だから、追い出すことはなく、僅かばかりの(かて)を与えている。


 このような環境であっても、行く当てのない幼いリディはこの村から離れることができず、暴力と侮辱を引き換えに得られる(かて)で細々と暮らしている。



――次にオーヴェル村について


 とても貧しく閉鎖的で、外からの客を疎ましく思っている。

 外からの門扉を閉ざしているため物資の行き来が少なく、余計に貧しさが際立つのだが、彼らにとって貧しさよりも、よそ者と関わる方が良しとされないようだ。

 一応、これには理由があるらしく、かつてよそ者が持ち込んだ病気が村に蔓延して壊滅の危機に追いやったことがあるそうだ。


 そのための閉鎖性……だが、現在、外との交流を最小限に抑えているというのに、この村で流行り病が流行っている。原因は不明……。

 村外れに住んでいたためか、幸いリディに感染している様子はなく、病気の兆候は見受けられない。


 これらの話をリディから聞いて、私たちは一刻も早く村から立ち去るべきだという見解で一致した。

 ただし、ある問題が私とカリンの間に横たわる……。



――リディの家


 軋み、歪んだ木造の一階建ての家。

 壁板には穴が開き、そこには赤土で埋めた跡がある。

 それでも隙間風を完全に防ぐことができないくらいに、大きな歪みがそこかしこにあった。


 貫太郎はとても入れそうにない小さな家なので、彼女には申し訳ないが外で待ってもらう。

 寒さ対策にたくさんの布をかぶせて、私たちはリディの家へ。

 リディは崩れかけのレンガでできた台所のかまどの前でしゃがみ込み、火打石で火を起こす。


「あの、何もおもてなしはできませんが、それでも外よりかは暖かいと思います」


 と、少々ぶかぶかでオレンジ色のワンピースのカリンの服を着たリディは恐縮する様子を見せて、その彼女へカリンとツキフネが気にする必要はないと声をかけている。


 私はというと、室内を見回して、内部の様子を見ていた。

 家具らしい家具はなく、大人三人が寝転ぶのがやっとの室内。天井は低く、私やツキフネが飛べば天井に頭を打ちつけるだろう。

 台所には一部が欠けた木の食器が並び、調理器具はぼこぼこに変形した鍋が一つ。


 私は思う。

「フ、絵に描いたような貧乏だな」

「おじさん!! なんてこと言うの!!」

「根が正直なもので」

「それ正直じゃない。デリカシーがないって言うの!!」


 私の代わりにリディへ謝罪をしているカリンを横目に、私は台所傍にあったずた袋に瞳が寄った。

 近づき、中身を見る。


 中には比較的まともな食器類に保存食とみられる食べ物に油。僅かばかりの金……。

 袋の中身を見ていることに気づいたリディが声を張り上げた。

「そ、それは!」

「あ、すまない。別に盗むつもりなどない。何かと思ってな」

「い、いえ、私こそ声を荒げてすみません。いざという時の道具類をそこにまとめてあるので……」


 これは彼女の数少ない財産と言ったところだろうか?

 木の食器と保存食と油と、一晩の宿代にも満たぬ金が……。


「うん?」

 袋から瞳をずらし、台所の隅に振った。そこで私は眉をひそめる。


「まさかと思うが……これが君の主食か?」

 瞳に止まったのは大量に積まれたモイモイの実。

 これは貧者の実と言われ、炙って食べるとなかなか美味いが栄養は無く、生で食べると最悪死に至る実。

 

 尋ねられたリディはなぜか申し訳なさそうに返事をする。

「……はい」

 私は彼女の手足、そして体を見つめる。

 骨に皮が張り付き、十一歳の少女にしては背丈も小さく、体も小さい。


「なるほど、モイモイの実ばかり食べているから痩せこけているのか? これには栄養がほとんどないからな」

 

 ここでカリンが一言、私を呼ぶ。

「おじさん……」

「そうだな、何か栄養になるものを作るとしよう」


 この言葉にリディが小さく驚きの声を上げた。

「え?」

「今日は君の家に止まろうと思う。だからこれは宿代だと思ってくれ」

「で、でも……命を助けていただいて、そんなの……」


 カリンが背を屈め、目線をリディに合わせる。

「気にしないで。おじさんは美味しい料理を人に振舞うのが趣味な人だから」

「いつの間に私はそんな趣味を持つ者になったのだ?」

「いまここで」

「理不尽極まりないな。ある意味、王に向いているとも言えるが……」

「ふっふっふ、ありがとう。まぁ、それはともかく、リディ。気にしなくていいからね。今日は一緒にご飯を食べよう」

「う、うん、ありがとうございます。カリンさん」

「フフフ、素直でかわいいなぁ」


 カリンはリディの頭を優しく撫でる。

 リディは頬を赤らめて気持ちよさげに頭を委ねる。

 年も近く、また自分と同じ差別される存在というためか、カリンはリディにとても優しく、また気も合いそうだ。

 私はリディのことをカリンに任せ、ツキフネに手助けを頼む。


「ツキフネ、荷台から道具類を持ち出す。手伝ってくれ」

「わかった」



 外へ出て、貫太郎の具合を確かめる。

「大丈夫か、貫太郎? 寒くはないか?」

「もも~」

「そうか、君だけを外で休ませるのは気に病むが……そうだ、私が付き添って一晩明かそう」

「ぶもも、もも」


 貫太郎はゆっくりと首を左右に振った。

 彼女の優しさに瞳が潤む。

「クッ! 何と心優しい女性なんだ、君は!」

 私は貫太郎の首を抱きしめる。

 それをツキフネの声が無遠慮に邪魔をする。



「茶番はもういいか? 料理の準備をするのだろう?」

「茶番と言うな! 貫太郎との愛の語らいを邪魔するとは!」

「はぁ、本当に貫太郎のことになると人格が変わるなお前は。それで、この後はどうするつもりだ?」

「明日の朝には村を離れたい、と考えていたが、念のため流行り病について調べておきたい」

「何故だ?」


「大した病でなければよいが、万が一、死病であれば対処が必要だ」

「……ふん、なるほどな」

 ツキフネは私を観察するように見つめる。

「なんだ?」

「いや、なんでもない」

「君は、そのセリフが多くないか?」


「私は私で少々思うところがあるというわけだ。調理器具類はこれで良いか?」

「ああ、構わない。では、食材を持って戻るとしよう」

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