第24話 子どもたちの残酷な遊び
――――排他的な村オーヴェル・河原・夕刻
空は赤く染まり、寂しげな鳥の声が響く。
しかし、一人の少女と男の子三人は寂しげな夕刻時を吹き飛ばすかのようにキャッキャと河原で遊んでいた……いや、遊んでいるのは男の子の三人であり、少女は悲痛な声を漏らして彼らに訴えていた。
「お願い、返して!」
つぎはぎだらけのぼろぼろな服を纏う少女は、リーダー格と思われる少年の近くで何度も飛び跳ねている。
少年は紐のついた指輪を高く掲げ、へらへらと笑う。
「ほらほ~ら、取って見なよ。お前の背丈じゃ届かないだろうけどな。ごほごほ」
彼は咳き込み、体の動きを止めて、掲げていた手を僅かに降ろす。
少女はその隙を突いて、紐のついた赤い魔石が収まる指輪へ飛びつこうとしたが……。
「えい!」
「――っと。てめぇ、化け物のくせに俺に近づくじゃねぇよ! 離れろ!!」
「キャッ――」
少年は少女を突き飛ばす。
突き飛ばされた少女は河原に転がる小石のせいで腕や足を擦り剥き、そこから血が滲み出てくる。
少女はおずおずと傷口へ指先を伸ばし、そっと触れて、痛みに顔を振った。
その動きで、顔の左半分を覆っていた桃色の髪が揺れて、左目が露わとなる。
そこにあったのは、黒目に浮かぶ赤の瞳。
黒目――それは魔族の象徴。
それを見た少年たちはげたげたと笑う。
「うっわ、きっしょ!」
「目が黒いなんて、やっぱり魔族だよな」
「そんな目、さっさととっちゃいえばいいのにな」
「「「あははははははははは!」」」
少年三人の笑い声。
少女は左手で左目を隠して、右目のみで彼らを見た。
その目は、白目に浮かぶ赤色の瞳。
人間の瞳……。
少女は痛みに涙を浮かべながらも立ち上がり、細く痩せた右手を少年たちへと伸ばす。
「お願い、それは返して。お母さんの形見なの!」
少女が涙を流し、疼く痛みに耐えて、手を震わせる姿には誰もが同情を抱くだろう。
だが、少年らはそれを実に滑稽だと腹を抱えて笑う。
「はははは、見ろよ。泣いてらぁ」
「あれ、鼻水流してね?」
「きったねぇ。元々服もボロボロでばっちいけどな」
そんな彼らの嘲りを少女は意にも介さずに、雄叫びと共に手を伸ばす。
「返してぇええ!」
「うるせいよ!!」
リーダー格の少年が少女の腕を払いのける。
それにより、痩せこけた少女はバランスを崩して再び地面に倒れてしまった。
痛みに呻く少女を少年は見下ろして、払いのけた自身の手を見つめる。
「げ、触っちまった。最悪だよ……最悪だよ、てめえ!」
彼は少女の身体を蹴り上げる。
「あがっ」
「てめぇのせいで病気が悪化したらどうすんだよ? この魔族の血を引く化け物が!」
彼はそう言って、何度も少女を蹴り上げる。
そのたびに少女は短い悲鳴を上げ続ける。
「ひぐ、ぎゃ、うぐ、が、いぎ」
「はぁはぁはぁ。マジで最悪。ばい菌がついたかも、ごほごほ」
彼は蹴り上げていた足のつま先を地面で拭うような仕草を見せた。
その彼へ、残りの少年たちが声をかけてくる。
「ごほごほ、消毒した方が良くね?」
「そうだよ、ただでさえ変な病気が流行ってるのに。ごほごほ」
そう言って、彼らは何度も咳き込む。
痛みに塗れる少女は、視界掠れる瞳に彼らの姿を収め、再び立ち上がり、もう一度懇願する。
「おねがい、それだけは、それだけは……」
少女のこのあまりのしつこさに、少年らは鬱陶しそうにため息を返した。
「はぁ、うっざ。あ~~~~、そうだなぁ――あ!」
リーダー格の少年は何かを思いついたのか、口端を捩じ上げて笑みを生む。
そして、猫撫で声で少女へ言葉を掛けた。
「ほんとうはさ~、俺らもお前と仲良くしたいんだぜ~」
「え?」
「だけど、こいつのせいで俺たちは仲違いしちまう」
彼は紐のついた赤い魔石の指輪を見せつける。
そして――
「だから、これが無くなったら仲良くできるんじゃね! ほら!!」
彼は突然、指輪を川へ投げ捨てた。
少女はそれを茫然自失と見つめる。
「あ、あ、あ、あ、あ」
「あはははは、じゃあな! また遊んでやるよ」
「見たかよ、あの顔。マジウケる」
「あ、あ、あ。だってよ! さすがは化け物。言葉が話せないでやんの」
「「「ギャハハハハハハハ!!」」」
少年たちの笑い声が響き渡り、離れる足音共に掻き消えていく。
一人残る少女は川を見つめて、傷に痛む足を引きずり、ゆっくりと近づく。
足先が水に触れる。
春先の川の水。それは肌に痛みを生む冷たさを伝えるが、少女は歩む足を止めない。
ただ、指輪を投げ捨てられた場所を見つめ、川の中へと入っていく。
母を思いながら。
(お母さん、お母さん、お母さん、お母さん)
冷水は少女からあっという間に熱を奪い、すでに下半身には感覚がない。
不意に足元から地面が失われた。
それでも、進むことは止めず、手足をバタ狂わせ、水が肺の中を埋めようとも、少女は前へ前へと進む。
(お母さんの指輪。お父さんがお母さんへ贈った指輪……冷たい。痛い。苦しい。だけど、あれだけは、あれだけ……は、あれだ……け……)
少女の強い思いとは裏腹に、あれほどまでに激しく動かしていた手足の感覚が失われていく。
顔は水に浸かり、瞳もまた溺れる。
それでも指先だけは想いにしがみつき、微かに動く。
しかし、氷のような冷たさが無慈悲に全身を覆い、想いからも熱を奪う。
ただ、水面に揺らめく光だけが、白と黒の目に包まれた赤き瞳に浮かび、幻想的な光景を映し出す。
(きれい……もう、いいか……)
キラキラと輝く光が、昏く沈んだ世界へと導いていく。
何もかもが消えて失われる無音の世界。
そこは痛みもなく苦しみもなく……喜びもない世界。
それでも少女は、その世界に心を預けようとした。
だが、その世界を否定する激しい音が突如鼓膜を突き刺す。
無音を切り裂く音は、冷たさを体に思い出させる。痛みを心に思い出させる。
コポリと僅かに残った肺の空気が口より漏れ出て、きらきらと揺らめく水面に昇っていく。
その水面を大きな影が覆った。
影は少女を抱きしめる。
(なに……? あたたかい……)
影から伝わる温もり。命を感じさせる鼓動。
(おかあさん?)
光から遠ざかっていたはずの瞼を薄らと開き、再び光を取り入れて影を見つめる。
「大丈夫!? すぐに温めてあげるからね!」
少女の赤き瞳に映ったのは、子猫のように愛らしい空色の瞳を持つ年上の少女の姿だった。