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第25話 王として最低限必要な能力

――――河原



「あれは? 大変、誰か溺れてる!!」


 カリンが突然走り出して、川へ飛び込んだ。

 私と貫太郎とツキフネは、彼女が飛び込んだ川へ顔を向ける。



「たしかに溺れているな。まだ、幼い少女とみられる」

「ぶもも」

「悠長過ぎないか?」


「いまさら私たちが飛び出しても仕方あるまい。タオルと乾いた衣服と焚火を用意しておくとしよう」


 私は貫太郎が曳いている荷台から着替えとタオルを取り出す。

 その間にツキフネは河原近くの森から手早く薪を集めてきた。



 川から気を失った少女を背負ったカリンが戻ってくる。

「さ、さ、ささ、さささ、さむい、さむすぎる……」

「それはそうだろ。春先の川に飛び込むなど。それも準備運動もなしに。死ぬ気か?」

「しししししし、しかたないじゃじゃじゃん。お、お、おんなのがががが、おぼれてててて」

「かじかみすぎて全く喋れていないな。ともかく、体を拭いて、服を着替えろ。すぐに焚火を用意するから」

「お、お、おおおねがいいいいい」


 私が火を起こして、ツキフネが気を失った少女の衣服を脱がして体を拭き、カリンの替えの服を着させる。体に傷を負っていたのでそれを魔法で癒し、焚火近くで横になった貫太郎の腹に背を預けるように寝かせて毛布を掛けた。

 カリンの方は私に着替えを見られたくないのか、寒いというのに河原近くの森に潜り込み着替えて戻って来た。


 そして、少女の様子を尋ねてくる。

「大丈夫?」

「治癒術を掛けて、肺から水は追い出したから問題ない。時期に目が覚める――うん?」


 少女の目がうっすらと開く。

 しばし、ボーっとしていたが、途中で体をびくりと跳ねて、頭を激しく左右に振り始めた。


「あ、あれ? え? だれ? なに?」

「落ち着け、私たちは君が溺れていたところを救ったんだ」

「え?」


「ねぇ、大丈夫? 体の傷はおじさんの魔法で癒したけど、まだどこか痛いところがあったり、気分が悪かったりする?」

 カリンは優しく微笑みかけて、少女の両手を取り、自身の手で包み込んだ。

 それに少女は当惑しつつも声を漏らす。


「あ、その……この温もり……あのときの?」

「うん、どうしたの?」

「あ、いえ、助けていただいてありがとうございます」


 少女は頭を上げてまっすぐとカリンを見つめた。

 その勢いで、水気を含み、左半分の顔に張り付いていた髪が横にずれた。

 すると、黒目に浮かぶ赤色の瞳が露わとなる。


「え、その目って……魔族?」

「――――っ!?」


 少女は慌てて左手で自分の左目を隠す。

 そして、何度も謝罪を口にする。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私は化け物なんです。お願いです、ぶたないでください……」


 この姿にカリンが戸惑いを覚え、ツキフネが答えを返す。

「いったい、何を言っているの?」

「その少女は人間と魔族の血を引く半魔なのだろう。近くに人間の村があるようだが、おそらくはその出自のせいで……」

「そんな……」


 カリンは震える少女の頭に手を伸ばして、繊細なガラス細工にでも触れるようにそっと撫でる。

「大丈夫。何もしないよ。だから、安心して」

「え?」

「わたしはカリン。あなたのお名前は?」

「リディ……」

「リディって言うんだ。可愛い名前だね」


「あ、えっと、ありがとうございます」

「うふふ。あ、そうだ。わたしの仲間たちも紹介するね。こちらの大剣を背負ってる人はツキフネさん。とっても強い戦士さんなんだよ。リディを温めてくれてる牛さんは貫太郎ちゃん。優しくて頭が良くて、美味しい牛乳を作ってくれるの。で、そこの大きい人がアルラおじさん」


「待て、大きい人とはなんだ? 私の紹介が雑じゃないか?」


 と、私が不満をぶちまけるが、それをカリンは笑い流して、リディと名乗った少女に微笑みを見せる。


「という感じで、面白い人だから、リディちゃんをいじめる人はここにいないよ。だから、安心して」

「…………うん」



 リディは照れ臭そうに視線を下へ向け、頬を赤らめて小さく返事をした。

 カリンはそんなリディの頭を撫でて、彼女について尋ねる。


「あの、リディのお父さんとお母さんは? どうして、川で溺れてたのかな?」

「それは――――あ、お母さん!!」


 リディは突如立ち上がり、再び川へ向かおうとする。

 それをカリンが止める。


「ちょっと、駄目だよ!!」

「だって、お母さんが! お母さんの指輪が!!」



「こいつのことか?」



 私は指輪を輪の部分に紐が通してある、赤い魔石の収まった指輪を取り出す。

「これは魔道具の(たぐ)いだな。魔法使いが好んで使うもののようだが……ん、少し違うようにも?」

 指輪を観察している私へリディが飛び掛かるように走ってきた。

「お母さん!」

「おっと!」

 腹に飛び込んできたリディを抱きかかえ、指輪を渡す。


「危ないぞ」

「お母さん、良かった。お母さん、お母さん」


 彼女には私の声が届いていないようで、私の腕の中で指輪を両手で包み、それを顔に当てて母を呼ぶ。その様子を目にしたカリンとツキフネが私に話しかけてくる。


「おじさん、その指輪、どうしたの?」

「いつのまに?」


「ああ、これか。この子が溺れていた先に指輪の魔石の力を感じてな。おそらくそれを拾うとして溺れたのだろうと思い、魔石が放つ魔力波を目印に魔法を使い、こちらへ引き寄せた」

