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第22話 グラタンとカルボナーラとプリン

――ルシアン村より西へ20km地点



 襲撃はないと思うが、念のためルシアン村から距離を取った場所で野営をすることになった。

 パイユ村の時といい、追手の心配が尽きない。


 貫太郎から荷台を外し、彼女の体を拭いて、ブラシで毛並みを整えてから労をねぎらう。

 そして、約束通り、師匠直伝のレシピに私のアレンジ配合加えた飼料を思う存分与えて、先に休んでもらうことにした。

 

 次は私たちの食事。

 後回しにしたため、日は完全に沈み切り、月の明かりが降り注ぐ森の中での食事となる。

 腹を空かしたカリンが腹の虫をグーグー鳴らし抗議の声を上げているが、それを無視して慌てず急がずしっかりとしたディナーを振舞うことにした。


「グラタンとカルボナーラだ。ルシアン村で物資が補給できたおかげで、なかなかまともな夕食を作ることができたぞ。食後にはプリンもついているからな」

「おお、豪勢~。待ったかいがあったよ。よし、不満は留めてあげよう」

「まったく、何様なんだか。ほら、ツキフネ」



 ツキフネに食事を渡す。

 すると、彼女はグラタンとカルボナーラを目にして少々驚いた声を漏らす。


「信じられんな。旅の途中でこれほどまともな食事を出されようとは」

「フフ、料理の腕には自信があるからな。それに私は魔法が使えるため、温かい食事も冷たい食事もお手の物だ。魔法で産み出した水の方はもちろん使えないが」

「水が使えない? いや、魔法で産み出せばいくらでも使えるだろう」


「まさか、現在の水の魔法は飲めるのか?」

「ああ、当然だ」

「これは驚いた。水の魔法に含まれる魔力の元である魔素が肉体に悪影響を与えるため、飲用に適していなかったが、今ではその問題が解決したというわけか」


「そう言えば、以前までは魔法で産み出された水は飲めなかったらしいな」

「その通りだ。いやはや、この百年で本当に魔法は進んでいるようだ。それらはいずれ学ぶとして今は食事に集中しよう」



 私は熱々のグラタンをツキフネの前に置く。


「どうだ、美味しそうだろう。このグラタンは土を使い簡易の窯を作って蒸し焼きにし、取り出した後にチーズを(まぶ)して火の魔法で表面を炙り焦げ目をつけたものだ。ま、堪能してくれ」

「ああ、そうしよう。ふむ…………蒸し焼きのため、中は固いかと思ったがしっかりゲル状になっているな」


「お、わかってくれるか? 本当ならば窯で完璧な火加減を演じたいのだが、本格的な窯は用意できない。そこで蒸し焼き後に、表面に焦げ目をつけて誤魔化したのだが」

「いやいや、十分に美味い。見事な腕前だ」

「あははは、そうかそうか」



 ツキフネに料理の腕を褒められて、私はまんざらでもない様子で笑い声を上げた。

 そこにカルボナーラを食べているカリンが些細なことに触れてくる。


「もぐもぐ……おじさんの料理って美味しんだけど、基本、牛乳に関する料理ばかりだよね」

「なんだと、貫太郎のミルクに不満を唱えるのか?」

「いやいや、そんなことはないよ。ただ、牛乳中心だなって話」

「それは仕方がない。貫太郎のミルクは世界一だからな。世界一のミルクがあるのにそれを使わないなんてあり得ない!」

「たしかに貫太郎ちゃんの牛乳って濃厚で美味しいよね。正直なところ、料理に使うよりそのまま飲んだ方が一番好きだったりするし」


 彼女の今の言葉に、私は耳をピクリと動かし、声を低く漏らして――



「カリン?」

「あ、ごめんなさい。別におじさんの料理が何ってわけじゃ――」


 ――喜びの声を上げた!