「へ~、すご~い、おじさん」

「魔石から漏れ出る微かな魔力でそのようなことができるとは……やはり……」

 

 ツキフネがこちらを睨みつけるような瞳で見てくる。

「なんだ?」

「……いや、なんでもない」

「そうか? あ、そうそう、カリン」


「なになに?」

「因みにだが、同じ要領でリディを引き上げることもできたんだ」

「へ?」

「だというのに、この冷たい川に飛び込むとはなぁ。君は変わってる」

「はぁぁあ!? だったら早く言ってよ。すっごい冷たかったんだからね!!」


「伝える前に飛び込んだのはどこの誰だ?」

「はい、私です! ってもう、いっそ、黙っててよ!」

「あはははは」

「絶対、私をからかうために言ったでしょ?」



 と、私とカリンは軽い冗談を交わしつつ、リディを腕から降ろす。

 リディは私たちを見回すと、改めて礼を述べた。


「ありがとうございます。助けて頂いて上に、お母さんの形見を拾ってくれて」

「その程度構わんよ。しかし、どうして、母の形見が川の中に? 指輪があった場所を考えると落としたにしては距離がありすぎるが?」

「そ、それは……」


 言い淀むリディ。

 私はカリンへ話を振る。

「どうしてだと思う、カリン?」

「ほぇ? どうしてって……ここから離れた場所にあった指輪……ん?」

「はぁ、仕方がないな。もう少しヒントを上げよう。リディの身体には溺れた時にできたとは思えない擦り傷や古い傷がついていただろ。そして、この子の立場を考えろ?」

「リディの立場?」

 

 カリンはリディへ瞳を落とす。

 見つめられたリディは左目を隠すように左を向いた。

 そこで、カリンは気づく。


「まさか……いじめ? 誰かがわざと指輪を川に?」

「そういうことだ。そうだろ、リディ?」


 リディはこちらへ顔を向けることなく、小さくコクっと首を縦に振った。

 それを見たカリンが激しく(いきどお)る!


「かぁあぁぁ、むかつくくぅぅ! こんな小さな子にそんなことする!? しかもお母さんの形見を! 誰だか知らないけど、そいつをわたしが、代わり……に……」



 言葉の途中でカリンは、自分の感情が如何に迷惑な行為であるかと気づき、声を降ろした。


 リディの代わりに無体な真似をした連中に復讐するのは簡単だ。

 しかし、私たちがいなくなった後に間違いなくリディはより激しいいじめを受けることになる。


 カリンは一度息を大きく吐くと、私へ顔を向けた。

「とりあえず、リディをおうちまで送りたんだけど、いいかな? 体調は万全とは言い難いだろうし」

「いいんじゃないか、別に」

「それじゃあ、リディ。おうちまで送ってあげるから案内をお願いできるかな?」

「は、はい!」



 リディを荷台に載せて、近くにあるというオーヴェル村のリディ宅を目指す。

 その道中に私はカリンへ声をかける。


「憤りを途中で収めたのは評価するが……彼女の境遇をすぐに察せなかったのは問題だな」

「そんなの簡単に気づけるわけないじゃん」


「君がただの旅人ならばそれでいい。だが、居場所のない者たちに居場所を与えるという夢を持ち、国を起こして王となる夢を叶えたいならば、あの程度のことすぐに気づいて(しか)るべきだ」


「どうして?」

「今後、君は多くの者たちと関わり、夢へ向かう。その全員に深く関われるわけではない。僅かな時間で、状況と心を読み取り、読み解き、正解を導き出さなければならない」


「それって、必要なのことなの?」


「もちろん、必要だ。関わる人が多くなれば、導く者に与えられる問いの時間は短くなるばかり。だからこそ、今のうちに僅かな時で解を得る能力を養わねば」

「それが、王様になるのに必要な能力なの?」

「最低限、必要な能力だ」

「そんな難しそうな能力が、最低限……」


 自信なく落ち込むカリンに、私は大仰な態度を見せる。

「おいおい、暇つぶしと言ったがそれでも私は君の夢にコインを張っているのだぞ。君が夢を見て、それを行う以上、君が夢を導く指導者でなければならぬ。他の誰かであれば、私は協力などせんよ」



 カリンは眉を折って、首を傾げる。

「そもそも、なんでわたしじゃないとダメなの? おじさんが王様を目指してもいいと思うんだけど?」

「君は私と違うタイプの存在だと思っているからだ。私では(えが)けなかった世界を、君ならば(えが)けるのでは? と期待している。一言で言い表せば、君の心と夢に惚れている」

「惚れてっ」


 顔を真っ赤にするカリン。それを呆れ目で見つめる。

「惚れているのは心と夢だ、心と夢。異性としては何とも思っていない」

「それはそれで、なんだかなぁ……」


「ま、とにかく、私は君が指導者と育つことを願っている。だから、そのためのアドバイスを行うつもりだ。だからと言って、私の考えを押し付ける気はない。君が考えて、君なりの答えを教えてほしい」

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