「わかっているな、君は!」

「ほぇ?」

「その通り、貫太郎のミルクこそが一番美味い! 悔しいが、私は彼女のミルクをまだまだ生かし切れていないのだ!!」

「え、あ、そうですね」


「だが、いつか、必ず、貫太郎のミルクの美味しさを最大限に引き出した料理を作って見せる! だから今は、これらの料理で耐え忍んでいてくれ」

「……うん、わかった」

「ふふ、では、礼としてプリンを一つおまけに追加してやろう」

「お礼?」


「貫太郎のミルクの味を最大限に賛辞してくれた礼だ!」

「別に最大限に賛辞した覚えは……まぁ、いいや。ありがたく貰っとくね」


 私は彼女にプリンを渡してから地面に座り、目を閉じている貫太郎に寄り添う。

「ああ、貫太郎。君はなんて美しく、素晴らしい女性なのだ。優しくて、朗らかで、美味しいミルクまで与えてくれる。これほどの女性はそうはいまい!」


 ひたすらに貫太郎を愛でる私。そこから離れた場所に座るツキフネとカリンは何やら話し込んでいる。



「なんというか、変わった男だな」

「貫太郎ちゃんのことになると変になるんだよね、おじさんは」

「そのようだ。しかし、何かを大切にするというのは悪いことではない」

「おお、ツキフネさん寛容。でも、おじさんの愛が重すぎて貫太郎ちゃん迷惑してるよ、ほら」



 カリンが貫太郎へ指を差す。

 その貫太郎は眠そうな瞳を薄く開けて小さな声を漏らす。

「も」

「おおお、私の愛に答えてくれるのか、貫太郎!!」


「いやいや、眠いから邪魔すんなと言いたいだけだよ。おじさん、ご飯まだでしょ。戻っておいで」

「おお、そうだった。せっかくの貫太郎の愛情が詰まった料理が冷めてしまう。では、貫太郎。ゆっくり休むといい」

「も」


 私は別れることを惜しみつつも貫太郎から離れて、倒れた丸太に座り、食事をすることにした。

 その合間に、影の民の力を解放したことについてカリンへ尋ねる。


「カリン、君の力の開放を初めてみたが、正直驚いたぞ」

「ほぇ、なにが?」

「まさか、歯車の騎士で羽持ちだったとは」



 この指摘が思いも寄らないことだったのか、カリンは面を喰らい言葉を失う。代わりにツキフネが疑問の声を上げてくる。


「歯車の騎士? 羽持ち? なんだそれは?」

「あまり知られていないが、影の民には役職がある。カリンが解放した力は歯車の騎士。それは影の民の(おさ)を護衛する騎士の力だ」


「影の民の(おさ)の? 近衛兵(このえへい)のようなものか?」

「そのとおりだ。その中で羽持ちであるのは隊長クラス。カリン、君の一族は随分と(くらい)の高い一族なんだな」



 この言葉に、カリンは訝し気な表情で声を返してきた。

「おじさん、なんでそんなにわたしたちのことに詳しいの? たぶん、教会の人でもそこまで詳しい人は稀だよ」

「以前、話したと思うが、部下に影の民がいたからな、その男から。しかし、歯車の騎士で羽持ちの割には、君は弱いな」


「ぐぬぬ、言っとくけどね、あれでも力を押さえているんだからね。あと、数段階の変身を残してるんだから。まぁ、だからって軽々しく変身できないんだけど」

「そうだろうな。そして、私はその理由を知っている」

「え?」

「それを踏まえてだ……今回の開放はいただけない。安直に力を開放すべきではない!」



 言葉の終わりに力を籠めて、責める様子を見せる。

 これにカリンは無言のまま目を逸らし、ツキフネが彼女の擁護に回る。

「その件は私の責任だ。私の油断が、カリンに影の民の力を解放させて、その身を危険に晒した。だから、責めるなら私を――」

「ツキフネ、私は別に正体が知られ、教会から討伐隊が送られることを心配してるわけではない。いや、もちろんそのこともあるが……大元は、侵食の問題だ」

「侵食? それはなんだ?」


「知らないのか?」

「ああ、だから尋ねている」

「そうか、影の民は元々数も少なく、深く関わることも関わろうとすることもないため知る者は少ないのだな。深く知っている者が、宿敵である教会関係者だというのは皮肉なものだ」



 私は(うつむ)いたままのカリンへ視線を投げる。

 彼女は黙したままだが、私の言葉を遮る気はないようだ。

 無言の許可を得た私はさらに言葉を続ける。


「影の民は力を解放するたびに自身の細胞を汚染してしまう。君も見ただろう、カリンの左目に黒い血管のようなものが浮き出たのを」

「ああ、見たが……あれがどうかしたのか?」

「あの血管は使用の(たび)に数を増やし、体を侵食し、細胞を変質させていく。やがては姿形が崩れ、人の姿とはかけ離れた化け物のような姿になるのだ」

「なっ!?」


 ツキフネはオレンジ色の瞳を見開き、カリンを捉えて、その大きな目に彼女の姿を映す。

「では、私のためにお前は……?」

「あはは、大丈夫だよ。ツキフネさん、あの程度の解放だと侵食なんてないから……」


 (うつむ)いていたカリンはツキフネを心配させまいと顔を上げて、柔らかく微笑みを見せる。

 その笑みを見たツキフネは申し訳なさを顔に表そうとしたが、そうすれば余計にカリンの心に負担がかかると思い、表情から色を消して、私に向き直った。



「私は影の民のことを詳しく知らぬため、力の開放にそのようなリスクが潜んでいるとは知らなかった」


 この、ツキフネの言葉を受けて、私はカリンへ一つの提案を行う。

「ツキフネは恩を返す間だけとはいえ、今後旅をする仲間だ。少々、影の民について語っても良いかな?」

「うん、いいよ」

「君が話すか?」

「いや、おじさんに任せる。私、説明下手だから」

「そうか、では……まず、ツキフネに尋ねたい。君は影の民のことをどれだけ知っている? カリンがいて語りにくいと思うが、そこは素直に教えてくれ」



 ツキフネは瞳だけをカリンに動かしてから私へ戻す。

「そうだな……かつて世界を破滅に追いやった全種族の敵。そのため、あらゆる種族から忌み嫌われている。私もまた、彼らのことを深く知らないが、幼い頃から絶対悪という存在として印象付けされており、良い印象はない。だが――」


 もう一度カリンへ瞳を向ける。

 そして、向けたまま言葉を続けた。


「今まで影の民に出会うことはなかったが、実際会ってみて感じたことは、絶対悪からは程遠い存在だったということ。少なくともカリンは、悪い存在ではない」


 カリンはツキフネに顔を向けて、小さく彼女の名を呼ぶ。

「ツキフネさん……」

「ふふ、むしろ、人間の方がよっぽどあくどい。私を騙し、剥製にしようとしたのだからな」

「あははって、ここは笑うところじゃないよね」

「そうだな。だが、人間の滑稽さは笑いどころだ」



 二人は互いに小さな笑い声を立て合う。

 しかし、その二人に残酷な真実を突きつけなければならない。

 今後、共に旅をするならば、半端な知識を与え、誤解を与えぬように。

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